これから②
翌日、土曜日。
十二時を半分ほど過ぎた頃。俺は食堂の角席に座っていた。
土曜日だから、いつもより人は少ない。凛花もこの食堂にいるが、少し離れた席に座っている。
はす向かいに見えるカウンターの席。そこでサングラスをして、視線を光らせていた。悪目立ちするからサングラスはやめろって言ったんだけどな……。彼女なりに、あれが変装のつもりらしい。
頬杖をついてぼんやりと時間が経つのを待っていると、目の前に人影が差し込んだ。
はぁ、はぁ、と乱れた吐息。
風になびいたのか、髪の毛がぐしゃぐしゃになっている。
黒髪のショートカット。幼馴染、月宮愛里は髪の毛を手ぐしで整えながら、興奮気味に口を開く。
「ご、ごめん。講義がちょっと長引いちゃって……ま、待ったよね⁉︎」
「ううん。俺も今来たとこだよ」
首を横に振って答えると、彼女はホッと安堵した様子で胸に手を重ねる。
「そう、なんだ……ならよかった」
「でさ、早速なんだけどこれ……」
俺は袋から箱を取り出すと、それをテーブルの上に置いた。
「それって……」
「うん、俺があの日奪ったやつ」
あの日、俺は彼女との繋がりを断つ目的で、俺に関連するモノを持って帰った。
だが捨てると豪語したクセに結局捨てられず、俺の部屋に残ったままだった。
「捨てないでいてくれたんだ」
「まぁ捨てれなかったの間違いだけど」
「……見ていい?」
「うん。元々月宮さんのだから」
彼女は箱を開けて中を確認する。
そのまま保存していたから、大きく変化はないはずだ。経年劣化は避けられないが。
「ふふっ……懐かしい。懐かしいなぁ」
「結構、歳取ったよな。こうみると」
「ホントだね……これなんかトシ……苗木くん、あたしより背が小さいもん」
楽しそうに昔の写真を見つめる彼女に、俺は小さく微笑をもらす。
そうして膝の上に両手をつくと、ジッと目を見つめた。
「ごめん……」
「え? な、なんで苗木くんが謝るの……?」
「俺、やり過ぎてた。勝手に人の物取るのはダメだよな」
「う、ううん! それを言い出したら、あたしの方がダメなことばっかりだったよ。ごめんね……本当にごめんなさい」
うっすらと涙を目に浮かばせて、深く頭を下げられる。
俺はふわりと微笑むと。
「……お互い様、って事じゃダメかな」
「だ、ダメだよそんなの! だ、だってあたしが一方的に悪かった」
「…………。俺さ、頼られるのが好きなんだ。だから月宮さんを……愛里を甘やかして、都合のいいように自ら動いていた気がする。散々甘やかしといて、中学生になった途端、色々あってちょっと距離が出来たからな。身勝手だった」
「ううん、そんなことない! トシ君は悪くない」
「どっちが一方的に悪いとかじゃないと思うんだ。だからお互い様。それじゃダメかな?」
「いいの? トシ君はそれで……」
「うん。俺はもうそれで納得できるから」
客観的にみれば、悪いは彼女の方だ。
浮気した方が悪い。された方が被害者で、責められる謂われはない。それは正論だし、異論はない。
あくまで俺が少し普通とは違う考えの持ち主なのだろう。
ただ、俺と同じ立場になれば、少しは理解してくれる人もいる気がする。
「トシ君変わってないね。甘いまんまだ」
「変われたら楽なんだけどな……俺には無理っぽい」
自らを嘲笑うように小さく笑う。
愛里は箱から一枚の写真を取り出すと、口角をゆるめた。
「…………」
「どうかした?」
「トシ君のこういうとこ……好きだな」
「な、なんだよ急に」
「ちゃんと修復してくれたんだね」
「ま、まぁ……元通りは無理だけど、できる限りは」
あの日、勢いに任せて破った写真はセロハンテープを駆使して出来る限りの修復を行ってある。
直せばいいってものではないけれど、何もしないで放置は出来なかった。
つぎはぎではあるけれど、直せるところはある。そう、直そうと思えば、直せるところはあるのだ。
「でもトシ君……本当にいいの?」
「え?」
「また……あたし、トシ君のこと好きになっちゃう。また、しつこく執着しちゃうかもしれないよ?」
「同じことを繰り返すほど、愛里はバカじゃないって」
「……っ。あたしのこと信頼しすぎだよ」
「信頼じゃない。経験則から言ってるの」
「で、でも好きになるのは本当。ううん、ホントは今も好きなの!」
潤んだ瞳で頬を赤らめながら、俺を見つめてくる。
「ごめん。俺、その気持ちには応えられない」
「……まだ、凛ちゃんと付き合ってるの?」
「うん、付き合ってる」
「そうなんだ」
俯き加減にぽつりと漏らす愛里。
俺は困ったように笑みをこぼした。
「俺はずるいからさ……愛里とまた前みたいに、兄妹みたいに近い距離に戻りたい。愛里の気持ちには応えられないけど、幼馴染としては付き合ってほしい」
「……トシ君、すごい酷い事言ってる」
「ホントね。幻滅した?」
「ううん、大好き」
眩しいくらいの笑顔を咲かせて、ド直球の好意をぶつけてくる。
こう、ストレートなのには弱い。脊髄反射で頬が赤らむ。
「あ、あんまこういう場所でそういう事言うなよ」
「じゃあ二人きりの時ならいいの?」
「言葉の裏を取るな」
「ふふっ……ねぇ、例えばだよ? 例えばなんだけど」
愛里はチラチラと上目遣いで俺を見つめると、慎重に、遠慮がちに告げる。
「二番目でもいいからって言ったら、トシ君どうする?」
「は?」
その突拍子もない問いに、俺の口があんぐりと開く。
パチパチとまぶたを瞬かせて、呆然としてしまう。
思わず黙り込んでしまう俺に、愛里は尚も続ける。
「どれだけ都合よくてもいいの。あたし、トシ君のためなら──!」
「おっとド腐れビッチ先輩。なに、人の彼氏寝取ろうとしてんですか」
愛里の声が途切れる。
凛花は右手で愛里の両頬を掴むと、額に青筋を立てている。
「凛……ちゃん? どうして、ここに」
「監視ですよ監視。浮気の次は、浮気相手になろうとするとはビックリです。やっぱり人間そう簡単に変わりませんね」
「……ち、ちがっ。あたしはただ仮定の話をしただけで!」
「その割にはガチでしたよねぇ!」
凛花の追及が止まらない。愛里はうるうると涙を目に浮かばせ、俺に視線を送ってきた。この状況で、俺に助けを求めているらしい。
まぁ少しくらいは助け舟をあげるか。
「凛花一旦そのくらいで……」
「あぁどうも被告人先輩。私のコトだけ好きとか言っておきながら、この人に"好き"って言われた瞬間ドキッとしてた被告人先輩は黙っててください」
「……っ。い、いえすマム」
よし黙ろう。この場で口をはさむのは自殺行為でしかない。
「な、なんかトシ君尻に敷かれてる……?」
愛里はそんな俺を見て、ぼそりと呟いていた。
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