第2話

 声を荒げ立ち上がった。

 息は切れぎれで、蒼白だった顔は熱を帯び、湯気が立つほど赤らんでいる。


「父上、息子の名前も普通に呼べないのですか? 何をそんなに動揺なさっておいでか。だいたい、この国はおかしい。初代から続く聖女など、この国の役に立ったことがおありか? 少額ではあっても歳費を貪るだけの存在。まあ、そんなに祈りたいのであれば、好きにするがいい。だが、私が王になった時は、歳費は一切出さん。覚えておけ」

「たたた、たわけ者めがぁあああ! 愚かというにも程があるぞ!! 聖女殿が居なければ、この国は……」


 王は半ば狂乱し、絶叫しながら何かを言いかけた。

 しかし、意識的に黙したのではなく、何かの魔法で黙らされたような状況に見えた。

 そこへ、アティアの父である公爵が一歩進み出た。


「殿下、娘への数々の暴言。初代から連なる聖女様方への誹謗。とても聞いておられません。どうか、もう一度よくお考えになって……」

「公爵! 誰に抗弁を垂れている! 貴殿は良かっただろう、絶世の美女と謳われたこいつ母を娶ったのだからな! 貴殿の顔が良くないのが原因だろう、このような娘を産み堕としおって!」


 継承権はないが、王家の血筋である公爵に対し、とんでもない暴言である。

 先程から黙って聞いていたアティアが口を開いた。


「殿下、わたくしの事はどのように申されても構いません。しかし、父や代々の聖女様方を悪く言うのは、およしになってくださいませ」

「黙れ痴れ者が! 祈るなど下らん行為に身をやつす愚か者。私が王となった暁には、貴様など追放だ。そうだ、それが良い! ふははははは!」


 王は、さすがに我慢の限界だったのだろう。

 プププートに掴みかかろうと飛びついた。


「痴れ者はお前だぁああああ!!!」


――ドスッ!


「――ゔ……ぅ……き、さま……」

「あーあ、いきなり飛び掛かってくるから、身体が勝手に動いてしまったよ」


 何と、プププートは王の胸に剣を突き刺していた。

 再び、謁見の間は騒然となる。

 重臣の一人が「衛兵!」と叫んだ。


 謁見の間に居た衛兵たちが、プププートに刃を向けて迫って来る。

 プププートは、慌てる様子もなく、王を足蹴にして剣を抜き取った。

 そして、血が滴り落ちる剣を衛兵たちに向け宣う。


「今日、たった今、この時より余が王となった! 逆らうものはかかって来るが良い! 果たしてお前ら如きで魔王を討ち果たした余に勝てるかな?」


 その言葉に、衛兵たちは尻込みした。

 プププートは衛兵と叫んだ者に切っ先を移す。


「貴殿のせいで、この者たちが死ぬぞ? お前は、王に反旗を翻す逆賊か?」

「わ、私は……」

「ふはは。いいさ。余が王になった晴れの日だ。恩赦だ。許す。許してつかわす」


 そう言うと、血のついた剣を払い鞘に納めながら、壇上へ上がり玉座に腰かけた。

 半ば力あるものが、その暴力によって国を乗っ取った瞬間である。

 プププートは、見下すように血だまりに突っ伏した父を一瞥し、アティアに目を移した。


 アティアは、国王だった者へ静かに近づき、その手を握る。


「すまない。アティア様……」

「陛下……」


 プププートは、突如不機嫌な顔となった。

 

「様だと? 元王という地位にあった者が、臣下に様付けとは、あきれ果てる! 余は、国王としてここに命ず! 公爵家の領地及び財の没収並びに、公爵とこの醜女しこめその従者に至るまで、全ての者は、この国を追放とする!!」


 王に少しでも逆らう者などいらない。

 ましてや、様付けで呼ぶ存在などあってはならない。

 それを、臣下に見せつける。

 プププートの意を、そこに居た臣下の誰もが強く感じだ事だろう。


 謁見の間は静寂に包まれた。

 アティアは、立ち上がり令嬢らしい気品さで、新王に礼を取った。


「本当に私を追放なさるのでございますね?」

「そうだ」

「本当にそれでよろしいのでござますね?」

「くどい! 引き留めてもらいたいのか? 厚かましい女め」

「……わかりました。婚約破棄並びに、追放のご処分。謹んでお受けいたします」


 プププートは、それを見て、ふんっとまた鼻を鳴らし、興味がないといった体で手をパタパタと動かしながら。


「三日やる。さっさと家財を纏め出て行け。家にある財くらいは没収しないでやる」 

「ありがたき幸せにございます。それでは、これにて失礼いたします」


 また、上品に礼を取るとアティアは父を見て目を瞑る。

 そして、凛として歩き出した。


「……ア、アティ、ア様、ど、どう、か……お待ち……」


 アティアはその声で、立ち止まった。

 背筋を伸ばした美しい姿勢のまま、後方で今にも息絶えそうな元国王に返答する。


「陛下。代々続いて来た聖女の役割は、今日で終わりと相成りました。新王は追放と言うご処分にございます。どうか、お許しくださいませ」


 罪と言う罪を犯したわけでもないというのに、追放と言う重い処分を受けいれ去っていく姿は、一国の王妃とも言える気品さと優雅さだった。


 そこへ、父の公爵も後に続く。


「……ま、まっ……」

「父上、見苦しいですぞ。もう一時とない命を大事になされたらどうか」


 王は、二人の姿を見送りながら泣いていた。

 顔は血の気が引き、呼吸も荒い。

 もう幾ばくも無い姿で絶望の表情を浮かべていた。


 アティアたちが去った後の謁見の間。


「……この、国は、亡ぶ……」


 元王だった男は、王座に腰かける我が子を見上げ、恨み辛みの表情で一言呟き、息絶えた。

 玉座で、それを見下ろしていたプププートは、立ち上がった。


「下らん」


 片手を前へと勢いよく突き出すと。


「数日後、王位継承の儀を盛大に執り行う! 歳費はいくらかかっても構わん。歴代で最も偉大な王の誕生だ! 良いな、もの共! 即刻準備に取り掛かれ!! ……それと、衛兵、これを適当に片付けとけ。面倒だが、葬儀はせねばなるまいからな……ふふふ、ふはははは!」


 プププートは、笑いながら謁見の間を後にした。


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