第27話 恩人と夢

「なに血だらけで言ってんのぉ?体はボロボロで力はいらないくせにぃ。そっかぁ、体が限界すぎてぇ、自分でもぉ、なに言ってるんだかぁ、わかってないんだねぇ。まぁ、いいやぁ。その神官もやっちゃうからねぇ」

 触手は、不気味に動いて、再びナターシャに襲い掛かる。


 だが、その触手は、限界を迎えているはずのボリスに、弾かれていく。


「ボリスさん、無理です。逃げてください」

 思わずナターシャが心配しているほどの状況だ。


「大丈夫だよ、ナターシャさん。言っただろ?キミたちは俺が守るって?」

「でも――」

「俺はずっと熱病にうなされていたんだよ。ニコライのパーティー仲間だったから周囲にチヤホヤされて、長い物には巻かれて、やばい行動をしようとしていたニコライを止めてやることすらできなかった。仲間失格だ」


 ボリスは苦しそうに言葉を続ける。


「だけどな、ナターシャさん?キミたちが俺の目を覚まさせてくれたんだよ。キミたちは、人類最強の男である勇者ニコライを倒した。キミたちの信念が、伝説の勇者すら倒したんだ。キミたちはにならなくちゃいけない。だから、ここは俺が守りきる」


「伝説級ぅ?これはお笑いだぁ。まだ、そんな夢見てるやつがいるのかいぃ?夢見るのは、いいよぉ。でもなぁ、人間と魔王軍の戦争がはじまってから数百年、そんな夢見てきた奴はごまんといたぁ。そいつらのほとんどは、どうなったぁ?死んだんだよ、俺たち魔物に捕食されてなぁ?結局ぅ、そんなバカげた夢見てるやつは、早死にするぅ。お前たちのようになぁ?」


 ヴァンパイアは醜い声で、俺たちを嘲笑した。


「笑わせねぇ!ふたりの夢を、笑っちまった、俺が言える道理がねぇが、もう誰にも、あいつらの夢を、笑わせねぇ!アレクは、絶対にになる。だから、お前には笑わせ、ない」


「めんどくせぇなぁ?お前ら如き冒険者なんて、この数百年間に何人もいたんだよぉ。まぁ、いいやぁ。なら、夢に倒れろよぉ、このバカ冒険者ぁ」


 2本の触手が、ボリスを貫いた。さすがのボリスもそれには耐えられず、地面に倒れ込む。


「おまえたちはぁ、優秀な眷属になってもらわないといけないからなぁ?殺しはしないよぉ。でも、そこで仲間がの見ていてねぇ?」


 この悪趣味野郎が――くそ、どうして、こんな大事な時に体が動かないんだよ!


「ナターシャ、逃げてくれ。俺のことはもういい」

 何とか口を動かせるまで回復した俺は、後輩にそう頼んだ。


「ダメです。もう少しで解毒が終わります。ボリスさんが、先輩のために作った時間です。無駄になんかできません」

「だけど、お前がやられたら、誰もヴァンパイアを倒せない。会長と合流して、リベンジを測るのが最善手――」


「嫌です、大好きな人を置いていくなんて、私にはできません!」

「ナターシャっ!!」

「怒ってもダメですよ。先輩はまだ動けないんですから?」

「頼むよ、ナターシャ。ここで俺たちがやられたら、大変なことになっちゃうんだ」

「大丈夫ですよ、私に考えがありますから」


 押し問答もむなしく、ナターシャは俺の治療から離れない。

 触手が、。遅かったか。


「ナターシャ!!」

「大丈夫です、もうすぐ終わりです。体が痺れて、うまく、頭が回りませんが、だいじょうぶ」

 苦しそうに、俺の後輩は笑顔を見せてくれる。


「ヒャッハっハハハッハハ。これでお前たちのパーティーの神官は全滅だぁ。これで俺が負けることはなくなったぜぇ。なにが伝説級だぁ。夢見るのもいい加減にしやがれぇ。


 ヴァンパイアは余裕の高笑いをしている。


「終わりましたよ、先輩?」

 ナターシャは、安堵した声でそう言った。俺の剣を右手にもたせた後、ナターシャの両手は俺の左手を力強く握りこんだ。


「ナターシャ、なにを?」

「もしかしたら、最後になるかもしれないじゃないですか?だから、大好きな人の手くらい握って、おこうかなって?」

「おまえ――」

「やっと、握れた。先輩の手って、大きくて固いんですね。ずっとずっと、握ってみたかったんですよ?八年間の悲願、叶っちゃいました」


 声を出すのも苦しいはずなのに、ナターシャは、いつものように優しく笑っている。

 彼女の手は、本当に温かかった。

 現代の聖女様は、俺の前に降臨する。


「いい、ですか、先輩?勇者がいないなんです。だから、諦めないでください。勇者やヴァンパイアなんて、単なる通過点なんですから。やくそく、やぶっちゃって、ごめんなさい」

 ナターシャはそう言って意識を失った。


「泣けるねぇ。いいよ、その絶望に染まった顔ぉ。最高だねぇ。美味しく眷属になってくれそうで、ゾクゾクするぅ~」


「ヴァンパイア!?俺のカワイイ後輩と大事な仲間に酷いことをしやがって、覚悟はできているんだろうな?」


「粋ってるねぇ。だけどぉお前ひとりじゃ俺にどうすることもできないだろぅ?お前じゃ、俺に勝てないぃ。どうやってもなぁ?」


「ああ、そうだよ。俺ひとりだったらお前に勝てなかった。でも、俺はひとりじゃない」


「はぁ?」


 俺は、みんなの顔を思い浮かべると、持っている魔力をすべて解放し、バスターソードに注ぎ込む。剣では収まりきらなかった魔力は、周囲に渦を巻いて、オーラを作り出した。


「なんだぁ?その技は?まるでぇ――」

 ヴァンパイアの動揺が伝わってくる。そうだろうな。


 オーラは、俺の背中に6本の光の翼を顕現けんげんさせる。


「光の魔術だとぉ?」


 かつて、ニコライが使っていた光の魔術を、俺は即興で模倣もほうした。

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