第6話

 あれから数日。

 アティアは、食事、生理現象、身体の清め以外は、一睡もせずに祈り続けていた。


 公爵をはじめ、従者は皆、これではアティアの身がもたないと、口々に心配する声を吐露した。


 その一方で、ヒエムスには変化が起こっていた。

 雪が降らなくなったのだ。

 草木もないこの不毛の地に、初めて花が咲いた。


 それは、聖楼の回りに次々と色とりどりの草花が咲き始めた。

 それを、鉱山に働きに出かける鉱夫が見止め、慌てて城下に戻って触れ回った。

 城下に知れ渡ると、多くの人々が次々と聖楼に集まってきた。


 ヒエムスに生まれ育った者は、貿易を担う行商人以外、外国を知らない。

 だから、殆どの者が本以外では、木々や草花を実際に見た事がないのだ。

 不思議そうに、聖楼の周囲を見回す人々は、さらに目を疑った。


 城下から少し離れた辺りに木が突然生えてきたのだ。

 子供たちが、その木へ走っていく。

 子供たちが駆け寄ると、ぽつんと一つ実がなった。


 大きな子供に小さな子供が肩車され、その実をもぎ取る。

 そして、皆で匂いを嗅いだ。

 

「すごーい、甘い香りがするー」

「う、うまそうだな」

「食べたいー」


 そこへ大人たちが駆け寄ってきた。

 食べてはいけない。毒でもあったらどうするのか。

 そう言って取り上げようとした時に、手に持っていた子供が噛り付いてしまった。


「何をしているの! 吐き出しなさい」


 子供は目玉が飛び出るほどに驚いたかと思うと、満面の笑みで叫んだ。


「うんめーーーーー!」


 大人たちは、毒がある可能性を排除できずに、駄目だと子供たちを𠮟りつけた。

 がやがやと、ああだこうだ、ああでもないこうでもないと、取り留めも無い話をしている。

 

 そこへ、公爵がやってきた。

 騒ぎになっていては、アティアの祈りの集中に支障が出ると思ったからだろう。

 この木は、前に住んでいた国には良く生えていて、年中たわわに実るのものだ。

 身体に有害はなく、いろんな料理に使われるほどメジャーな果物だと話す。

 しかし、やはりそう言われただけでは、信用が出来ないのだろう。

 それを見た公爵は微笑みながら。


「では一つ」 


 そう言ってもぎ取り、食べて見せた。

 良く熟し、甘くて美味しいと言って聞かせた。

 もし、信用できないのなら数日様子を見てみると良いと、もし自分に何かあればそれは毒だったのだろうと、笑った。


 そうしているうちに、あちらこちらに次々と違う木が生えだして、いろいろな実をつけ始めた。

 人々は、驚きながら騒ぐ。

 中には、魔物の仕業ではないかと、疑う者も出て来た。

 人は知らないものに対して、不安があるものだ。


「あ、ああ、ごほん……皆、案ずることはない。一つひとつ、私が説明しよう。時間のあるものは付いてきたまえ」


 そう言って、次の木のもとへ歩きだした。

 無邪気な子供たちが公爵を抜いて、新しい木の下で好奇心をむき出しに笑っている。

 次第に、大人たちもぞろぞろと列をなした。


 一通りの説明が済むと、大人たちの中にも納得してくれた者が多かった。

 説明して回った木の中には、この国の人々でも食べた事のある果物もあったからだ。


 公爵は、預言めいた事を語り出す。


「これから、この地は穏やかな気候となり、木材用の木々も多く生え始めるだろう。野菜、根菜、山菜なども決まった場所で取れるようになっていく。動物たちも住み着き美味しいお肉も食べられるようになる。鉱石を売ったお金は食材や生活必需品に今まで当ててきだろうが、これからはそのまま君たちの賃金になるよ」


 聞いていた皆は、顔を見合わせ半信半疑と言ったところだ。

 公爵は、優しく微笑みながら、皆の様子を窺っている。


「おじちゃん、お肉いっぱい食べられる?」

「そうだね、まずは狩りをしなければならないからね。その訓練は必要だろうね。でも、やがてはお店がたくさん建ち並ぶと思うよ」

「ホント!?」

「ああ、本当だとも」


 公爵は、温かな手で子供の頭を撫でると、皆に注意事項があると言った。


「君たちは、あれを訝しんでいるようだが、教会のようなものなのだよ。そして、そこには私の娘が日々祈りを捧げておるのだ。出来れば騒がず邪魔をしないでやってほしい」


 そう言うと、わからない事があれば尋ねてくるようにと、家を教えて去って行った。


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