第17話 副会長
「センパイ、ギルドから今後の予定について話したいことがあるから、イブラルタルの事務所に出てきてくれませんかという要請が来ていますね」
「じゃあ、前に約束していた家具の買い出しもあるし、ついでに行くか」
「わかりました。じゃあ、私の方から返信しておきます」
「頼む」
数日後、新聞でギルドから暗黙のメッセージを受け取った俺たちについに向こうから正式な接触があった。ニコライは依然としてギルドの最高戦力という立場は維持するだろうから、俺にはなにか代わりのポジションを与えてお茶を濁すつもりだろう。まあ、もらえるものはもらっておくかなと軽い気持ちで俺たちは要請を受諾した。
イブラルタルに向かう朝。
俺たちは、少し早起きして、馬車で港湾都市に向かった。
「楽しみですね、先輩との海デート」
「お前いつも見てたんだろ~ 長く住んでいたって言ってたし」
「ほとんど仮眠部屋でしたけどね。それに、同じ海でも、すきな人と見る海は格別なんです」
「言ってて恥ずかしくないのか。ホント。まあいいや。仕事終わったら、お昼は海鮮料理がいいな~ ナターシャおススメのお店に連れていってくれよ」
「もちろんです。わーい、ランチデートも追加だ~ 何がいいかな~ その後はショッピングですよね」
「おう、村では手に入らない日用品買っていくぞ」
「はーい」
そして、馬車は港湾都市にたどり着いた。西の大陸の海上輸送の要所であり、要塞都市でもある"イブラルタル"。
ギルド協会でも、この都市は最重要拠点であり、ギルド協会副会長が常駐しているほどだ。
俺たちは、馬車を専門業者に預けると、最初にギルド協会に出向いた。
「こんにちは~」などと軽い気持ちで受付に入ると……
「アレク様、ナターシャ様がご来訪だ」と大きな声がして、
「「「お待ちしておりました」」」」
ごつい協会専属の冒険者たちが、入口でお待ちかねだ。あれ、ここはマフィアの事務所だっけと思われるほどの手厚い歓迎ぶり。
いや、俺が今まで使っていたギルドでは、受付嬢さんや事務のおばちゃんと雑談して、「アレクさんもらい物のお菓子食べる~」みたいなアットホーム空間だったはずなのに。
どうしてこうなった……
「副会長がお待ちです」
「えっ、どうしてそんな大物が――」
俺は驚くとナターシャは「それほど、先輩が大物になっちゃったということですよ」とつぶやいた。そういうもんかな~
※
「副会長、アレク様、ナターシャ様ご到着されました」
「どうぞ」
俺たちは豪華な執務室に招かれる。そこには、40歳くらいの白髪の瘦せた男性が、にこやかに俺たちを待っていた。
ギルド協会副会長ミハエル、そのひとであった。
全国ギルド協会副会長、諸国連合第七艦隊司令長官(元帥)、S級冒険者。
数多くの勲章と称号を持つ世界的な英雄でありギルド協会首脳の大物だ。
主要な実績だけでも、彼が英雄と評されるのがよくわかる、
大佐時代に魔王軍北洋海軍との"ポールランド沖海戦"において、参謀として丁字戦法を発案し、大勝利に導く。
バル攻防戦でも、第七艦隊を率いて、魔王軍の海上封鎖を突破し、海上輸送路と制海権を確保した伝説の海軍元帥。
元は、海上専門の冒険者であり、冒険者時代の実績から、協会会長の推薦を経て、海軍にも勤めることになった異色の経歴をもつ。
この世界は常に魔王軍との戦争状態にあり、海上交通を遮断されるだけで人類側は死活問題。だからこそ、海の専門家である彼が、若くして協会の副会長に任命された経緯がある。
軍の指揮能力が高く、作戦立案力も協会屈指なので、大きな戦争があれば指揮官として現場に派遣されることが多い。個人としての戦闘能力も非常に高く、たしか世界ランクは6位。ナターシャよりも知能ランクが高い数少ない人間の一人である。
なんでも見透かされているようでちょっと怖いので、俺は苦手意識があるけどね。
「副会長が有能すぎて、会長の出番はほとんどない」というのが、世間の評判だった。まあ、会長は会長で怪物なので、出番があるときは、ほとんどが人類全体のピンチなんだけど。
「単刀直入に話をしましょう。アレクさん。ニコライさんに変わって、あなたが"最高戦力"に内々で任命されることになりました。決闘のはなしも私たちは把握しています。おそらく、ニコライさんはしばらく復帰できないでしょうから、あなたが人類最強の刃になってもらうしかありません。お受けしてくださいますよね?」
「わかりました」
ほとんど拒否権がない問答だけどな。ナターシャの言っていた通り、決闘の件の責任は問わないから、代わりにこき使ってやるみたいな話だし。
「よかった。それで、ニコライの解任を発表するのは、非常にリスクが高く、パニックを生みかねません。ここは暫定措置ですがあなたを、「会長室官房長」という役職に任命致します。これは、協会内で会長・副会長に次ぐ事務方のナンバー3です。この役職についてもらえれば、あなたは会長・副会長直属になりますので、私たちの命令、まあ実際は依頼ですが、それを根拠に自由に世界各地に動きやすくなります」
「まってください。俺、事務仕事なんてできません」
「ああ、そちらはご安心を。あくまで形式的な措置です。実務は私がほとんど代行できますので、あなたは形式的に役職を名乗ってもらうだけでいいのです。私たちの依頼がなければ、協会に来る必要もありません。ニコライという最高戦力が別にいるのに、あなたが実質的に最高戦力として動かれてしまうといろんなところで混乱が生じてしまうのですよ。「会長室官房長」なら、機密費を流用して活動資金とすることもできますし、そもそも災害現場の責任者として協会から派遣されたという口実で、あなたが現場で動くことに誰も疑問には思わなくなるでしょう」
「なんか、すごい政治的な話で、理解が追い付きません」
「ですよねー」
隣のナターシャは、さも当然のように俺をバカにした。
「センパイ、ここは受けておきましょう」
「え~」
「勘のいいひとたちは、私たちと勇者パーティーにいざこざがあったということに気がついている人もいるはずです。先輩が不自然にパーティーを抜けていますからね」
「まあ、そうだよな」
「でも、先輩がギルド協会の幹部になったら、「ああ、協会の幹部に就任するから、勇者パーティーを抜けたんだな」というストーリーが出来上がるんですよ。よっぽど疑い深い人以外はそれで信じてくれます。私たちも、勇者を決闘で倒したことが広まっちゃうと、いろいろと悪評が付いて回るかもしれません。私たちにとっても、協会にとってもウィン・ウィンです。というよりも、副会長さんもそれを狙って提案してくれています」
副会長もうなずいている。やばい、天才ふたりによる高度な頭脳戦が繰り広げられていた。当事者の俺をおいてけぼりにしながら――
「謹んでお受けします、副会長~」
「ありがとうございます、ナターシャさん」
「あの~、おふたりさん? 俺の意思とかは……」
「「がんばってくださいね、官房長」」
こうして、俺は協会に席を置くことになった。
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