結局、そう簡単に人は変わらない
「あれ……苗木くん、だよね?」
凛花の試着を待っている最中。
背後から声が飛んできた。低すぎず高すぎない声色。
俺の名前を呼ばれて振り返ると、プラチナブランドのショートカットが目にとまる。
柔和な笑みを携えて、とてとてと俺との距離を詰めてきた。
「あ、やっぱりそうだ。苗木くんだ。僕のこと、覚えてるでしょ?」
「坂木だよな」
「そう。すごい偶然。運命だね」
「運命って……そんな大袈裟な……」
坂木は俺と両手を掴むと、ぶんぶん上下に振ってくる。
突然の事に、頬を斜めを引きつらせる俺。坂木のテンションについていけない。
「苗木くんもしかして照れてるの? 僕と手を繋いだから」
「照れてない」
俺が半開きの目で切り返すと、試着室のカーテンがおもむろに開く。
冬物のチェックのセーターを着た凛花が、微笑をこちらに向けてきた。
「私が着替えている合間に、他の女の子とイチャイチャするとは良い度胸してますね、先輩。どうやら本当に私をヤンデレ化させたいみたいですね先輩は!」
笑顔なのに目が一切笑っていない。
暗く淀んだ瞳で、真っ直ぐ俺を見つめてくる。
背筋に寒い物が走る感覚。ドキリと肩を上下に振るう。
「ご、誤解だよ凛花! 坂木は──」
「俊哉くん。この女だぁれ? 僕に黙って、他に女作ってたの?」
「な、何言ってんだよ! 話をややこしくするな! 腕にひっつくな!」
「ぐすんっ。僕、二番目だったんだね……」
「俺をクズ男に仕立てて何が目的だよ! 男だろ坂木は!」
「あー……もうネタばらししちゃうんだ。つまんないの。もう少し、引っ張ればいいのに」
坂木は俺の腕から離れると、数歩後ずさる。
後頭部で両手を組んで、微笑を湛えた。
中性的な外見の男だ。北欧の血を半分受け継いでいるため、髪質が日本人とは異なる。プラチナブランドで、目は青色だ。
声質も男にしては高い部類。そして本人の趣味が女装であるため、見た目だけなら男と判断するのは難しい。むしろ、初見では女の子にしか見えないと思う。体つきも華奢だし。
「男……え、男なんですか?」
「うん。男の子だよ。あ、男の娘って言った方が良いかな」
「……? 何が違うんですか?」
きょとんと小首を傾げる凛花。俺は「分からないなら分からなくていい」と首を横に振る。
「まぁ恋愛的には女の子大好きだけどね、趣味なんだ女装が」
「そう……なんですね」
凛花は驚きまじりに呟く。
「というか君、見たことある気がする。……もしかして同じ中学だった?」
坂木は顎先に手を置くと、スッと目を細める。
坂木は俺と同学年で、同じ中学に通っていた。凛花に見覚えがあるのは不思議じゃない。可愛い子って、学年の垣根を越えて認知されたりするからな。
「多分そうだと思います。先輩のお知り合いでしたら」
「そうなんだ。じゃあ僕のこと知らないかな。結構有名だったと思うんだけど」
ハーフで、容姿端麗、その上女装癖まであるとくれば、目立たない方が難しい。
学校内でも女子の制服を着ていたし、学年関係無しに知名度はあったと思う。
凛花は難しい顔をしながら、坂木を見つめる。
「すみません。先輩以外にあまり興味がなくて……」
「あ、ううん全然。あ、僕、坂木政宗って言います」
「ど、どうも中条凛花です」
「……そっか…………。どうしよ……やっぱこの子が凛花ちゃんなんだ……」
ボソリと蚊の鳴くような声を上げる。
後半は何を言っているのか聞き取れなかった。
「どうしよって、なにが?」
「いやコッチの話というか……あ、いや、うん……ごめんね凛花ちゃん。ちょっとだけ彼氏借りていい?」
坂木は少し逡巡するも決意を固めると、パンと両手を合わせた。
凛花は当惑しつつも、
「いい、ですけど……」
「ありがと。じゃ、ちょっとこっち来て苗木くん」
「あ、お、おう」
俺の腕を掴んで、洋服売り場を離れる坂木。
彼に連れられるがまま、俺は近くのベンチへと移動する。
釈然としない気持ちを蓄えながらも、余計な抵抗はしなかった。坂木は荒唐無稽な事をする人間でないと知っているからだ。
ベンチに横並びで座り、俺は怪訝な表情を浮かべる。
「えっと、何がしたいの? 坂木の目的がよく分かんないんだけど」
「そうだろうね……」
「は?」
「苗木くん、落ち着いて聞いてほしい」
坂木は一言断りを入れると、ジッと俺の目を見据える。
俺の手をギュッと握りしめると、
「君、あの子に騙されてるよ。月ちゃんから聞いたんだ。苗木くんのカノジョの……凛花ちゃんの噂」
「……は? いや何言ってんだよ……」
「あんま部外者が口を挟むことじゃないとは思ってる。でも、僕は放っておけないよ。月ちゃん泣いてたんだ。”トシ君が変わっちゃったって”。苗木くん、何があったか分かんないけどさ……月ちゃんを蔑ろにしたら可哀想だよ。彼女はずっと……いや、ごめんなんでもない。とにかく一旦、凛花ちゃん抜きでしっかりと話しておきたい。実は月ちゃんと今日、ココに来ててさ……多分そろそろトイレから戻ってくると思うけど」
つらつらと語る坂木。しかし彼の言葉が、俺の耳に受け付けなかった。
彼が何を言っているのか、理解したくない。けど、嫌でも理解してしまうし、なんとなく背景が見えてきてしまう。
この前の一件があって、少しは反省して、心を入れ替えてくれる──勝手にそんな気がしていた。けど、そう簡単に人は変わらない。そんなに簡単に変われたら誰も苦労はしない。
唖然とする俺の元に、とてとてと足音が近づいてくる。
彼女は俺と目が合うなり、瞳に動揺を走らせた。
「と、トシ君……なんで、ここに……」
「……結局、口先だけなんだな……」
気がつけば、ポツリと声が漏れ出ていた。
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