完膚なきまでに幼馴染ざまぁ①

 ショッピングモールを出て、幼馴染の家まで移動してきた。

 俺の言った「静かに話せる場所」を満たすのが、幼馴染の家だったのだ。


 彼女の父親は会社に行っており、母親は離婚しているため家には居ない。

 俺の家では、両親(主に母さん)が忘れ物を取りに戻る可能性がある。総合的に見て、幼馴染の家がベストだった。


 俺と幼馴染、そして坂木の三人がリビングに居る。


「あ、あのね……と、トシ君……あたし」

「勝手に喋るのやめてくれるかな。言い訳聞くだけ時間の無駄だから」

「……っ。…………」


 幼馴染は下唇を噛むと、生唾を飲み込む。

 はす向かいに座っている坂木が、声をあげた。


「あ、あのさ苗木くん……僕、月ちゃんからしか話聞いてなかったし、かなり拡大解釈していた部分もあると思うんだ。僕のせいで余計な誤解生んじゃってると思う。だから、あんまり月ちゃんを責めないであげてほしいというか……」

「大丈夫。坂木は何も誤解を生んでないよ。それより、坂木にちゃんと聞きたいことがあるんだ」

「う、うん。なに?」

「どんな嘘……いや、凛花に関するどんな噂を聞かされてたの? そもそも、どういう関係? 俺の記憶だと、あんまり仲良かったイメージないんだけど」


 中学時代、幼馴染と坂木は、そこまで親密な関係じゃなかった。

 そもそも、坂木政宗という人間自体、誰か特定の人間と親しくするタイプではない。男女問わず幅広く交友関係を作るタイプの人間だ。


「この前……えっと、一週間くらい前かな。公園のベンチで一人で佇んでる月ちゃんを見かけて……僕から話しかけたのがキッカケ、かな。相談って形で色々話を聞いてて……そしたら、”トシ君が……トシ君が……”って泣き出されて」

「言わないで……よ」

「ご、ごめん。聞かれたからつい……」


 幼馴染の振り絞ったような声に、坂木が謝罪する。


 俺は首を横に振った。


「謝らなくていい。大方、想像はついてるんだ。そもそも、坂木の口が軽いのは今に始まったことじゃない。ずっとそうだった」

「……っ」


 幼馴染の肩がピクリと跳ねる。

 彼女はうつむいた状態のまま、判決を受ける被告人のように固唾を吞む。


「ありもしない凛花の噂を人脈のある坂木に流せば、上手く伝染するかもな。高校が違う以上、発生源も有耶無耶になる」

「……そ、そんなつもりじゃ! あたしはただ、構って欲しい一心で……」


 目を泳がせる。

 両手を強く握って、席を立ち上がった。


 対して俺は座ったまま、


「ふざけんな。たかが噂でも、それが悪い広がり方をしたら収拾つかなくなる。”月宮愛里は顔が整っていれば、誰とでも寝る”。そんな内容の噂──まぁ事実だけど、それが噂として広がれば、どうなるか考えるまでもない」

「……じ、事実じゃない。あたしはもう、心を入れ替えて……」

「心を入れ替えた人間は、一々口に出したりしないんだよ。それに、それが事実だろうと虚偽だろうと関係ない。それが噂の面倒なところだろ」

「……っっ」


 俺は天井を仰ぎ見ると、小さく吐息を漏らす。


「中学の頃のアレ、もう忘れたのかよ」

「……っ。……忘れた訳、じゃ……」

「かなり怖いよ。今日、もし坂木と出会さなかったらって思うと」

「ご、ごめん苗木くん……僕は誰かを貶めるつもりじゃ……」

「分かってる。あくまで仮定の話。でも、そうなる可能性はあっただろ」

「そう、だね……。あったかも」


 俺は椅子から立ち上がると、幼馴染の目の前に向かう。


「俺さ……考えてたんだ。何をしたらお前を一番苦しめられるのかって」

「え?」

「俺、そこまで出来た人間じゃないから、浮気されたとき、嫌ってほど負の感情蓄えてさ……我ながらひどい思考をしてたんだ。何が一番苦しむんだろうって。何が一番、仕返しになるんだろうって。そして思ったよ。多分一番、お前がされて嫌なこと」


 俺は顔を近づけて、彼女の瞳の奥を見つめる。

 幼馴染はピクッと肩を跳ねると、息を呑んだ。


「月宮愛里がどういう人間なのか、お前のお父さんに全部話そうと思う」


「……ッ。そ、それだけはやめて!」


 幼馴染はテーブルに両手を突くと、腰を上げて声を荒げる。俺は特に動じる事なく続けた。


「なんで? 親は娘の事を知って然るべきだろ」

「ぱ、パパにだけは……やめて。知られたく、ないの。ママの事もあって──パパには余計な負担を掛けたく……」

「調子のいい事言うなよ。自分は散々ひどいことして、やりたいよう好き勝手して──いざそれをバラされると困るって、いくら何でも虫が良すぎる」

「お、お願い! 他に、どんな事されてもいい! トシ君の言う事全部聞くから! だから!」


 俺の服を掴んで、涙目で縋ってくる。

 俺は彼女の手を振り払った。


「それをして、何の意味があるんだ。寂しがり屋の重度のかまってちゃん。俺が指図をすれば、結局はお前にとって喜ばす事になる。違う?」

「……っ」

「俺が別れを切り出した時、潔く俺から身を引くべきだったんだ。それが一番平和的だった。あの後も散々、俺に執着して……この前でようやく終わったと思った。なのに……何回間違えた事をすれば気が済むんだよ」

「…………。いつもの優しいトシ君に戻ってよ……。あたしに優しい……」


俯き加減に漏らす幼馴染。

俺は小さく嘆息すると、微かに笑みをこぼした。



「優しい? 都合のいいの間違いでしょ」

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