第24話

――ゴン、ゴン、ゴン、ゴン……。


 響き渡り続ける鐘の音。 

 それは、ここブナイポに緊急事態を知らせていた。

 慌ただしく走り回る人々。


――一時前。

 伝令が息を切らせて、作戦会議室に飛び込んで来た。


「現れましてございます!」


 そこに居た者たちに緊張が走る。

 いくら、覚悟を決めようと思っても、中々そうはいかない。

 それは、プロの兵士だって同じだ。

 その言葉に、既に汗をかき始めたものさえいる。

 エクエスは、問う。


「数は」

「はっ、兵士約一万。後方に魔物と思われる黒い影が千!」

「距離は」

「およそブナイポが十町ほど!」

「鐘を鳴らせ! 急ぎ招集をかけろ!」


 伝令は、礼もそこそこに足早に去っていく。

 ヒーロス、エクエス、アズバルド以外は、何をすれば良いのかと、オドオドしている。

 エクエスは、指揮官らしく命令を下した。


「諸君らは、急ぎ自分の部隊を率いて、城壁の外に作戦通りの五重横列。急げ!」 


 元貴族とは思えぬほどに、一同は駆け出していった。


「殿下、思ったより早うございましたな」

「そうだね。後一ヵ月はあると見ていたんだけど……少し甘かったかな」

「まだ、陣形などに連携が取れていない者なども多く居ります」

「仕方ないさー、君たちと私兵たちは、共に訓練したのは、この数ヶ月だけなんだからね」


 アズバルドが、少し不安げに話す。

 私兵と、職業兵士では、力に差があり、傭兵はもっと差があると。

 本来ならば、バランスよく班を組まなければ、と。

 アズバルドは、心痛な面持ちで。


「……多くの者が命を失うかもしれません……」

「それが、戦争というものさー」

 

 ヒーロスは、あっけらかんと答えた。


「それにさ、そうした者たちにはそうした者たちの使い方があるんじゃない? ねー、エクエス」


 エクエスは、目を瞑り問いには答えなかった。

 アズバルドは、わかっているのだろうが、つい聞いてしまったのだろう。


「……殿下、それはどういう意味でしょうか?」

「さぁ、僕たちも行くよー」


 ヒーロスは立ち上がり、さっさと歩いて行ってしまった。

 アズバルドは、俯き手が震えている。

 

「アズバルド、上に立つ者は、時に厳しい決断を迫られる。納得するしないは個人の問題だ」

「わ、わかってます……わかってますが!」

「……私も殿下との付き合いが長いわけではない。ただ、あのお方は、口ではああいう事を平然とおっしゃるが……いや、いい……我々も行くぞ」

「……はい」


――大聖楼前。

 ヒーロスは、決意の表情を浮かべていた。

 禁制の扉を開く。

 先の大扉の横の椅子に誰もいない。


 ヒーロスは、回廊の階段の上に向い声をかける。


「アティア!」


 そう言って、階段を上ろうと足をかけた所に、下女が慌ててやって来る。


「殿下! 困ります、ここは……」

「わかっている!」


 ヒーロスは、そう言いながら、階段を上がっていく。

 下女は、止めようとヒーロスの元まで下りていくが、ヒーロスは止まらない。


「殿下! ただいま清めの儀の途中でございます。いくら殿下と言えど、このような横暴は……」


 そうは言いつつも、掴みかかるわけにも、通せんぼするわけにもいかない。

 下女は、それでも何とか食い止めようと、ヒーロスの前に出て階段を踏み外した。

 

 一見事故に見えるが、故意だったのかもしれない。

 しかし、それをヒーロスは片手で軽々と受け止め、横抱きに抱えると、階段の上まで運び、そこにあった椅子へと座らせた。

 

 下女は茫然と、いやどこか赤らみながら、それ以上は何も言わなかった。


 清めの間の扉前。

 

「入るぞ!」


 ヒーロスは、ノブに手をかける。 

 押すと抵抗がある。

 中では、もう一人の下女が懸命に入れさせまいと抗っていた。


 しかし、十三歳の少年とは思えない力で、ずいずいと扉は開いていく。


「で、殿下、このような事、殿方のなさることでは……」

「今、この時に話しておかねば、二度はないかもしれんのだ!」


 あの飄々とした軽口を叩く、いつものヒーロスではなかった。

 口ぶりも雰囲気も、貫禄、威厳が漂っている。


 下女の抵抗空しく、ヒーロスは、部屋へと侵入した。

 下女は、その反動で尻もちをついた。

 

 薄いカーテンの奥に立つ人影。


 ヒーロスは、カーテンを横薙ぎに払う。

 そこには、月明かりに照らされ、濡れた布切れ一枚を羽織るアティアの後ろ姿があった。


「随分と強引な事をなさるのですね」

「君にも、この鐘の音が意味する事は分かってるはずだ」

「……で、何用にございますか?」


 十三歳のヒーロスは、アティアと身長が変わらない。

 まだ成長期だというのに、良い体躯をしている。


 そんなヒーロスが、後ろからアティアを抱きしめた。 

 アティアは、突然の事に一瞬驚くように肩をすくませた。

 

「アティア、君が好きだ」


 その言葉を聞いて、アティアは下唇を嚙んだ。

 ほんの少しの間が流れる。


「……ヒーロス様……それには……お応えできません」

「いいんだ。今日死ぬかもしれない。死ぬ前に、やることをやっておく主義なんだ」


 ヒ-ロスは、ひとしきり抱きしめ、アティアの温もりを感じているようだった。

 アティアも、特に抵抗することもなく黙ってされるがまま、抱きしめられていた。


「悪かった。我らの勝利を祈っていてくれ、聖女アティア」


 そう言って、アティアを開放すると、背を向ける。

 尻もちをついていた下女に、謝罪をすると去って行った。


 アティアは、その場にへたり込み、両肘を手で抱えながら肩を震わせていた。

 下女は、それを見て慌てて駆け寄った。


 下女からすれば、こんな姿を見られ抱きしめられるなど、恐ろしいと感じたのだろうと、思ったのかもしれない。

 しかし、それはアティアだけが知るところである。  

  

 


 

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