第4話
――数か月後。
アティア一行は隣国ヒエムスに至る。
冬の国と言われ、年中作物の取れない荒廃した地であった。
人が住みつかず、町や村と言ったものが見当たらない。
唯一こじんまりとした王都に人々は身を寄せ合うように暮らしている。
この国の財源や食料は全て、貿易で賄っているのだ。
不毛の地。
それは、作物の実りもなく動物もいない事。
しかし、鉱山がある。
その鉱山でしか取れない鉱石を輸出して、何とか国としての体面を保っているのだ。
「受け入れて頂けるでしょうか?」
執事の心配そうな言葉。
公爵は、難しい顔をしつつアティアを見た。
アティアは、外の景色を見て悲しそうな表情をしている。
「お父様、わたくし知りませんでした。隣国がこのような状態であるという事を……」
「ああ、そうだね。話だけではわからないものだね」
「このような場所で暮らしていかねばならないとは、王は無体な仕打ちをなさる! 私めは、私めは……」
「これ、セバスチャン。やめないか」
「……お父様、当面の蓄えはどのくらいでございますか?」
「セバスチャン、どうなのかね?」
執事――セバスチャンは、ハンカチで涙を拭いながら、半年ほどだと言った。
アティアは、少し考え込むように俯いてから、明るい表情を見せる。
公爵も執事もどうしたのかと、訝しんだ。
アティアは、これからの計画について語り出す。
公爵も執事も驚いた顔をして聞いていた。
「――いかがでしょう、お父様」
公爵は、セバスチャンに確かめるように見やる。
セバスチャンは、少々困り顔となった。
「お前の気持ちはよく分かった。しかし、従者の者たちの生活を保障してやることが、雇い入れたものの務めなのだ」
「……確かにその通りでございます。しかし、聖楼さえ出来てしまえば……」
「申し訳ございません、先ほどから話されてる事が、私めには少々理解が出来ないのでございますが……」
セバスチャンは、申し訳なさ気にこめかみにハンカチを当てる。
公爵とアティアは目を合わせて沈黙した。
二人は、誓約があるのだ。
そのため、聖女の力については口外が出来ない。
これは、神との誓約であり、話そうとしても話すことが出来ないのである。
聖楼で行われる神との誓約の儀。
これを行った者だけが、その力の秘密を知ることが出来る。
しかし、同時に死ぬまで秘密を強制的に守らされるのだ。
前王が、プププートに言いかけて、言えなかった事。
それが、秘密に関する事であったがために、強制効果が発動したというわけだ。
「すまないね、セバスチャン。話せないのだ」
「……は、はぁ……」
セバスチャンは、アティアが何故そのような計画を立てたのか理解できない。
意味があるのだろうか? そうした思いが強かった事だろう。
しかし、公爵は真剣に話を聞き、受け答えをしている。
そして、聖楼が出来れば、安泰なのだと言わんばかり。
アノイトスで、聖女が日々祈りを捧げてきた事は誰もが知っている。
しかし、聖女の行いも、聖女そのものも、象徴的なものだという認識なのだ。
大切な儀式、伝統。そういった類。
プププートのように下らないなどとは全く思わない。
寧ろ、日々祈ってくださることに感謝していた。
アティアの母ティティアが公爵家に嫁に来ても、聖楼詰めで屋敷にいる事などほぼなかった。
だが、公爵は心から妻を愛し、体調を常々心配していた。
元々あまり身体が強い方ではなかったティティアが、短い睡眠時間、食事や生理現象以外のほぼすべての時間を、祈りに捧げるという重労働。
身体を壊し過労死した。
セバスチャンにとって、そのような事から解放されたというのに、また同じことをする意味が分からなかったのだろう。
「お父様、従者の皆にはしばらく迷惑をかけますけれど、やはりここで暮らして行くのであれば、この地に暮らす全ての人々と幸せを共有すべきではありませんか?」
「……しかし、お前が祈りを捧げれば、多くの者に何が起きるのか知られることになるだろう。それは、神との誓約を言葉にせずに、ばらす事になるのではないかね?」
「……そうでしょうね。でも、お父様。わたくし、現在も生きております」
「どういう意味かね?」
「既に、アノイトスのあらゆる場所で影響が出ているはずです。今頃は大騒ぎになっていましょう。調査をされているはず。少し考ええば分かることでしょう? 聖女を追放したと王位継承の儀のパレードで、城下の人々に触れ回ったとの事ですし……」
「しかしだね、アティア。確信して断言する者がいたとしても、それは、誓約の儀を行っていない者たちではないか。誓約の儀を行ったものは事実を口外できな……そうか、そういう事かね?」
「うふふ……」
「神を謀るとは……我が娘ながら……」
「それは違います。神様はこうなる事も見越しておいでなのです。ですから、誓約の中に、こうした事態を起こしてはならない、と言ったものがないではありませんか?」
「なるほど、神は人を試しておいでか」
「十何世代。良くもったほうかもしれません……もしかしたら、その先も見据えておいでなのかも……」
「それは……?」
問われたアティア、柔らかい笑みを見せ、外の景色に顔を移した。
公爵は、何かを含みながら満足げに頷いた。
思っていた以上に、娘の成長が嬉しかったのかもしれない。
ずっと、二人の会話を聞いていたセバスチャンも、内容は理解できていないようだが、自分の孫娘のように思っているアティアの成長を喜んでいるように見えた。
この数週間後。
アティア一行はヒエムス王都に着いたのだった。
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