元親友の妹とイチャつくだけの回

「えっと、ひとまずは同棲生活続行って感じですかね」


 中条家を出た帰り道。

 どことなく重たく沈んだ空気が、俺と凛花の周りを彷徨いていた。


 住宅街を歩幅を合わせて歩きながら、凛花が普段よりもワントーン声を上げて切り出す。俺はポリポリと人差し指で頬を掻きながら。


「そう、なるかな。でも、近いうち解消ってことになると思うけど」

「うっ……じゃ、じゃあその時こそ同棲続行の打診をしましょうね。お父さんに!」

「殺される未来しか見えないんだけど……」

「大丈夫です。先輩がもし殺されそうになったら」

「なったら?」

「その時は私も一緒に殺されてあげます。死ぬときは一緒です♡」

「重いし怖い!」

「えへっ……えへへ……ずっと一緒ですからね。ずぅっと」


 俺、凛花に殺されるんじゃなかろうか。

 若干、ヤンデレ化の兆しを感じつつ、俺は小さく吐息をこぼす。


 凛花は俺との距離を詰めると、左腕に絡んできた。


「ちょっと近くない?」

「カップルがベタベタしちゃダメなんですか」

「いや、まぁいいんだけどね……一応、この辺りは俺の知り合いも結構いるというか。偶然、すれ違ったりすると厄介というかね?」

「なんですかそれは。私と付き合ってることがバレると困るんですか」

「そうじゃないんだけど……単に恥ずかしい、というか」


 中学時代の同級生とすれ違う可能性は否定できない。

 バレてどうなるという訳ではないが、こそばゆさのようなものはある。


「やれやれ、こういうのは見せつけてやれば良いんですよ。いいだろ~俺にはこんな可愛いカノジョがいるんだぜ~って」

「俺のキャラ崩壊しすぎだからな。でもまぁ、そっか。自慢しちゃえばいいか」

「…………」

「どうかした?」

「い、いえ……自分で可愛いカノジョとか言ってしまった手前、羞恥心が抉られているといいますか。ボケのつもりがツッコまれなかったので、居たたまれないと言いますか」

「凛花は可愛いよ」

「ちょ、な、なんですか。いきなり褒めて何が目的ですか。私を口説こうったってそうはいきませんからね!」

「カノジョ口説いてどうすんだよ……」


 目を見開いて、矢継ぎ早に口を開く凛花。

 そんな彼女に苦笑しつつ、歩を進める。


 駅の頭角が見えた辺りで、凛花はパタリと足を止めた。


「あの、先輩……せっかくですから少し寄り道しませんか」

「いいけど。どこ行くの?」

「それはついてからのお楽しみです♪」


 口先に人差し指を置いて、ふわりと微笑む。

 そんなわけで、真っ直ぐ帰宅はせず、寄り道をしていくことになった。



 ★



 駅から少し移動して、すぐにあるショッピングモール。

 休日だからか、人で賑わっている。家族連れに、友人のグループ、カップルらしき二人組。客層は様々で、店内は程よく活気づいている。


 そして特に目的地を教えられずに連れてこられたのは、洋服売り場だった。……レディース用の。

 右を見ても左を見ても女性だらけ。俺の場違い感が凄かった。


「あ、あの凛花……さん? なんで俺、こんなところに連れてこられてるの?」

「ふっふっふ。ここらで彼氏の趣味嗜好を把握しようかと思いまして」

「は?」

「要するに先輩好みの服のチェックです。そろそろ新しい服欲しかったですし、ちょうど良かったというか」

「よし、帰ろう」

「ダメですってば! 先輩のことだからすぐそう言うと思って、内緒にしたんです」

「卑怯だぞ……」

「てへっ」

「可愛くない」

「なッ! さっきは可愛いって言ってくれたじゃないですか!」


 俺の両肩を掴んで、前後に強く揺らしてくる。

 涙目になって、俺を下から睨み付けてくる。


「お、落ち着けって。可愛い。可愛いから!」

「ホントですか?」

「うん」

「じゃあ、”凛花大好き”って言ってください」

「な、なんでだよ」

「言ってください」


 ジッと俺の目を見つめられる。

 その眼圧を前に、俺は屈することにした。


「り、凛花大好き」

「ありがとうございます。私も俊哉くんのコト大好きです」

「て、てか一応多少は人目もあるからな。ちょっとは気にしよう」

「ああ言われて見ればそうですね。店員さんの目が痛い気がします」


 凛花は困ったように笑うと、手近にあった赤いセーターを手に取る。

 ハンガーのかかった状態のまま、自分の身体に押し当てた。


「どうですか先輩。似合ってます?」

「似合ってるんじゃないかな」

「む。なんかやる気ないですね。先輩はカノジョの服に興味ない感じですか」

「いや、そういう訳じゃないんだけど……こういう場所は慣れてないっつうか」


 そもそも俺は、服自体あまり買うタイプではない。

 安物でいいし、オシャレもあまり気にしたことがない。正確には、オシャレに気を遣えるほど、センスがないだけなのだが。


 そんな俺が男性用ではなく、女性用の服売り場にいるのだ。

 ただでさえ慣れない場所なのに、男子禁制の雰囲気のあるこの場所は居心地が悪い。


「周囲の目を気にしすぎですってば。それに先輩には私が居ますから平気です。この場に居る権利があります」

「そうなの?」

「はい。ですから、私の買い物に付き合ってください」

「……まぁ、そういうことなら」


 言われるがまま、凛花の買い物に付き合うことになる。

 ざーっと店内を見回って、いくらか目に止まった服を手に取る。


 店員の許可を得て試着室に向かうと、凛花は愉しげに。


「じゃ、先輩が選んでくれた服着てみますから、先輩はそこで待っててくださいね。どっか逃げたらダメですからね」

「分かってるって」


 正直、凛花が試着室に入ってしまうと、この空間で俺一人取り残されてしまうようなものだ。逃げたい気持ちは存分にある。

 が、カノジョを置いてどこかに逃げるほど、腐っちゃいない。女性専用車両に乗ったようなこの気まずい空気を、乗り越えてみせる!


 グッと拳を握って覚悟を決めているときだった。


「あれ……苗木くん、だよね?」


 ふと背後から俺を呼ぶ声が飛んできた。

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