第10話
アティアが、病床にいる時。
ここアノイトスの辺境で。
荒廃しつつある草原を、立派な馬車が進んでいた。
少し急いでいる様子だ。
その馬車や荷馬車が十数台。
その周囲前後を、数千はいるだろう軍が警戒するように護衛している。
プププートが編成した国王軍ではないようだ。
王家の紋章がない。
代わりに違う紋章が四つたなびいている。
――一番立派な馬車の中。
四人の貴族たち。
「あのような王の下ではやっておれぬわ!」
「まあ、そう興奮めされるな、ポロボロ卿」
「貴殿は良かろう。まだ、娘を手籠めにされずに済んだのだからな。あの後、娘は口も利けなくなるほど……」
そう話す男――ポロボロは、両手を顔に押し当てた。
別の男が話始める。
「内政はガタガタである。歳費が底を突くのも時間の問題……」
「ナダニアス卿の言う通りだ。しかも見よ、聖女様がおられなくなってからのこの風景を。父殺しを平気でやる、聖女様を追放する、いつも酒の臭いを漂わせ、色に狂い、あまつさえ政務を下女にやらせる始末……」
「イルアルゼン卿の言葉は、臣下全ての想いだ」
ここに集まっている貴族たちは、以前謁見の間の後に残って謀議をしていた三人と牢に入れられていた辺境伯である。
牢番に高額過ぎる賄賂を包み、辺境伯を救出すると、その足でおのおの領地へ戻り、持てるだけの財と希望する従者、私兵軍を連れ辺境伯の領地で合流し、一路ヒエムスへと向かっているのであった。
「愚かと言う以外の言葉が見つからん!」
「ポロボロ卿……」
「全くである。あのような人物に国を預けては、亡ぶというものである」
彼らは、いち早く聖女の居る国を見つけ出していた。
簡単だ。数ヶ月で異常なほど国が豊かになったと、お抱えの行商人が伝えて来るのだ。どうやってそんな奇跡を起こせるのかは分からなくとも、聖女去ってのアノイトスの変わりようを関連付ければ、おのずと答えに行きつくというものだ。
馬車の中では、ヒエムスにおいて、自分たちの立ち位置や生活などをどうするかと言った話。
連れて来た私兵軍を勘違いされないかどうか。
数千人いる大所帯の移住地。
四人は、公爵と聖女アティアを頼るのが良いだろうという結論に至っている。
しかし、それでもヒエムスがどう動くか、下手に刺激して戦闘にでもなったら目も当てられない。
王都に行く道すがら、護衛を最小限にして、待機させる案に落ち着いたようだ。
一方、もう一つの場車内。
「私はもう、お嫁にいけません!」
金髪碧眼の美しい女の腿に泣きくずれている女。
他にも数人が、ハンカチを目に当て、涙を流している。
皆の服装から貴族の令嬢だとわかる。
先程の四人の娘たちなのだろう。
金髪の女は、泣き崩れている者の頭をさすりながら。
「きっと、あなた方を好いてくださる殿方が現れるわ。もう、私たちは貴族ではなくなったのだから、自由に恋をすればいいのよ」
「……自由に……?」
「そうよ。政略結婚の道具になることも、親の決めた顔も知らない殿方との文のやり取りも必要なくなったのよ」
「でも、お父様が許して下さるかしら……」
「突っぱねるのよ。うふふ。これからは、皆、自分の意志で生きていくの」
優しさと気品と凛とした強さ。
そんな金髪の女の姿に、馬車の女たちは顔を見合わせながら、涙を拭い小さく頷き合った。
一行は、段々と草木もない荒廃した地に入っていく。
しかし、ここはまだアノイトス内であった。
私兵たちは、皆、口を開きはしないが、生まれ育った勝手知る祖国に大事が起こっていることを、感じない者は居なかっただろう。
生まれ故郷を捨てる覚悟で付いてきた。
しかし、望郷の念とは抑えがたいものだ。
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