第71話 運命の瞬間

 俺の放った氷魔法の狙撃は、正確に敵に向かっていく。ダブルマジックを使ったため、さすがの大賢者エレンでもこの2つの狙撃を同時に相殺することはできないはず。


 最後の選択肢として、爆発魔法で周囲全体ごと吹き飛ばして迎撃することはできるだろうが、この距離でそれを放てば、自分もただでは済まない。自己本位のあいつがその選択をとることはできないはず。


 だから、この狙撃を逃れる術は無い。


 やはり、火炎魔法で迎撃か。ひとつの氷魔法がやられる。だが、もうひとつを相殺できるほどの時間の余裕はない。


 勝った。俺の攻撃は正確無比にエレンをとらえる。魔力の狙撃勝負は、相手を一撃で潰さなくては、先制攻撃側が不利になる。魔力の痕跡によって、自分の位置がばれてしまうからだ。さらに、詠唱時間の関係で、狙撃は連続で放つことはできない。


 さすがは、大賢者とも呼ばれるエレンの魔術だ。その詠唱時間はかなり短縮されていたが、それでもこの基本的な定跡は覆すことはできない。


 油断したな、悪女様!!


 氷の大きな爆発音が聞こえた。


「よし、仕留めた。ふたりとも、一気に行くぞ!」


「おう!」

「はい!」


 俺たちは一気に走り出す。もう、狙撃魔法に襲われることはなかった。


 ※


 洞窟の前には一人の女が倒れている。白いローブに、均整の取れた身体。長く白い髪の毛。まちがいなく、大賢者エレンのそれだった。


 白いローブには氷の爆発の影響で穴が開き、体中から血がにじんでいる。間違いなく致命傷を負っている。あっけないもんだな。


 この数ヶ月世界を混乱に導いていた黒幕のあっけない最期だ。


 そう誰もが思っていた。


「これで、私が死んだと思ってるの? アレクゥ?」


 まるで、ゾンビのように彼女は起き上がる。


「エレンッ!!」


「何を驚いているの? まさか、この程度で私が死ぬとでも思っていたの? 相変わらずお馬鹿さんね!」

 身体の至る所が狙撃魔法によって貫かれているのに、魔女は笑みを浮かべる。


「まさか!?」


「そう、そのまさかよ。これは私であって、私でない」


 幻影魔法か。魔力によって自分の分身を創り出す古代魔法。しかし、分身はあくまで分身。本体ほど複雑な魔力は発動できない。だから、さっきまでの魔法攻撃は、基本魔法である火の攻撃に特化していたのか……


「つまり、お前の分身は陽動ということだな?」


「正解よ!! でも、気がつくのが少しだけ遅かったわね。もう、あなたは私の術中よ。だ・か・ら、死になさい!」


 地下から轟音が聞こえる。これは、巨大な魔力地雷か……

 エレンの分身はいつの間にか消えていた。


「アレク!? これはやばいぞ」

「先輩、私が魔力弱体化の補助魔法で……」


 それじゃ、だめだ。ナターシャの身体がもたない。俺が今から、エルの力を借りて地面ごと凍結させるのも間に合わない。剣に魔力を充満させる時間的な余裕もない。


 ボリスの業火の盾なら可能性はたしかにある。でも、その守備範囲を上回る爆発が起きたら、さばききれない。この前のマグマの爆発は、ある程度、どこから火炎におそわれるか予想ができたが、地面全体から発生するこの地雷の爆発では、四方八方から俺たちに爆炎と衝撃波が襲ってくる。その時は耐えきることはできない。


 さらに、地雷はひとつだとは限らない。森ごと爆発させて証拠や証人すべてを消滅させるのがあの悪女の趣味だろうな。


 こうなったら、最後の手段だ。


 はたして、俺の魔力と大賢者様の魔力。どちらが上かをはっきりさせようじゃねぇか。


「ふたりとも、俺から離れるなよ」


 盗賊たちに被害が出るのは避けられない。しかし、最小限の被害でおさえてやる。悪人を裁判にもかけずに殺害するのは、それこそ奴らと同じ最低のことだ。


 しっかり生きて、今までの悪事を償わせてやる。


 今回は、いつも以上にタイミングが難しい。


 魔力をトリガーとする爆発が起きる寸前に、そのトリガーとなる魔力を除去する。


 地面が光ったら、すぐに魔力キャンセル魔法を発動しなくてはいけない。

 ダブルマジックで、魔力キャンセルを増強する。補助魔法同士の重ね掛け。ゼロコンマ1秒以内に同時に放てば、補助魔法のダブルマジックは成立する。だが、その厳しい条件に、今度は魔力地雷の発動寸前のタイミングに合わせておこなう。


 俺は親友と、大事な人の顔を見た。ふたりは歴戦の冒険者だが、状況が状況なだけに、不安と恐怖が隠し切れていない。


 俺だって怖いさ。失敗したら、すべて終わりだ。でも、俺を信じてくれる仲間のためにも、失敗はできない。


 手が震える。まだ、地鳴りだけ。

 光るまでには少しだけ時間がある。緊張で呼吸が乱れる。ダメだ、冷静になれ。


「大丈夫ですよ、先輩! 私は、あなたと一緒ならどこへだって行けますから。それに、私たちの夢は終わりませんよ。だって、あなたは間違いなく"天才"ですから」

「そうだ、俺は信じてるぞ、アレク。まだ、俺たちには見ていない景色がある。それを見せてくれるんだろ?」


 ふたりの言葉が、俺の心を正常心に戻してくれる。

 

 あのとき、世界から不要だと言われた俺を必要だと言ってくれる人がふたりもできたんだ。いや、きっとここにいないマリアさんも、同じように俺と一緒に夢を見てくれるだろう。


 だから、ここで終わらせるにはいかない。

 俺たちの物語を……


 地面が光り出す。


 地鳴りはより、巨大なものになる。


「ここだっ!!」

 俺たちは運命の瞬間をむかえた。

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