第80話 相部屋
「うわー、大きな宿ですね!!」
「めちゃくちゃ、立派だな。西大陸の建物じゃなくて、東大陸の家みたいだよな。なんか、荘厳な感じだし」
俺たちは宿の前ではしゃいだ!! どうやら、副会長御用達らしく、情報管理もしっかりしてくれる宿らしい。格安で泊めてもらうことになっているが、本当は超上流階級しか泊まれない宿なんだろうな……
「お待ちしておりました。アレク様、ナターシャ様。私は、この宿の女将をさせていただいておりますイヨと申します」
はしゃいでいる俺たちの声を聞きつけたのだろうか。凛とした女性が、俺たちの前にやってくる。やはり、彼女は東大陸の民族衣装を着ていた。
「お察しの通り、私たちは東大陸から来た移民です。この街は私たち東大陸の移民が切り開いた村になります。なので、西大陸の方々から見れば、珍しい物ばかりでしょう? 楽しんでもらえると嬉しいです」
東大陸は文化大国。なので、一度は旅行したい場所とも言われていて、エキゾチックなイメージがあり、他の大陸の住民から見れば、憧れの
だから、技術などを持っている東大陸の移民は他国から引く手あまたの状況なのだ。
ここは、憧れの東大陸の文化を堪能できる宿。さすがは、副会長だ。いい宿を知っている。
「それでは、お荷物をお預かりしますね。部屋はこちらになります」
女将さんは笑顔で、俺たちを案内してくれる。
部屋はとてもシックな感じで、畳と呼ばれる東大陸伝統の床と、イスとテーブルの普通の部屋が両立されている広い部屋だった。ベッドもあり、床に眠ることに、違和感がある俺たちにも過ごしやすいように配慮されている。そして、ベッドも巨大でフカフカだった。
これはひとりで泊まるには広すぎるな。そういう風に考えていた時期が私にもありました!
「それでは、ごゆっくり!」
俺たちの荷物を同じ部屋において、女将さんは出ていく。
「あれ、もしかして俺たち同じ部屋ですか?」
そんなことがあるはずがないと、わかっているが念のためツッコんでおいた。女将さんのうっかりだよな、きっと!!
「ええ、ミハイル様からは、そう聞いておりますよ。おふたりは、すでに婚約済みで、今回は新婚旅行みたいなものだから、部屋はひとつでいいって言ってました。部屋の料金は、ギルド協会の闇金、ではなくて、官房機密費から出ているので、変更もできないようにしておいてくれとおっしゃっておりました」
「あの古だぬきイイイイイイイイイィィィィィィィイイイイイイイイ!!!」
アレクは激怒した。あの邪知暴虐な政治家を恨んで、怨嗟の声をあげる。
さすがの、ナターシャもこれには困っているだろうと思って、俺は横を見る。
そこには後輩が、少しだけ顔を赤らめて、俺の服の袖を握ってうつむいていた。
「私は、別に、このままでいいですよ、先輩?」
あっ、まんざらでもない後輩がそこにいた。いや、たしかに、村でも同棲してますよ。でもね、一応寝室は別々にしているし、俺の理性が持つかどうか分かりませんよ。本当にいいんですか、ナターシャさん!!
「それでは、ごゆっくり、どうぞ!!!」
女将さんは、俺たちの様子を見て、微笑みながら去っていった。
「いいのか、ナターシャ?」
「いいですよ、先輩となら」
「でもさ、なにか間違いでも起きたらさ……」
「だ・か・ら、それも含めていいんですよ、先輩となら。あんまり、女の子に恥をかかせないでくさいよ、先輩のバーカッ!」
ナターシャは、いつものからかう小悪魔後輩の仮面を脱ぎ捨てて、かなり緊張した様子で、俺にささやく。
あれ、ナターシャさん、いつものよう冗談っぽく言わないんですか?
どうして、そんなに女の子っぽい仕草で、照れてるんですか?
そんなことされたら、俺だっていろんな覚悟を決めなくちゃいけなくなりますよ?
俺は非日常に突入したふたりの関係を考えながら、内心でドキドキしていた。動揺が止まらない!!
※
「お待たせしました。こちらが夕食になります」
女将さんが、俺たちの部屋に料理を運んできてくれる。
「こちらがこの付近の川魚の
「牛鍋?」
「名前のままですよ。牛肉と野菜を甘辛いタレと一緒に煮込んで食べる料理ですね。この村の牛は、独特の育て方をしますので、脂がのってとても美味しいんですよ。自家製の漬物と一緒に食べてくださいね!」
俺たちの前には、豪華な料理が並んでいった。
「お酒は飲まれますか?」
女将さんは、俺たちに聞く。
「じゃあ、俺はちょっと強いヤツをお願いします。ナターシャは?」
「なら、私は赤ワインを!」
俺は出された蒸留酒で、とりあえず酔ってしまう作戦だ。まぁ、基本的に酒には強いので、そう簡単には酔っぱらわないんだけどな。ナターシャと再会した日は、かなりメンタルフルボッコだったので、悪酔いしてしまっただけで……
「「乾杯」」
俺たちはグラスをぶつけ合う。
酒のつまみになる山菜の前菜を俺たちは、食べながら昔話に花を咲かせた。
「最初に会った時のナターシャ、すごいツンツンだったよな~」
「あの時は、
「すごい価値観だな!!」
「今では、完全に黒歴史ですけどね~」
「上級生の中では、すごい優等生が入学してきたって話題になってたんだよな。めちゃくちゃクールで、氷の女帝みたいなニックネームつけられてたぞ」
「それ、初めて聞きました。なんか恥ずかしいですね!」
「友達も作らずに本ばかり読んでいたからな。すごい美少女なのに、寄りつけないって、男子たちが心折れてたぞ!」
「もしかして、先輩は、下心があって、私に近づいたんですかぁ~?」
「まぁ、俺も男の子だしな。カワイイ新入生って気になるじゃん!」
「嘘ばっかり。本当は心配だったからでしょ? 私が世界に絶望しているように見えたから、かわいそうだったんじゃないんですか?」
「さぁ、どうだったかな~」
「誤魔化すのが下手すぎですよ!」
俺たちは、昔話のせいで酒を飲むスピードが上がる。
「ナターシャは、俺の第一印象どうだったんだよ?」
「え~、ただ、めんどくさい人に絡まれちゃったな~って!」
「酷いな、俺の第一印象ッ!!」
「第一印象が悪い方が、恋に落ちた時に長く続くんですよ。小説はたいていそうですから」
「ナターシャも恋愛小説とか読むんだな」
「そりゃあ、読みますよ。私だって、年頃の女の子ですからね……」
ナターシャも赤ワインがドンドン進んでいく。
「でもね、先輩? 第一印象は最悪だったけど、そこからは一度もあなたへの気持ちが、小さくなったことないんですよ。気持ちは、だんだん大きくなって止まらなくなってしまった。めんどくさい人から、世界で唯一、私と向き合ってくれる人になって、命の恩人になって、代えがたい大好きな人に、なってしまったんですよ?」
ナターシャは、そう言って恥ずかしくなったんだろう。彼女はそっぽを向いて、誤魔化す。
いつからだろうか。俺にとって、ナターシャが特別になったのは?
なにかのきっかけはなかったのかもしれない。ふたりで会話をすればするほど、彼女の持つ知性と隠している優しさに触れて、彼女が特別なものになっていった。
結局、明確なきっかけは、思いつかなかった。もしかしたら、最初から彼女のことが気になっていたのかもしれない。昔の自分のように世界に絶望している彼女の目に、すべてが吸い込まれてしまった。
「そうだ、先輩?」
ナターシャはここぞとばかりに反撃に転じる。
「なんだよ、悪戯好きな笑顔を浮かべて……」
「私のこと、最初から"カワイイ"って思ってたんですね!! なんか、嬉しいな~!」
「……」
「あっ、顔が真っ赤になった!!」
「酒のせいだよ、あんまりからかうなよ……」
もう、お互いがお互いのことを大好きだってわかっているから、酒の勢いもあってほとんど遠慮がない言葉の殴り合いが続いた。
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