それから②

「どうして、この町にいるんですか」


 凛花が俺の腕にしがみつきながら、恐る恐ると言った様子で訊ねる。


「……眼鏡を不慮の事故で壊してしまってな。それで修理に来たんだ。凛花に何かする気はない。本当だ。そもそもオレはもう凛花の事は……コホン。そして眼鏡を直してもらっている待ち時間中に、彼が財布を落としたのを見かけて……まぁこんなザマだ」


 元親友は、事の顛末を簡潔に話した。

 俺は凛花の左手を握りしめると、足を進める。


「行こっか凛花」

「はい」


 元親友の横を通り過ぎる。

 彼は特に何も言わず、見送る素振りも見せない。


 学年が上がってクラスが変わったから、彼と会うのは久しぶりな気がする。どういう因果か、学校内ですれ違うこともないしな。


 凛花と歩調を合わせて数歩進んだところで、俺はパタリと足を止めた。

 凛花が俺の目を見つめてくる。


「ごめん凛花。やっぱりいいかな」

「はい。私は先輩の選択を尊重します。じゃあ、先に帰ってますね」

「うん、ありがとう」

「また明日です」


 俺は凛花から手を離すと、後ろに振り返る。凛花は一人で帰路に就いてくれた。


 元親友は眉間にシワを寄せて、ぼやける視界を少しでも明瞭に映そうと悪戦苦闘している。そんな彼に、俺は声を掛ける。


「なぁ……眼鏡なくて視界悪いんだろ。デパートまで連れてこうか?」

「……っ。……いい、のか?」

「事故に遭われても困るからさ。加害者になる人が可哀想だし」

「相変わらず、甘いなお前」


 フッと小さく笑う。

 俺は彼に肩を貸すべく、隣に向かう。


「そんな簡単に変われたら苦労しない。結局、どんだけ頑張っても一時しのぎが限界みたいだ。俺の性格は多分一生変わらないと思う」

「そいつは大変だな」

「一人だったら大変だよ。でも凛花がいるから大丈夫かな。俺がダメな時は彼女が引っ張ってくれるからさ」

「……そうか」


 元親友は俯き加減に小さく呟いた。


「実はさ、俺……あんまりお前のこと恨んでないんだ」

「……そう、なのか?」

「そりゃ最初は殺意も芽生えたよ。でも、憎しみってそんなに持続しない。いつまでも恨んでいられるほど、俺も余裕はないんだよ」

「でもだからといって、元の関係に戻れるものでもない」

「勝手に俺の言葉を予測するなよ。毎回合ってるから怖いんだよお前」

「フッ……トシヤのことは研究しているからな」

「相変わらずキモいなぁホント! イケメンの無駄遣いも程がある」

「そうだな。自分でもそう思うよ」


 元親友は自嘲気味に笑った。


 デパートへと一歩一歩ゆっくりとしたペースで向かう。


「ただまぁ……もし将来、俺と凛花が結婚するとしたら……」

「なっ。そ、そこまで話が進んでいるのか!?」

「お、落ち着けって。仮定の話! 仮定の話だってば!」

「そ、そうか。早とちりした」

「もし結婚したとすると、お前が一応兄? になるわけだろ」

「法的にはそうなるだろな」

「だからまぁ、なんだ。あんまりギスギスしてるのも不都合なんだよ」

「……いいのかそんな事言って。オレに隙をみせてまた後悔することになるかもしれないぞ?」


 ジッと俺の目を見つめられる。

 俺は前を向くと、ツンとした態度で。


「あ、そ。じゃあいいや。俺の気まぐれ無駄にするみたいだな」

「……っ! ち、違う。オレの悪いクセだな……。も、もう、二度とトシヤを裏切る真似はしない。……だから……また、たまに話し相手になってくれないか」

「いいよ。たまになら」

「…………ありがとう」


 項垂れるように首を前に下ろして、拙い声で感謝を告げてくる。


「別に友達に戻るとかじゃないから。ただ、将来のためだから」

「あぁ分かっている」


 何も話さない沈黙の時間が流れる。

 ゆっくりとした足取りでデパートへと向かっていると、


「なぁ、トシヤ」

「なんだよ」

「今度、自炊を教えてくれないか。これまで触れてこなかったから失敗ばかりでな。まるで上手くいかない。誰かにレクチャーしてもらいたいんだ」

「……死ぬほど暇だったらな」

「今日、この後とかはどうなんだ?」

「珍しく死ぬほど暇だよ。その代わり、勉強教えろよな。三年になってから難易度上がりすぎて良く分かんないんだ。特に数学」


 クスリと呆れたように言うと、彼の口角がゆるんだ。


 もう元の関係には戻れない。親友だと思っていた頃には戻れない。


 彼のした事はそう簡単に許すべきじゃない。また関わろうとするなんて、到底理解されないかもしれない。自分でもそう思う。

 でも、やっぱり寂しいよ。一度は親友だと思った人間と、あれっきりなんてさ。



 俺はこれから失ったものを取り返していきたい。



 甘い性格だから、後悔ばかりしてしまうから、そんな浮ついた事を考えてしまう。

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