パーティーメンバーに手を出したら死ぬ呪いをかけられてしまった勇者

青水

パーティーメンバーに手を出したら死ぬ呪いをかけられてしまった勇者

 悲劇は初日に起こった。

 初日――つまりは、その日、魔王討伐のための勇者パーティーが結成されたのだ。勇者チャラオは歓喜した。自分以外のメンバー三人が女――それも美少女だったからだ。


 チャラオはプレイボーイだった。

 職業:プレイボーイ。

 趣味:勇者。


 ――といった感じだ。正直、世界の平和なんてどうでもよかったし、勇者になることを素直に受け入れたのも、勇者になれば超モテると聞いたからだ。


 王城で国王から「まずは近場にいる魔王軍の幹部チェリードンを倒すのだ」と言われ、渋々命令に従って、そのチェリードンとやらを討伐しに向かった。


 道中、チャラオの頭の中にあったのは、『今夜のお楽しみ』のことだけだ。それはつまり、パーティーの仲間に手を出す――という意味でのお楽しみだ。


 誰からにしようか? 全員に手を出しちゃおうかなぁ?

 そんなことを考えながら、チャラオは山を登った。山の頂上付近に、チェリードンとかいうふざけた名前の魔王軍幹部のアジトがあるのだ。


 チェリードンのアジトには、比較的簡単にたどり着いた。道中、チェリードンの手下どもが襲い掛かってきたが、すべて瞬殺してやった。パーティーメンバーの三人はチャラオの勇ましい姿を見て、惚れてくれただろうか?


「はっはっは! よく来たな、勇者パーティー――と言おうかと思ったが、我輩、手下を虐殺されてご立腹なのだ。許さぬ、勇者パーティー。特に貴様だ貴様」


 チェリードンは、チャラオを指差した。


「なんだ、なんなんだ貴様は! かわいい女子を三人も引き連れて、クソ生意気なチャラ勇者め! 貴様のような見るからにプレイボーイそうなチャラ男が勇者とは、国王の正気を疑うぞ! 我輩、この世で最も嫌いなのはプレイボーイチャラ男なのだ! フ〇〇キューだぜ!」

「なんだこいつ」

「よって、貴様は殺す。殺し尽くす。塵すら残さず殺す。殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺――」

「勇者ブレード!」

「ぎゃあああああああああすっ」


 チェリードンは弱かった。あっという間に、瀕死の状態に陥った。体が左右真っ二つに割れ、生きているのが不思議な状態である。見るも無残な姿に、メンバー三人は目を逸らした。チャラオも一瞬目を逸らしてしまった。

 それが、致命的な隙となった。


「我輩、このままただの雑魚敵としては死なぬぞ! うをおおおおおっ、チェリードン・カース!」


 ビビビビ、と放たれたビームがチャラオに命中。


「な、何をした……っ!?」

「くくく……貴様にかけたのはな……『パーティーメンバーに手を出したら死ぬ呪い』だ……ぐはっ」

「おい、貴様! 早く呪いを解け!」

「ははは、ざまあみやがれ……ぐはっ」

「ふざけるなよ! こんなふざけた呪い、あってたまるか!」

「くくく……冗談だと思うのなら、パーティーメンバーに手を出して爆死すればいい……ぐはっ」


 死にそうでなかなか死なないチェリードンであった。

 チェリードンがかけた呪いが嘘であると信じたかったチャラオであるが、それが嘘ではないとすぐにわかった。股間部に違和感があった。なんだか熱いのだ。慌てて股間をチラ見。タトゥー的な紋様が刻まれていた。


「うわ……うわあああああ!」

「m9(^Д^)プギャー……ぐはっ」


 チェリードンは死んだ。

 チャラオはむせび泣きながら崩れ落ちたのだった。

 

 ◇


 魔王討伐の旅は順調だった。しかし、チャラオの表情は浮かない冴えない。一人だけ死人のような顔で、ため息ばかりついている。


「元気がないようですね、勇者様」


 聖女が心配そうな顔で尋ねてくる。


「……ああ」

「その……チェリードンという敵に何か呪いをかけられたのだとか……?」

「いや、大したものじゃないよ」


 チャラオは笑みを作ってごまかした。


「私にできることがあったら、何でも言ってくださいね」


 聖女のグラマラスなボディーから、慌てて目を逸らす。

 嗚呼、手を出したくて出したくて仕方がない。


 だがしかし、手を出してしまったら爆死してしまう。嬉しいことに、そして悔しいことに、パーティーメンバー三人全員、超がつくほどの美少女である。チャラオが人生で出会った美少女ランキングトップ三を独占するくらいの。しかも、三人ともチャラオに好意を持っている。あの忌々しいチェリードンの呪いがなければ、彼は今頃三人と関係を持っていたに違いない。悔しくて悔しくてたまらない。


 三人は呪いのことを知らない。どうやら、チャラオとチェリードンの会話が聞こえなかったようだ。奴が何らかの阻害魔法を使用したに違いない。奴の陰湿さがよくわかるが、呪いの内容を三人に知られなかったのは僥倖である。


 呪いによるほんの少しのメリットといえば、三人がチャラオのことをジェントルマンだと認識している(誤解)ことくらいか。しかし、別に紳士的な人間に思われたいわけではないので、それもメリットとは言えない。まったく、デメリットばかりだ。


 旅の中で、チャラオは呪いを解くための手がかりを探した。魔女や仙人に相談してみたが、まるで駄目だった。

 チャラオの精力は次第に萎んでいった。かけられた呪いは『パーティーメンバーに手を出したら死ぬ呪い』なので、パーティーメンバー以外ならば手を出しても構わないはずだ。しかし、彼女らほどの美少女とは出会えず、娼館に行く気力もなかった。


 どうしたんだろう?

 自身の急激な変化に、チャラオは困惑を隠せない。


 もしかしたら、自分は三人に恋しているのかもしれない。三人に恋をするというのもいささかおかしな話だが、旅の中で強固な絆が育まれたのだろう。三人以外に対する興味がなくなってしまった。


 やれやれ、とチャラオはため息をついた。この俺が恋をするなんてな……。


 ◇


 魔王城が目前に迫っている。

 魔王を討伐すれば世界が平和になり――そして、四人の旅が終わる。旅が終われば、四人が共に生活する理由はなくなる。

 なんとなくしんみりとした雰囲気の中、賢者が呟いた。


「この旅が終わったら……寂しくなるなぁ……」

「そうですね……」


 聖女も同意した。


「なあ、旅が終わっても、四人で一緒に暮らさないか?」


 剣聖がそんな提案をしてくる。


「いいですね。チャラオさんはどうですか?」

「ああ……俺はこれからもみんなと一緒に暮らしたいな」


 性欲という概念を失いかけた――アイデンティティーを失いかけた――チャラオは爽やかに微笑んだ。

 この男、どうしようもなくプレイボーイ(下半身至上主義)なのを除けば、比較的まともな人間である。チャラいがイケメンであり、男に対してはその溢れんばかりの性欲は向かないので、友達も多い。

 つまり、今のチャラオはただの爽やかイケメン紳士なのだ。


「でも、まずは目先の魔王だ」


 チャラオは魔王城を睨みつけた。

 魔王城は四人を歓迎するように、ひとりでに入口ゲートを開けた。この頂上に魔王が鎮座しているのだ。


 四人は顔を見合わせて頷くと、魔王城の中へと入っていった。

 

 ◇

 

 魔王の居室へは驚くほど呆気なくたどり着いた。城内に『魔王の居室はこっちだよ!』と矢印の書かれた看板がいくつも立っていたからだ。至れり尽くせり、親切な魔王である。


「よく来たな、勇者パーティーよ」

「お前が魔王か?」

「いかにも」


 魔王はその辺にいそうなただのおじさんだった。拍子抜けし油断したが、魔王が不敵な笑みを浮かべた瞬間、おぞましい存在感が発せられ、四人は気を引き締めた。魔王なだけあって、こいつはただのおじさんではない。


「戦う前に一ついいか?」

「なんだ?」

「お前を倒せば、チェリードンにかけられた呪いが解けるのか?」


 魔王は戦闘前のストレッチをしながら、


「チェリードン? ……ああ、そんな奴いたな。うーん、奴に呪いをかけられたのか、お前。きっと、しょうもない呪いなんだろうな。まあ、我は魔族を統べる者だからな、我が滅びれば魔族すべてが滅びる。よって、魔族にかけられた呪いも消えてなくなるはずだ。絶対に、とまでは言えんが」

「そうか……お前さえ倒せば呪いが解けるのか!」


 チャラオは歓喜の声を上げた。

 肉体の方々から溢れんばかりの力が湧き上がってくる。覚醒状態。今の自分はまさに無敵である、と確信を持った。


 四人が武器を構え、臨戦態勢に入る。

 ストレッチを終えた魔王も、自らの武器を構える。


「行くぞ、魔王!」

「来い、勇者パーティー!」


 そして、戦闘が始まった。


 ドーン! カキン! ヴヴンッ! ズガーン! ドッシャア! キーン! バコーン! キエエエエエイ! フン! バゴン! ドゴッ! メキャッ! ヲオオオオオオッ! ヒュンッ! セエエエエイ! ズン! ドラアアアア! ビュオン! シュッ! カン! パァアン! ドッセエエエイ! グワアアン! オラアアア! ズッシャアアア!


「ぐわあああああ……」


 長い長い、果てしなく長い戦闘の果てに魔王は滅びた。

 四人で輪になって喜びの舞を踊るのも束の間、主を失った魔王城が崩れ始め、彼らは慌てて外へと逃れたのだった。


 ◇


 転移魔法で王城に戻り、国王に報告を済ませ褒美をもらうと、すぐに英雄凱旋パレードが開かれた。チャラオとしてはパレードなどどうでもいい。

 自らの股間をチラ見したとき、呪いの紋様が消えたことを確認していた。チェリードンにかけられた、あの忌々しき呪いがようやく解けたのだ。今夜が楽しみだ。


 パレードが終わり、四人は国王にもらった住居へ向かった。世界を救った英雄が住むのにふさわしい、豪華で広々とした家だった。


 夕食後、ついにお楽しみである。

 広々とした露天風呂に四人で入る。当然のことながら、全員裸である。ついについに待ちわびたこのときが――。

 しかし、そこで異変に気がついた。


「……あれ?」


 美少女三人の裸を見ているというのに、チャラオのチャラオは非常に落ち着いている。まるで悟りを開いたかのように――。


「なんてことだっ!」


 性欲を抑え込んでいるうちに、性欲という概念そのものがチャラオから消え失せてしまったのだ! 今の彼は、聖者の如き清らかさである。


「チャラオさん、どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」


 性欲がないなら、それはそれでいいじゃないか。このまま、彼女らとは清らかな関係を育んでいけばいい。そして、やがて性欲という概念が復活したならば、そのときは改めて彼女らと深い関係になればいい。


 こうして、チャラオは『勇者』から『聖者』へとジョブチェンジしたのだった。








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