お待たせしました。元親友のざまぁ回です。

 中条家を後にしてから一旦俺の家に戻ってきた。

 そして歯ブラシなど他に必要なモノを買うべく、再び外へ。粗方買い物を終えて、再び帰路に就いていた。


 道中、コンビニが視界に収まる位置に到着すると、凛花が足取りを止めた。


「先輩。私ちょっとコンビニ寄ってきてもいいですか?」

「うん、いいけど。まだ何か必要なものあるの?」

「いえ、まぁちょっと……あ、先輩はそこで待っててください。私一人で買い物しますから」

「いや俺も行くよ」

「だ、大丈夫ですからっ。待っててください」

「……? あ、じゃあ俺、そこで家電見てていい?」


 一人でコンビニに行きたい理由が判然としない。

 まぁ俺に見られたくない買い物という事だろうか。


 ならば、無理に邪魔する真似はしない方がいい。


「いいですけど、何か買いたいものあるんですか?」

「ちょっとな」

「なんで隠すんですか」

「凛花が何買うのか教えてくれたら、俺も教える」

「わ、わかりましたよ。じゃあ聞きません。では、十分後くらいにまた集合でいいですか?」

「うん。てか、家近いしそのまま帰ってもいいかもな」


 ここからだと五分もしない距離。

 無理に一緒に帰る必要もない。


「そうですね。じゃあそうしましょうか」

「じゃ、これ」


 俺は財布からカギを取り出し、凛花に手渡す。


「いいんですか? そしたら先輩、家に上がれないですけど」

「大丈夫それ合鍵だから。凛花が持っててよ」

「……っ。一生大切にしますっ」

「あ、いや……泊まってる期間だけのつもりだったんだけど……」

「先輩が何言ってるのか、私よく分かりません」

「まぁいいか。無くすなよ」

「はい。じゃあまた後で」

「おう」


 凛花と別れて、俺は家電量販店に向かった。



 ★



 買い物を済ませて、家に戻ってきた。

 吟味する時間があったから、若干時間を食ってしまった。凛花は既に家に到着している頃合いだろうか。


 アパートに到着し、階段を登る。

 そうして二〇三号室に到着した俺は、凛花──ではなく別の人物と遭遇していた。


「遅かったなトシヤ」


 眉目秀麗。眼鏡をかけ、怜悧な顔つきをした男。

 彼は、眼鏡のブリッジを中指で押して、位置を調整する。


「なんで、ここにいるんだ」

「帰ったら凛花の靴がなかったんだ。嫌な予感がしてな……だから、すぐにここに来た」

「意味、わかんねぇんだけど。遊びに出掛けてるだけかもしれないだろ」

「あぁ。加えて、帰宅しても母さんがリビングから出てこなかった。何か、お前か凛花が余計なことを言ったんじゃないかと思ってな。オレの勘はよく当たるんだ」


 理論的ではない。ただの憶測での行動。

 だが、元親友の勘は奇しくも当たっている。


 まだ凛花は帰ってない、みたいだな。であれば今がコイツを追い出すチャンス。


「だったらその勘は外れている。ここに凛花はいないだろ」

「みたいだな。まぁせっかくだ、少し話さないか?」

「話すことなんかない」

「オレと月宮さんの事なら、誤解している。お前に与えてしまったであろう誤解を解きたいんだ」


 何も言っていないのに、突然その事に触れる元親友。

 幼馴染経由で聞いたのか、あるいは推理を効かせたのか。


「誤解……? なんのことだ」

「考えれば分かる話だった。トシヤの様子に変化が生じたのは今週の月曜日。普段通りを装っていたが、あの日からお前の様子は少し変だった。……日曜日にオレと月宮さんが一緒にいる場面を目撃したんだろう?」

「……ああ」


 端的に一言だけ、声を上げ頷く。

 嘘を吐いて隠す必要性はない。


「すまないトシヤ。オレは大切な友人であるお前に多大な誤解を与えてしまった。先に言っておくが、断じて月宮さんはオレと浮気などしていない」

「……ふざけてるのか?」


 ファミレスでの一件を経て、浮気の件は確定的だった。直接的な表現こそなかったが、関係があったのは間違いない。


 あ、でもコイツは俺と凛花が盗み聞きしていた事を知らないのか。

 だからこの期に及んで、言い訳が出来ると踏んでいる。


「オレと月宮さんを見かけたのはどの辺りだ?」

「ホテルから出てくるところ」

「そうか。あの日は月宮さんに相談を持ちかけられていた。トシヤが喜ぶ場所に連れて行きたいと言われてな」

「で?」

「そこで色々見て回っていたら誤ってホテルに入ってしまった。すぐに気づいて、ホテルからは出たが、タイミング悪くそこをトシヤに見られたようだな。別に、何かしたわけじゃない。疑わしい事をしてしまってすまなかった」


 なんとも苦しい言い訳。聞くに耐えない。


 幼馴染もそうだが、こんなその場で繕ったような嘘で騙されると思っているのだろうか。俺、どんだけ舐められているんだ……。


「手を繋いでキスまでしといてか?」


 苛立ちを押し殺しながら、ギロリと視線をぶつける。


「手を繋いだのは咄嗟の判断だ。冗談でラブホテルに入ったとなれば、怒られるんじゃないかと思った。だから一時的に恋人のフリをする事にした。……すまない。良い気分しないよな。悪気はなかったんだ」

「フリでキスまでするのか」

「キス……? いやそれは覚えがないな。ゴミクズでも取ったシーンを、キスと見間違えたんじゃないのか?」


 ケロリとなんでもない表情で、嘘を続ける。

 ただここまで自信満々でこられると、少しだけ信じそうになる。幼馴染と違って、俺に詰められてもすぐに切り返してくるからだろうか。……無理のある設定ではあるが。


 と、その時だった。

 俺の背後から声が飛んできた。



『オレたちはただの協力関係だ。ストレス発散や欲求の処理、本物の恋人じゃない』



 階段を登ってきた凛花が、スマホを強く握りしめている。荷物を片手に、俺の背中に隠れた。


 瞬間、元親友の表情が崩れる。

 凛花のスマホから流れる声が、自分の声だと理解したからだ。


「な、なんで……それを──」


 当惑する元親友。

 無情に録音された音声は続ける。


『分かってるよ。あたしだって、真太郎みたいな人が彼氏じゃ嫌だし』

『気が合うな。……まぁオレの場合はトシヤへの恨みも入っているがな』

『恨み? なにそれ、聞いたことないんだけど』

『ああ知らないか。凛花は、トシヤに好意があるんだ』

『それは知ってる。見てればわかるし。だから、それとなく牽制してるんだけど』

『トシヤは悪い奴じゃないが、凛花の気持ちをたぶらかすのは容認できない。要は、愛里と関係を続けることは憂さ晴らしになるんだ』

『完全に逆恨みじゃん。てか、真太郎キモすぎ』


 そこまでいって、凛花は再生を止めた。

 俺の背中に隠れて強く握り締める凛花。俺はジッと元親友を見つめる。凛花のサポートを無駄にはしない。


 動揺から目を泳がせる彼を正面から見据えて、問いかけた。


「これはどう説明するんだ? 真太郎」

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