元親友の妹を親に紹介する

 和菓子屋『なえき』。

 俺の親父が経営している和菓子屋であり、母さんと二人で営業している。


 客足が多いときは、そこに俺もアルバイトとして追加される。

 といっても、俺の存在あるなしはあまり関係がない。


 今日俺がアルバイトに馳せ参じるのだって、結局の所、顔見せの目的が大きい。

 しかし今日は、それに加えてカノジョもお披露目することになった。


 凛花も両親も、お互いが初対面って訳ではないが……やはり緊張はする。


「お義母さんとお義父さんに認めてもらうチャンス……頑張れ私」


 店内に入る前、凛花は小さな声で自分自身を鼓舞していた。

 若干、気合いが入りすぎな気がする。結婚の挨拶をする心持ちだった。


「ちょっと気負いすぎじゃないかな」

「そんなことないです。印象って大切なんですよ。先輩のカノジョとして会うのは初めてですし、ここでガツンと好感度を稼いでおかないと」

「そういうもんか」

「そういうもんです」


 凛花はひとしきり深呼吸をすると、気持ちを落ち着かせる。

 気合い十分。グッと両の手を握りしめる。


 そうして、俺たちは裏口から店の中に入った。



 休憩室という名の、物置部屋に到着する。

 ここは主に着替えくらいでしか使わない。母さんが事務作業をしていたりはするけれど。


 扉を開けると、ちょうど母さんがパソコンをカタカタ動かしている場面だった。


「おはよ母さ──ッ⁉︎ な、なにすんだよ!」


 俺を見るなり、母さんが飛びついてくる。

 どうにか足の踏ん張りをきかせて堪えるが、危うく転倒するところだった。


「あら、親子のスキンシップじゃない。なに照れてるの?」

「照れてない! てか、離れろって!」

「あらあら友達の前だからって強が──え?」


 母さんは、パタリと動きを止める。

 パチパチとまぶたを開け閉めして、フリーズした。


「……凛花ちゃん?」


 そうして俺から離れて一言、ぼつりと呟いた。


「お久しぶりです。あ、えっと、この間から先輩とお付き合いするコトになって」


 凛花は身体に緊張を走らせると、ぺこりと頭を下げる。

 母さんは俺から離れて居住まいを正すと、凛花の両肩を掴んだ。


「今なんと?」

「ですから、先輩のカノジョになりました」


 母さんは再びフリーズすると、今度は俺にそっと耳打ちしてきた。


「お、お母さん聞いてないわよ! てか、カノジョ連れてくるなら先に言いなさい。ロクに片付けてないし……っ」

「ご、ごめん。そういえばちゃんと言ってなかったな……」


 アルバイトを一人増やしていいかの確認は取ったが、それだけだった。

 カノジョを連れて行くとは伝えていない。母さんにしてみれば、友達を連れてくると思っていたのだろう。


「てっきり俊哉は……ううん、なんでもないわね。でも、よかったわ。ちゃんとプレゼントは渡せたみたいで」

「……っ、いや、それは──!」


 母さんはホッと一安心すると、パンと両手を合わせる。

 耳ざとく、俺たちの会話の内容をキャッチした凛花が小首を傾げた。


「プレゼントですか?」

「え、あれごめんなさい。もしかして私早とちりした?」


 とぼけ顔の凛花を見て、母さんが焦燥感に駆られる。

 だが、それ以上に俺が焦燥感に駆られていた。


「な、なんでもないから。……母さん、着替えどこにある?」

「あ、それならこっちに」


 無理矢理、話をブツ切りにする。


 失敗したな……誤解を生む状況が重なりすぎた。


 プレゼント。

 それは母さんに頼んで、バイト代をいくらか前借りして買ったものだ。そしてそれは、誕生日が近い幼馴染のために買った物である。


 幼馴染と付き合ったことを、母さんには内緒にしていた。悪気があったわけじゃない。ただ、素直に告白するのが恥ずかしかった。


 そしてここに来て、凛花と俺が付き合い始めたという情報が母さんの耳に入る。プレゼントは凛花用だと母さんが誤解するのは、ある種、必然的な流れだった。


 それから少しだけギクシャクした空気が流れるが、これ以上プレゼントの件が話題に上がることはなかった。




 バイトが終わった。

 仕事の内容としては俺が和菓子作りをいくらか手伝って、凛花は母さんと一緒に接客や掃除などをやっていた。


 途中、いくらか凛花と話す場面はあったが、その都度母さんがニヤニヤしてきて、すごく嫌だった。

 そして現在。店内に設けられた僅かなイートインスペースに俺はいた。


 俺の左隣には凛花。正面に親父。斜向かいに、母さんという並びである。


「簡単なモノだけど、遠慮せず食べてね凛花ちゃん」

「は、はいっ。いただきます」


 何をしているかといえば、普通に夕食だ。

 母さんの作った夕食(主菜はハンバーグ)がテーブルの上にずらりと並んでいる。


 ……ただの夕食ならいざ知らず。

 目の前に両親。隣にカノジョの状況は、中々精神的にくるものがある。


 三者面談の上位互換でもいうのか。

 取り敢えず、もう帰りたい……。


 寡黙な親父は特に何か言うでもなく、母さんが率先して口を開いていた。


「凛花ちゃん。私ね、ずっと気になってる事あるんだけど、聞いていいかな」

「はい。なんですか?」

「俊哉なんかが彼氏でいいの? 俊哉に何か騙されて付き合ってるんじゃないかと実は心配になっているのよね」


 あの人、ひどくない? 

 俺の母親なんだよね? ねぇ? 


「いえ、そんな事ないです。先ぱ──俊哉くんじゃないと、嫌です。付き合ったのだって、私が俊哉くんにゾッコンだからで」

「……っ。ねぇお父さん、聞いた? 俊哉じゃないと嫌だって! 俊哉にゾッコンだって!」

「あぁ」


 年甲斐もなくキャピキャピはしゃぐ我が母親。

 親父は一言だけ返事をすると、黙々と食事を進めていた。


 ちなみに俺はといえば、真っ赤な顔を隠すようにうつむいている。地獄かここは。


「ねぇ俊哉。絶対、凛花ちゃんを手放しちゃダメよ。お母さん、結婚をおすすめするわ」

「ごほっ、こほっ! な、何言ってんだよ母さん!」

「け、結婚……」


 盛大にむせこみ、反射的に席を立ち上がる俺。

 激昂する俺のよそで、凛花がボソリと呟いていた。顔が真っ赤である。


「あ、ごめんなさい。こういうのは、俊哉と二人きりの時に言うべきだったわね」

「そういう問題じゃねえ! て、てかこの話もうやめろって!」

「ヤダヤダ。だって俊哉のカノジョと話せるなんて初めてだもん。朝まで話すぅ」

「子供か!」


 駄々をこねる母さん。完全にテンションが空回りしている。……くっ、身内の恥さらしが。


 それからしばらく、母さんからの質問攻めにあった。それに対して凛花は律儀に答えるものだから、居た堪れなさは半端ではない。


 ただまぁ、カノジョを親に紹介という意味では成功だったように思う。

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