第二のミッション

「まったく、誰かに見られたらどうするんですか。いくら人気がないとはいえ、もう少し周囲の目というモノをですね!」

「なんで俺が怒られるの……立場逆じゃない?」


 凛花ちゃんに要求されるがまま、抱擁をした。いくら人気のない場所とはいえ、校内でやるには大胆不敵な行動だったと思う。

 凛花ちゃんはやれやれとため息を吐くと、胸の前で腕を組む。


「さて先輩。まだHRまでは時間ありますよね」

「あと十分くらいあるな」


 腕時計で時間を確認する。

 HR開始は八時四十五分から。まだ時間には余裕がある。


「では、次なる作戦を考えましょう」

「今考えるの?」

「はい。今考えるんです。ウカウカしてる暇はありませんからね、さっ、座ってください先輩」

「うん」


 凛花ちゃんは自販機近くにあるベンチに腰を下ろす。

 トントンと、隣を叩いて俺にも座るよう促してきた。


 俺が隣に座ると、凛花ちゃんは天井を見上げて「うーん」と唸る。


「絶妙に相手が嫌がることをしたいですよね……」

「性格の悪い切り出しだなぁ」

「性悪ヒロインですからね、私」

「自分で言うんだ……」

「こういうことは積極的に言っていかないと」

「周知させるメリットないだろ」

「なんですか、じゃあ先輩は良い子ちゃんキャラが好みなんですか?」

「いや、それはなんか胡散臭くみえるから好きじゃない」

「その点、どうですか私。良い子ちゃんの対極でしょう」

「それはそれでどうかと思うけどね」


 むふんと胸を張って、自信満々の凛花ちゃん。

 一切、誇れることではなかった。でも、彼女は性悪とは少し違う気がする。少なくとも俺は、凛花ちゃんの行動に救われている。まぁ、客観的に見れば、そう映るのかもしれないが。


「さて、無駄話している時間はないです。次の作戦を考えないと」

「つっても難しいな。過度なことすると、それこそ浮気に疑われるし」


 程よいバランスでやっていかないといけない。

 そうして小さい積み重ねを経て、浮気現場を目撃せる。それが今回の最終目標だ。


 いきなり浮気現場を見せるだけじゃ芸がないしな。

 やり返すなら本気で。しっかり着実に、準備をしていく必要がある。


「じゃ、逆転の発想で『浮気を隠す』ってのはどうですか」

「浮気を隠す?」

「はい。自然に日常を送りつつ、たまに誰にもバレないようにイチャイチャするんです」

「それ意味あるの?」


 バレない事を心がけるのであれば、無理にやる必要はない気がする。

 凛花ちゃんはふわりと微笑むと、両手を合わせた。


「はい。私が先輩とイチャイチャできて幸せになります」

「却下」

「じょ、冗談ですってば! いやその側面もありますけど、意趣返しになるというか」

「意趣返し?」

「兄と月宮さんは、先輩にバレないようにコソコソと付き合ってたわけですよね」


 少なくとも俺は、愛里とキスはしていない。愛里の、あんな猫撫で声を聞いたことがなかった。

 いつから水面下で付き合っていたのかは知らないが、ある程度の期間に渡って関係を培っていたのは明白だ。


「ああ……なるほど。そういうことか」

「伝わりましたか先輩」


 彼らは俺に気づかれないよう、コソコソ付き合っていた。

 であれば、俺が見ていない隙にイチャイチャしていた可能性は高い。


「なんかむしゃくしゃしてきた」

「おっ。滾ってますね先輩」


 俺はベンチから腰を上げる。凛花ちゃんは、はにかみながら俺の後に続いて立ち上がった。


「でも具体的に何するの? イマイチピンとこないんだけど」

「そうですね。バレないようにキスするとか」

「ハードル高いな……てか、俺、キスとかしたことないし……」

「じゃ、じゃあ今しときます?」

「は?」

「い、言ってみただけです。忘れてください、はい」


 忘れられる発言ではなかった。

 だが、掘り返すのは居た堪れない。聞かなかったことにしよう。腕時計で時間を確認する。


「そ、そろそろHR始まるし、戻っとこうか」

「ですね。了解です。では、授業の合間にでも『バレずにイチャイチャ、チキンレース』大作戦の概要を各自考えておくということで」

「毎回、作戦名つけてくの?」

「当然です。その方が、なんかワクワクしません?」

「いや、しない」

「なんでですか。ワクワクしますよ絶対!」


 小さく頬を膨らませて、不満げな表情を浮かべる。

 俺が教室目指して歩を進めると、その後に凛花ちゃんが続いた。

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