第15話

――アノイトスとヒエムスの国境線。


 互いに見える景色が真逆となった。

 その線を挟んで睨み合う両軍。


 アノイトス国王軍と元アノイトス領主たちの私兵軍、それと傭兵と思われる者たち。

 ヒーロスが、考えるそぶりを見せながら口を開いた。

 

「驚いたね」

「見張りを置いておいた、という事でしょう」

「どうかな……」


 エクエスの言葉に、疑問を呈しつつ馬を降りる。

 そして、国境線に向って歩きだした。


「で、殿下!」

「ああ、大丈夫だから。君たちは、そこに居るように」

「せめて、私だけでも!」

「んー、そうだね。じゃ、エクエスだけ付いてきて」


 エクエスは、兵士たちにそのままの状態をキープするよう号令し、急ぎ馬を降りて、ヒーロスの斜め後ろに陣取る。

 ヒーロスは、頭の後ろで手を組んで、まるで散歩でもしているようだ。


 ヒエムス側にも反応がある。

 若い女性と、壮麗な紳士が歩いて来た。


 ヒーロスは、それを見ると何やら含んだように笑っている。

 エクエスは、どちらも見た事がないようで、眼光鋭く剣の鞘を手で持っていた。


 まさに、二、三歩進めば国境線を超える所で、双方対峙する。

 

「久しぶりー、公爵。それと、聖女様」

「お久しゅうございます、殿下」

「お変わりないようで何よりです」


 エクエスは、それを聞き、鞘から手を離した。

 アティアは、まっすぐにヒーロスを見つめ。


「何用でございましょうか?」

「戦争しに来たんだ」


 言葉の後ろに音符でもつくかのように、軽く言う。

 アティアは、眉を少し動かし、その真意を確かめるように。


「本心でございますか?」

「本心だよ」

「……左様でございますか。……お父様、参りましょう」


 アティアは、ヒーロスに背を向けると、元来た場所へ歩きだす。

 公爵も礼を取って歩きだそうとした時。


「アノイトス側と、だけどね」


 アティアは、足を止めた。

 公爵は、目を丸くしている。

 アティアは、振り返りヒーロスを見た。

 ヒーロスは、手を頭の後ろで組んだまま、イタズラした後の少年のように、そっぽを向いて口笛を鳴らしている。


 アティアは、再びヒーロスの元へ近づいていく。

 先程の位置で止まると、微笑んだ顔に皮肉を乗せて。


「イタズラ好きは変わりませんね」

「いやー、さすがにもう、聖女様のスカート捲ったりはしないよー。いつも白で詰まんなかったし」


 そう言われアティアは、微笑みの顔に、筋立てていた。

 公爵とエクエスは、この人は、といった風に手を眉に添え息を漏らしている。

 そんな三人とは違って、ヒーロスは、全く気にする素振りもない。 


「冗談をお言いに、ここまで来られたのですか?」

「今言った事、全部本当だけど? 白以外……」

「その話はもう結構です! そうではなくて……」 

「アノイトスと戦争するって方?」

「……はい」

「もちろん、本当だよ。だから、総勢一万人。一時の仮宿を所望したいんだよ。まあ、いつになるか分からないけど、そう遠くないんじゃなかな……」


 アティアは、ヒーロスをまっすぐに見つめたまま思考している様子だ。

 

「ああ、そうそう僕一応ね、王の名代として、ヒエムスに探りを入れるために来た事になってるんだー」


 いやはやと言った感じだろう。

 ヒーロス以外の三人は、同じ表情だ。


「しかし、驚いたなー。聖女様自ら来るなんて、いつも聖楼に詰めてないといけないんじゃないの? 王都で話せたらいいなって、くらいだったんだけど」

「近くまで来ていたものでして……」

「へぇー、答えになってないけど、ま、いいか。でさ、入れてくれるかな?」

「わたくしの一存では決めらませんので、少々お待ちを」

「はーい」


 アティアと公爵は品の良い貴族の礼を取り、戻っていく。

 アティアは、アノイトスの元領主たちと、今のやり取りを話しているのだろう。

 何やら揉めているようだ。

 もと領主たちの中の一人が、声を荒げる。


「――信用できん!」


 ポロボロ卿である。

 周りから、宥められても、抑えられないようだ。

 しばし、やり取りが続いていたが、ポロボロ卿はヒーロスの居る側を向いて数歩進み出た。


「一万にも及ぶ軍を引き連れて来るなど、威嚇か、威圧か、戦争でもしにきたと思われても仕方ないではないかっ!」

「あれれー、伝わってないのかな?」


 ヒーロスは、顎に手を当てながら、首捻る。


「僕さ、戦でもないのに大声出すの嫌なんだよねー。エクエス頼める?」

「はっ。……ここにいる兵士約一万人の家族が、既にヒエムスに入っている! 私の家族もだ! 皆、家族と幸せに暮らしたいのだ!!」

「ならば、何故、武器を携えているのか!!」

「王の統括する軍から、突然、一万もの兵士が居なくなれば、必ず王は捜索するだろう! 捕らえられたものたちはどうなる! だからこそ、殿下が名代という名目を取って下さり、無事に連れて来ることが出来たのだ!!」

「詭弁だ!! それをどう信じろと言うのか! 家族にしてもそうだ! 本物かわからんではないかっ! ましてや、アノイトスと戦争するためだと!? そのような嘘に騙されたりはしない!!」


 アノイトスと戦争。

 その言葉を聞いた、両側から大きなどよめきが起こる。

 ヒーロスは、両腕を曲げて呆れたように。


「彼、声がでかいだけじゃなく、口も軽いね。バカなのかな?」

「あなたが、それを言いますか?」

「僕はちゃんと狙って言ってるよ」


 と、ヒーロスは、エクエスに自慢げに笑みを作る。

 エクエスは、確かにと思ったのだろう、少し苦笑いをした。


「ほら、見なよ。わかってる他の領主が彼に駆け寄って、止めてるよ。もう遅いけど……。こういう事は、ちゃんと折を見て話さないと駄目なんだよー」


 また、領主側で話し合いが行われている。

 

「殿下。アノイトスをもし奪還できたとしても、不毛の地となり果てていましょう。どうなさるおつもりで?」

「ああ、それについては三つ案があるんだけど、それはまだ先の話だよ」


 そう言うと、ヒーロスは、今は答えないと言わんばかりに鼻歌を歌い出した。

 エクエスは、目を閉じて口元を緩ませる。


 ようやく、領主側の話し合いが終わり、またポロボロが声を上げた。


「やはり、しっかりと確認が取れるまでは、軍の入境を拒否する!!」

「エクエス」

「はっ」


 エクエスは、領主側に背を向けると片手を突き上げた。

 そして、振り下ろす。

 領主側は何の指示かと、ざわつき。

 早いものは剣の柄に手を当てた。


 しかし、陣形を取るなどの動きでは全くなかった。

 次々と武器を地面置き、鎧を脱いでいく。

 不思議な光景である。


 脱ぎ終わった者たちは、空の荷馬車や荷車に次々とそれらを置き、順に国境線までやって来て整列した。


「疑うのであれば、あれらの荷馬車類は貴公らで運ばれるが宜しかろう!! 兵たちも身軽になって歩くのが楽というもの!」


 さすがに、ポロボロもこれには驚いた様子だ。

 近くに居るアティアたちに確認を取る。

 遠くて、彼女の表情は分かりにくいが、身振りからは、ほらねと言ってるような仕草に見えた。


 元領主たちも頷いて居るのが見える。

 そこで、ポロボロがまたヒーロス側に声を上げる。 


「わっ、わかった! そういう事であれば、問題ない! 荷は我らが運ぶ! しかし! 近づかないで頂こう!!」

「それでかまわん! ……ようやくですね」

「じゃ、行こうか」


 ヒーロスの一歩に、エクエスが号令し、皆入境して行った。


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