これから③

「繰り返しますよ。いいですか。先輩は私の彼氏です。この期に及んで、ド腐れビッチ先輩がヒロインレースに乗れると思っているなら、大きな勘違いです。アナタに許されたのは、先輩の幼馴染という立ち位置のみ。そこのとこ、はき違えないでくださいね」


 食堂に凛花の叱咤する声が響いていた。

 もう二〇分以上、凛花による説教タイムが続いている。


 愛里は膝に手を置き、悪戯がバレた子供のように身を縮めていた。


「……ビッチじゃないもん」

「人の彼氏を寝取ろうとしていた人がよく言いますね!」

「だ、だから例えばの話だってば。本気で言ってない!」

「どう見ても本気でしたよねあれ! じゃあ先輩が『二番目でいいなら』って前向きな発言したらどうしたんですか!」

「そ、それは……答える義務はないよね」

「ったく、この人は……やっぱりソリが合いませんね。月宮先輩とは!」


 凛花はフンと鼻を鳴らして、コップに入った緑茶をゴクゴク飲み干す。俺の腕に絡むと、身を寄せてきた。


「ちょッ……い、いきなりトシ君になにしてるのかな!」

「彼氏とイチャイチャして何が悪いんですか?」

「こ、ここ食堂だし……しゅ、周囲の目も考えてよ」

「いや結構イチャイチャしてる人いますよ。月宮先輩、恋人がいないからって嫉妬良くないです。いやぁ嫉妬はよくない。惨めですよ、はい」

「うぐっ」


 凛花の歯に衣着せない物言いに、愛里が精神的なダメージを被る。

 胸を押さえて、項垂れるように視線を落とした。


「く、くふふ……ついに私のターンですね」


 対して凛花は悪い顔をして小悪魔のように笑う。

 俺は疑問符を立てると、


「ターン? どういうこと?」

「実はですね、私、月宮先輩のコト大嫌いなんですよ。いや、超嫌い? ウルトラ嫌い? まぁとにかく、嫌いなんです」

「……それはまぁ分かってたけど」

「だから、この人の前で先輩とイチャイチャ出来るなんて最高じゃないですか。法律に抵触せずに、大ダメージを与えられる。もう無双モードですよ!」


 俺のカノジョは一体何を言っているのだろう。

 いや、なんとなく言っている事は分かるのだけど。


「凛ちゃん性格悪……」

「月宮先輩には言われたくないです」

「い、いいし。あたしにはトシ君の幼馴染っていう他の誰も到達できないポジションがあるし!」

「じゃあ一生そこで満足しててくださいね♪」

「ホントムカつく。ちょっと胸に脂肪蓄えただけのくせに」

「寸胴よりはマシでしょう」

「ず、寸胴じゃないから! 結構あるし! ね? あたし結構大きいよね? トシ君」


 実に答えづらい質問を、俺に投げられる。

 凛花は誰の目にも分かるほど、胸が大きい。愛里はまぁ平均くらいか? 凛花との比較で小さく見えるが。


「……い、いや俺に聞かれても困る」

「トシ君ってばぁ」


 俺がさっと視線を逸らすと、愛里が情けない声で嘆いた。

 凛花は完全に勝ち誇った顔をしている。なんか楽しそうだな。


 ふと、俺はもう一つ渡す物があることを思い出す。

 リュックをガサゴソ漁っていると、彼女たちの視線が俺に集まった。


 取り出したモノをテーブルの上に置く。


「今日ってさ、愛里の誕生日だよな。偶然にも」

「……ッ。う、うん……そう、だよ。うん。誕生日」


 愛里はアッと目を見開くと、涙を潤ませる。少し震えた声で、頷いた。


「だからこれ、あげる」

「……いいの?」


 買ったときからもう二年経っている。

 だから、だいぶ値落ちしているだろうけど、俺が購入した際は結構高かった代物だ。親からバイト代を前借りしないと買えないくらいには。


 売れば良い物を結局売れずに、ずっと持っていた。

 どうせ俺には必要のないものだ。あげるに越したことはない。


「カメラ、ですか?」


 凛花がきょとんとした顔で、俺があげた物を見つめる。

 俺は微かに口角をゆるめると、ポリポリと頬を指で掻く。


「愛里は写真撮るのが好きだからさ、こういうのが喜ぶかなって」

「ふーん。ちなみいくらで買ったんですかアレ」

「いくらだったかな……確か」

「…………ッ。そ、そんな高いんですか!」


 耳元で金額を囁くと、凛花が大仰な反応をみせる。


 プレゼントは値段ではない。が、それでも喜ぶ物を買ってあげたいと思うと、自然と財布のヒモも緩んでしまう。


 愛里は恍惚とした表情で俺のプレゼントを見つめると、


「ありがとうトシ君」

「どういたしまして」

「一生大切にする。一生、一生大切にするね」

「そ、そこまで大事にしなくていいって」


 えへへ、とだらしなく頬を緩ませる愛里。

 我が子のようにカメラの入った箱を抱きしめている。


 そこまで喜ばれると、嬉しいようなこそばゆいような……複雑な感じだ。


 愛里の反応に戸惑っていると、唐突に横腹に痛みが走った。

 肉を摘ままれ、思いっきりつねられる。


「いッ。な、なにすんだよ凛花!」

「なんか私だけ、蚊帳の外って感じでムカついたので。サブヒロインに焦点当て過ぎて空気化しているメインヒロインの気持ちがよく分かります」

「な、なにそのピンポイントな例え!」


 ジト目で頬を膨らませる凛花。

 恨めしそうに睨まれた。彼女はギュッと握りしめるように俺の手を握って、離すまいと身を寄せてくる。


 すると、さっきまで幸せ絶頂にいた愛里の表情が一転する。黒い瘴気が彼女の背後から出ている気がした。


「さっきも言ったけどさ。トシ君とイチャイチャするのやめてよ凛ちゃん」

「死んでもやめません。そこで指くわえて見ててください」

「……っ。……リア充爆発しろ」

「まだそんなコト言う人種がいるとは……。絶滅危惧種ですよ。記念に拝んでおきましょうトシ君」

「それあたしの! なんで凛ちゃんがトシ君って呼ぶの!? あたしの呼び方真似しないでよ!」

「別にどう呼ぼうとあたしの勝手です。ね? トシ君」

「ホント性格悪いね凛ちゃんって!」


 ぎゃあぎゃあ言い合いを始める凛花と愛里。


 テーブルという物理的な距離があるから言い合いで済んでいるが、テーブルがなければ取っ組み合いになっていそうな勢いがある。


「さて、話は終わったみたいですし、行きましょうか先輩」

「行く? 行くってどこに?」

「付き合ってる男女が行くとこと言えば、一つしかないじゃないですか」

「……っ。それって……」


 愛里の顔が紅潮する。

 ゴクリと口の中に溜まった唾を飲み込んだ。


 なにか誤解していそうだな。


「図書館だよ。この後、勉強するって約束しててさ」

「ちょっ、なんでネタばらししちゃうんですか。もうっ!」

「いや誤解させても仕方ないだろ」

「むぅ」


 不満げに頬を膨らませて、俺の服の袖を引っ張ってくる。


「そ、そっか図書館か……じゃあ、あたしも行こうかな」

「おっと、普通に迷惑なのでやめてください。デートに月宮先輩は邪魔です」

「安心して凛ちゃん。デートの邪魔をするわけじゃないの。単に、同じ図書館に行って、隣の席にたまたま座るだけだから」

「それを邪魔って言うんですよ。なにボケてるんですか! ……いや、イチャイチャを見せつけられるという意味ではありかもですね。いいですよ付いてきても」

「うっ……や、やっぱやめようかな……」

「くくく……いい気味ですね月宮先輩♪」


 なんか俺のカノジョ、悪役っぽいんだが……。

 まぁ、こういう包み隠さない所も、俺はすごく好きだったりするのだけど。


 凛花は俺の手を握り直すと、席を立って踵を返す。


「さっ、行きましょうか先輩」

「あぁじゃあ、またな」

「うん、またね。……あ、あのさトシ君」

「ん?」

「来週の心理学の講義……い、一緒に受けてくれないかな? あたし、席取っとくから」

「いいよ。いつも空いてる席探すの大変だから、席取ってくれるの凄い助かる」


 愛里はパァと目を輝かせると、頬をだらしなく緩ませた。

 俺も同様に口角をゆるめると、次の瞬間、手の甲を強めにつねられた。


「……先輩? 私、基本的に先輩のコトは全面的に肯定しますし、先輩を選択を尊重してますけど、浮気だけはダメですからね。それだけは許しませんよ?」

「わ、わかってるよ。絶対、そんな真似はしない」


 忠告されるまでもない事だ。

 何があっても、それだけはしない。


 恋愛に限れば愛里への気持ちはもうない。いや、正確にはきっと残っていると思う。

 けど、凛花が好きだし、なにより彼女を裏切る事だけはしたくない。


 今後、月日を経て気持ちが変わる可能性はあるだろう。


 でもそれでも、浮気という選択だけは取らない。それは自信を持って言える。


 同じ轍は踏みたくないんだ。


 愛里は少しだけスッキリした表情を見せる。


「ねぇ凛ちゃん。来年のバレンタイン。トシ君にチョコあげてもいい?」

「なんですか急に。まぁ勝手にすれば良いかと。私に止める権利ないですし」

「そっか……じゃあ、滅茶苦茶美味しい手作りチョコレートあげて、トシ君の胃袋掴んじゃおっと」

「胃袋を破壊するの間違いじゃないですか?」

「あたしだって少しは成長するんだよ」

「ふーん」


 凛花は素っ気ない態度を取る。けれど、少しだけ口角が緩んでいた。


 再び俺の腕に絡んでくると、凛花は今度こそ踵を返す。が、すぐに足を止めた。

 俺も同様に視線を向ける。


「だーかーら、中条くんには合コンに付き合ってもらいたかっただけ。僕は君に興味ないの。大体、僕はこんな格好してるけど、ちゃんと男の子だから。そっちの趣味はない」

「分かっている。無理にとは言っていない。だが、先に約束したのはそっちだろう。合コンに行ったら、一日オレに時間をくれるって」

「いや真面目にキモいな! 確かに軽はずみに約束した僕も悪いけど、女の子抜きで遊ぶとかあり得ないから。僕と遊びたいなら、誰か女の子を連れてきてよ。まったく」

「くっ……そう言われてもな……」


 大きめの声で会話を交わす二人組。

 パチリと俺と目が合うと、美少女……ではなく女装した男が、パァと目を輝かせた。


 俺の元に猛ダッシュで駆け寄ってくる。


「あ、苗木くん! ちょうど良かった! 中条くんと遊んであげてよ」

「は?」

「じゃ、任せたからね。じゃーね!」

「ちょ、坂木……!?」


 坂木は矢継ぎ早にそう言うと、駆け足でこの場から消えていく。

 あの野郎……一応悪い奴じゃないんだけど……なんだかなぁ。


 食堂の一角に四人が集まる。奇妙な展開になった。

 凛花がそっと耳打ちしてくる。


「な、なに任されてるんですか。これからデートって時に!」

「い、いや任されたっつーか。押しつけられたんだけど」


 真太郎と愛里は目を合わせると、どことなく気まずそうな空気を出す。

 恐らくあれから、まともに接触を図っていないのだろう。


 俺は苦く笑うと、少し考える。ポリポリと頭を指で掻きながら。


「まぁえっと……腹減ってきたし、何か食べに行く? もう食堂閉まっちゃうから、ファミレスとかでさ」

「先輩がそうしたいなら、私はいいですけど」


 俺の問いにいち早く答えたのは凛花。

 彼女はチラリと二人に視線を向ける。


「凛花はいいのか……? オレが一緒でも」

「まぁ、私からは完全に手を引いてくれたみたいですしいいですよ。兄妹で険悪すぎるのも考えものですし」

「……っ。じゃ、じゃあよかったら、これからはお兄ちゃんって呼んでくれないか」

「は? なに調子乗ってるんですか。キモ」


 凛花の熱を帯びない冷たい声色を前に、真太郎はその場で崩れ落ちる。

 相変わらず、なんで神様はコイツをイケメンにしたのだろう。無駄遣いにも程がある。


「あたしもお腹すいちゃったな」

「じゃあ、決まりだな」


 愛里の返答を経て、ファミレスで昼食を済ませることが決定する。

 ぞろぞろと、疎らな足取りで歩き出す。


 その道すがら、凛花が俺にだけ聞こえる声量で訊いてきた。



「──先輩。少しは取り戻せました?」



 俺は彼女の手を握りしめ微かに笑うと、小さく首を縦に下ろした。


 裏切られた相手とまた交友を持つなんて、大半の人には理解されないかもしれない。ただそれでも、俺はこうしてまた接する事が出来て素直に嬉しいと思えている。

 今後、どれだけ時間を重ねても元の関係に戻る事は無理だろう。だが、また構築する事はできると思う。どれだけ壊れたって直すという選択肢がある。


 俺はそれを選んだ。ただそれだけの話だ。


<完>


 ────────────────────ー



 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 本作は沢山の読者様の目にとめていただき、なにより多くの感想を頂ける作品でした。凄く恵まれた作品だったと思います。まぁツッコミ所が多いという解釈も出来るわけですが……(^_^;


 ざまぁ系を書いたのが初めてでしたので、なにぶん要領が悪く、読者様にはストレスを与えてしまう部分も多かったと思います。煮え切らない気持ちを抱いている方もいらっしゃるかもしれません。


 仲直りをさせて終わらせようとオチを決めていたのが厄介でした。親友も幼馴染も徹底的にクズに仕立てあげれば、しっかりとしたざまぁ作品になれたかなと思います。期待していた作品と違う、そう感じさせていたら申し訳ございません。

 ただ私自身、ざまぁして終わりは寂しいなと思ってしまうので、このオチに後悔はしていないのですが。


 改めて、最後まで読んでいただきありがとうございました。

 少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。


 よかったらレビューと、ぜひ感想を教えてください。


※最後と言いつつ、しれっと番外編を投稿するかもしれません。出来たら、フォローはそのままでお願いします。ファミレスで、誰が俊哉の隣を座るかワチャワチャ揉める回は絶対書きたい……!

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幼馴染(カノジョ)を親友に寝取られた俺。これからは元親友の妹とイチャイチャしていきたいと思います! ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj

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