第35話

 一方。


 アティアのいる医療班。

 陽も、まだまだ高さがない中、次から次と重傷者が運ばれてくる。


 戦場に目をやれば、白い大地の上には赤い斑が無数にある。

 重体か既に死亡した者たちだろう。

 両軍ともに数を減らしているが、魔物が加わったことで、被害はヒエムスの方が多いように見える。

 剣戟や怒号、獣の声など、あらゆる音が入り混じって聞こえて来る。

 そんな中、そちらを見る余裕もなく、アティアは治療に当たっていた。


「――聖女様!」


 アティアは、極度に集中しているのか聞えていない様子だ。

 一人目の患者がやって来てから、休みを取る暇もなく癒しの力を使っていた。


「聖女様!!」

「えっ……なに?」

「少しお休みになられては?」

「大丈夫です、今は休んでいる暇はありませんから」

「ですが、少しお顔が赤いかと……」


 心配そうに声をかけて来る医療班の者。

 アティアも、確かに少し熱っぽさは感じていた。


「聖女様に何かあっては、我々が困るのです。どうか、少しだけでもお休みを……、念のためではございますが、ここに解熱剤がございますので、どうか」


 そう言われてしまってはと、そう思ったのか、アティアは解熱剤を飲みに、患者たちが寝かされている場所から、少し離れた位置に座った。


 そこで改めて戦場の悲惨な光景が目に入ってきた。 

 聖女とは言え戦も戦いそのものすらも目にした事がない女性だ。

 卒倒してもおかしくない。


 だが、アティアは見詰めている。

 寧ろ右に左に中央にと何かを探しているように目を動かしている。

 中央では黒い爬虫類のようなものが、兵士を薙ぎ払い、突き上げては空へと放り投げている。一番被害を出している場所だ。


 右では、騎馬隊が奮戦している。その後方で蛇人間のような魔物とエクエスが武器を交えている。

 アティアには、二人が何をしているのかわかぬ程の速度での攻防だった。


 そして、左に目を移す――。


――!?

  

 アティアは即座に目を逸らした。

 そこには、自分を追放した男の姿があった。

 その男――プププートを見たくないから、ではないだろう。


 彼が、戦場という場において、異様だからだ。

 全身素っ裸で剣を振り回していたのだ。


 意味が分からない。


 だが、これは、さすがにプププートの判断ではないだろう。

 サキュバスであるナーマの趣味趣向、いや、嗜好なのかもしれない。  

 

 そんな中、陣笛が聞えた。

 第二陣の出陣号令。


 その部隊約五千。

 その指揮官の顔触れは、ブナイポに始めて町を作った元領主たちだった。

 今は一人居ない。

 その私兵だった者は、辺境伯の軍に統合されていた。


 その第二陣は、鬨の声をあげると、アティアが目を逸らした者の元へ、怒涛の進軍を開始する。

 まさに、待っていた。

 そう言わんばかりに……。


 アティアは、また何かを探すように、戦場を眺め出した。

 そうしているうちに、少しぼーっとし始め、目が遠くを見ているようになる。

 疲れているのだろう。

 

(アティア、明日、決着をつけるよ)

(ヒーロス様、これを)

(わぁ、綺麗なペンダントだね)

(前回お渡しした白楼石をもっと精巧に作ってもらったものです)

(もらっていいの?)

(はい、そのために……それにお誕生日との事ですから……)

(何か、二つも貰っちゃって悪いなー)

(二つ?)

(ふぁーすときっす)

(さ、さ、さっきのは!)

(アティアは、嫌だった?)

(嫌とか、その……)

(なら、もう一回)

(え、ええ!? ちょ、ちょっと待ってく――)


 アティアは我に返り、首を振って両手を頬に当てる。


「こんな時に私は何を……」


 立ち上がると、医療班の元へ戻っていく。

 

「聖女様、もう宜しいので?」

「はい、ご心配おかけしました」

「で、ですが……」

「何ですか?」

「その、まだお顔が赤いようで……」

「だっ、大丈夫ですから!」


 アティアは、その後しばしば心配されつつも、兵士の治療に当たっていった。



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