第33話 幽鬼の抵抗
猪の如く息を荒げる槍使い――
対する剣客――
平静と共に失われた技の妙。直線的で大ぶりな払い。片手で放つ突きは管槍の利点を完全に殺している。これでは棒切れを振り回しているに等しく、避けるのは造作もないことだった。
「……まるで児戯だな」
躱しながら累が呟く。足元をふらつかせ、滑稽に槍を振り回す姿に哀れみさえ覚えた。
「ぐぅっ……はぁっ……何だどぉ!?……糞ぉ……糞っ!死ねや゛ぁあああっ!」
三浦の獣にも似た絶叫が轟く。槍を持つ太い右腕に震えるほどの力が籠もる。そして槍を勢い良く振り被り、斜めに振り下ろした。
槍は空気を割りながら、低く鈍い音と共に累に迫っていく。近づく槍を前に、累はその場から動かない。左半身を前に出し、脇構えで槍を迎えた。
累は、槍の穂に刀の刀身をぶつけた。食らいつくように力強く。キィン――と高く鋭い音が鳴った。
刹那、両者の視線がぶつかる。累の迷い無く、真っ直ぐな眼。それを見た三浦は微かに眼を見張った。
刃と刃が交差し滑る。累は刀を振って槍を弾いた。三浦の怪力を持って振るった豪槍。しかしそれは、累にいとも容易く弾かれ、返された。
これだけ身体の筋肉量に違いがありながら槍を返せたのは、偏に身体の均衡の差にあった。三浦は最早、前後不覚となりふらつきながら
「――!」
外側に弾かれた槍。三浦の体勢が崩れる。身体は大の字に開いて、後方に大きく仰け反った。累は瞬時に刀を頭上に掲げ、上段に構えた。
「はぁあっ――!」
振り被った累は気合いの声を上げて、三浦の胴を肩から斜めに斬り払った。
(浅いっ……!)
刀を振り抜いた瞬間に感じた違和感が、電流の如く脳に駆け巡った。確かに刃が肉を斬った感触はあったが、抵抗を感じた。これでは、致命傷には至っていない。すぐさま刀を切り返すも、二の太刀は叶わなかった。
「――うっ、ぐぅっ……!」
三浦は一歩後退するも倒れず、累が二の太刀へ移行するよりも早く累の首を鷲掴みにした。がっしりと頸部を圧迫され、吐き気が込み上げる。空気を求めて自然と顎が上がっていた。
「はぁ……んぐっ、はぁ……はは、はっはっはぁっ!この鼠がぁっ!ようやく捕まえたぜっ……!」
「ぐっ……はっ、あっ……!貴様っ……胴丸を……」
累は、三浦の胸元に素早く視線を走らせる。荒々しく上下する胸。はだけた小袖の隙間から朱色が見える。三浦は、はだけた小袖の下に胴丸を着込んでいた。朱の他に白や金といった色が散りばめられた絢爛な鎧だ。
「はっはっはぁ!……飾りで着てただけだが、使えるもんだなぁ……!」
三浦が装備する胴丸は、大部分が鉄では無く革で造られており、防具というよりも装飾としての意味合いが強いものだった。しかし胴丸の一部、胴部分や背面には鉄が使われた
「浅すぎるぜっ、剣客さんよぉっ!!」
「――!」
累の身体は軽々と持ち上げられ、地面から足が離れた。三浦は、腕を振り上げると、真下へと振って力任せに累を地面へと叩きつけた。
「がっ――はっ……!」
強かに地に身体を打ちつけた。地面と接触する瞬間、ゴッ――という鈍い音が骨に響いた。視界がスパークしたかのようにチカチカと明滅している。累の顔は苦悶に歪むが、すぐに追撃が襲い掛かった。
「ふぐぅうっ!!」
三浦の爪先が腹を深々と抉る。身体が衝撃で僅かに浮き上がり、後方に吹き飛んだ。鞠のように転がり、砂が肌を打つ。昇降口前の道とグラウンドを隔てる樹にぶつかって、ようやく止まった。
「はぁ……はぁ……ふっ、刀は離さねぇか……ご立派なことだ……」
三浦は血が混じった唾を吐き、ノロノロと累の元へ近づいていく。
「ぐぅ……ぐっ……!はっ、くぅ……はっ……!」
尋常ではない痛みが腹を襲う。息を吸いたくても吸えず、浅い呼吸を繰り返す。唾液が口から漏れ地面を濡らした。
「……っつぅ!痛てぇ……糞っ!たかが町道場の牢人風情がっ!調子に乗り過ぎだ……!」
累は
「ふっ、んぐ……ぐうぅ……!」
唇を噛んで身体に鞭を打つ。
(起きろっ……立ち上がれっ……!)
身体に檄を飛ばす。地面に手をついて身体を持ち上げるも、手が震え上手くいかない。さらに刀を地面に突き立てて、ようやく上半身を起こすことができた。その頃には三浦はすぐ傍まで近づいていた。
総髪を後ろに撫で付けた髪は乱れ、大粒の汗を流している。呼吸は荒く、息をするごとにごぼごぼと血を吹く。まるで幽鬼のような顔で累を見下ろした。
「っふぅ……しぶといじゃねぇか。忌々しいっ!」
突き立てた刀を支えに片膝を立てて座り、三浦を仰ぎ見る。息は乱れ、大量の汗を垂らしながらも血走った眼で睨みつけた。
「……それは……貴様だっ……獣め」
「てめえ……!何だその眼はぁああ……」
累の眼を見た三浦は怒りに震え、般若の如き相貌へと表情を歪ませた。
「っふ……良い表情をするではないか……外道に堕ちた者の……醜悪な顔だ」
「……くっ、はは!外道か……いいじゃねえか。悪くねぇ……!」
「ごふぅっ――!」
三浦は、累の顔面を殴りつけた。右頬に強烈な衝撃が走る。顔の骨が軋んで悲鳴のような音が聞こえた。まるで槌の一撃だ。口の中一杯に鉄の味が広がっていく。身体は仰け反って血を噴きながら地面に頭を打ち付けた。
「がっはぁっ!」
さらに三浦は、再び腹を蹴り上げた。胃液がせり上がって喉を焼き、堪えきれず吐き出した。吐瀉物の
三浦は、構わず累の胸倉を掴んで力任せに身体を起こすと、腕を引いてぐっと顔を引き寄せた。互いの顔が近づく。累は浅い呼吸を繰り返して、虚ろな瞳で三浦を見た。
「まだ死ぬんじゃねえぞ……気が収まらねえからよ……!」
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