第14話

 突拍子もない話。

 普段なら、そう思えてしまうが、今までの、この少年の話には確かに、確実に信憑性を感じている兵士が多くなっていた。


 ここにいる総勢約一万人は、その影響下にない兵士たち。

 ヒーロスは、エクエスとその信頼のおける部下たちに、すべての兵士を調査させ、祖国を去る覚悟のあるものを選定した。


 雪など見た事もなかった。作物が取れない日などなかった。

 ひもじいという言葉を知らなかった。


 悪政を敷く王だけではなく、ただ自分の家族、縁者、友人、恋人が、その多くが先の見えない生活に不安を感じている者たち。

 だからこそ、先に家族を隣国へ逃がれさせ、名代という建前を得る事で軍を動かし、魔王の影響下にない兵士たちを根こそぎ連れてきたのである。


 家族たちを先に行かせた理由。

 兵士たちが途中で、臆したり、裏切りを避けるため。

 また、それらを人質に取られないため。

 引き連れていては、何かあった時に足手まといとなるためだ。


 そうして、まんまと連れてきた兵士たちに、ヒーロスが今この国で何が起こっているのかを話した理由。

 何れ来るだろう魔物からの祖国奪還のための戦争。

 そこに大義名分と、戦意、意志、覚悟などを持ってもらうためだった。


 兵士とその家族だけに絞ったのは、さすがのヒーロスでも国中の国民の移住を大々的に宣伝することなどできないからだ。

 大きく動けば、この地を愛する者たちの反発、領地を持つ貴族たちの利権などなど、無駄な争いによる混乱と犠牲がでる。

 それをついて、必ず魔王配下が動き、よりアノイトスの状態の悪化が速くなる。

 時間も然程残っていない事も大きかった。


 アノイトスは、聖女が去ったことにより、不毛な地となるだろう。

 それが、思ったより早かった。

 短い時間でも、必要なのだ。

 ヒエムスそのものからの協力を得、体制を整えておかなければならない。

 そして……。


「さぁ、話しはここまでだよー! 見張りの交代! 聞いてくれてありがとねー!」


 ヒーロスは、すたすたと遠くで座っているエクエスのもとへと歩いて行った。

 兵士たちは立ち上がり、それぞれ顔を見合わせては、ヒーロスの話の内容について、確認したり意見交換しながら、持ち場に戻っていく。


「あっ! そうだった。アズバルド君! 君はこっちに来てくれる?」

「は、はい!」


 二十歳くらいの青年アズバルド。

 ヒーロスは、エクエスに彼を側付にすると言った。

 エクエスは、ご隋にと答えるにとどめた。

 

 やがて、交代した者の休憩も終わり、一行は再びヒエムスを目指す。

 

 ヒーロスの隣を行く、エクエス。

 一つ後ろで付きそうアズバルド。

 数日後、街道の右手に大森林がある地域を通っていた。

 森は、見るからに枯れ木が目立っている。


「殿下……」 

「うん、あるとすれば……だね」

 

 しばらく進んでいると、前方に荷馬車と複数の人影が見えて来た。

 その者たちは、軍の一行の邪魔にならないよう森側に避けて、通り過ぎるのを待っている。


「エクエス」

「はっ……とまーれー!!」 

「さて、アズバルド君」

「はい」

「彼らをどう思う?」

「……普通の村人……まさか?」

「うんうん、君はいいね。兵士よりも文官とか作戦参謀とかに向いてるかもね」

「……お、恐れ入ります」

「エクエス、魔法使える?」

「多少ならば……」

「じゃ、一応、当たらない範囲で」

「はっ……クラック・グラウンド」


 エクエスは、小声で魔法を唱える。

 複数の村人と思われるものたちの前に、突如地割れが起きた。

 飛び退く村人たち。

 それは、村人の動作にしては、早すぎた。


「エクエス。任せたよ」

「はっ……後方をお願いします」

「はーい」


 エクエスは、馬を走らせ、驚いている村人たちがいる場所へ。

 隊列を右手にして少し離れた位置で止まると、剣を抜いた。 


「槍隊! 抜槍! 半月陣! 前衛は森を注視せよ!」


 良く訓練されているのだろう。

 兵士たちはエクエスを中心として、村人に向って大きめの半月を描き槍を構えた。 

 村人の一人が、震えながら口を開く。


「なな、何事でございましょうか?」


 その問いに、エクエスは魔法で答える。


「ブレイク・カバー!」


 発せられた声と共に、村人たちの身体が歪む。

 一方、中後方に居るヒーロスは、馬の鞍の上に立って、後方の隊列に向って、同じようにブレイク・カバーをかけていた。

 村人たち、そして兵士の幾人かが、声を荒げながら正体を現す。

 近くの兵士たちが驚き後ずさる。


「シャドウォイド!?」 


 人に形を変えられる魔物、影魔だった。

 後方に現れた影魔に、兵士たちは武器を構えて円陣を作る。

 それに対し、ヒーロスは檄を飛ばした。


「愚か者! 円陣ではなく、森に向って半月陣だ!! 早くしろ!! 来るぞ!!」


 森。

 二つの赤く光る点。

 それが、次々と現れ、近づいて来た。

 兵士の一人が叫ぶ。


「森から魔物多数!!」


 エクエスが前中衛。ヒーロスが中後衛。

 大まかな指示を出し、部隊長、班長が引継ぎ、細かい指示を出す。

 魔物たちと戦闘が始まった。


 エクエスは、魔物を次々と打ち倒しつつ、回りを見る余裕があるようだ。

 ヒーロスは、鞍の上で的確に指示を出しつつ、楽しそうだ。


「いいか! 死ぬんじゃないぞー!! 家族がヒエムスで待っている!!」


 エクエスの言葉に、兵士たちは大声で応える。

 数百はいただろうか。

 的確な指示と奮起した兵士たち、集中して連携を取りながら、魔物を次々と打ち倒していく。

 怪我をしたものは、足手まといにならぬよう、後方へ距離を取って回復魔法を受ける。

 小一時間は戦っただろうか。

 重傷者が幾人かは出たが、命の危機となる重体者を出さず、魔物数百を討伐した。


 エクエスが、剣を天に突き上げ、ときの声を上げる。

 兵士がそれに一斉に応えた。

 そして、しばしの休憩。


「殿下、思ったより……」

「うん、そうだね……小物ばかりだったね。舐られてたか、手並みが見たかったか……だけど……」

「ええ、ここで我らを始末出来なかった事を後悔させてやりましょう」


 眼光鋭く意志を述べるエクエスに、ヒーロスはあどけない笑顔で応えた。 

 ヒーロスは、森をのある一点を眺め、含んだ表情を作っている。

 それを見た、エクエスもアズバルドも同じ方向を見たが、そこはただ木々があるだけだった。


 良く見ると兵士たちの顔色が変わっている。


 魔物がアノイトスに現れた事など、開闢かいびゃくの歴史以来、聞いた事がなかったからだだろう。

 兵士たちは皆々、ヒーロスが言った。

 「魔物に乗っ取られている最中」という言葉に嘘はないのだと、冗談ではなかったのだと、思ったに違いない。

 さまざまに、思い思いの顔をしている。


 休憩を終えた兵士たちは、回復魔法でも直ぐには治せない重傷者を荷馬車に乗せた。

 そして、エクエスの号令で、一行は再びヒエムスへ向かって行軍していった。






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