親友の妹と結託
「私が、先輩の浮気相手になってあげます。寝取られる辛さをアイツらに教えてあげましょう」
凛花ちゃんは、俺の手を握ると確かにそう宣言した。
カチリと時計の針が止まった感覚。再び、時間の流れが動き出すころには、彼女の言っていることの突飛さに慄いていた。
「な、なに言ってるんだよ。浮気相手になるって、そんな……」
「私、変なこと言ってますか?」
「言ってる! 大体、そんなことして凛花ちゃんにメリットがない。俺の浮気相手なんて損な役回りする必要ないよ」
「全然、損じゃないですけど」
小首を傾げて、ケロリと言ってのける。
浮気相手……それは学生といえど、相応にリスクがある。
妙な噂が広まれば今後の学生生活に支障をきたしかねない。それに、好きでもない男の浮気相手など、やっていて楽しいものではないだろう。
しかし、凛花ちゃんはそうは思っていないのか、ふわりと微笑む。
「だって私、先輩のこと好きですから」
「……は?」
「好きです。
「ま、マジすか」
「マジっす」
衝撃の告白を、実に唐突にぶつけられる。
俺は唖然と、その事実を飲み込むしかなかった。
「気づいてなかったんですね。先輩」
「そりゃ……だってそんな素振りなかったし」
凛花ちゃんと出会ってから、四年以上経っているが一切気が付かなかった。
そもそも、親友の妹という見方しかしていなかった。ゆえに、脳がこの事実を処理するのに、えらく時間を要した。
「まぁ、先輩があの人のこと好きなの知ってましたからね。気持ちに蓋をして、バレないように隠してました。……でも、だからこそ、カノジョさんのことも、兄のことも許せないです。部外者の私がお門違いだとは思うんですけど、先輩が傷つけられるのは許せないんです!」
前のめりになって顔を近づけてくる。
端麗な容姿を目前にして、俺の頬が紅潮した。竹〇通りでスカウトに遭いまくってトラウマになったという話は、伊達じゃない。
俺はさっと視線を逸らすと。
「俺が傷つけられるのが許せないって……凛花ちゃんも大概俺のこと傷つけてないか。しょっちゅう悪態ついてくるし」
「……っ。わ、私はいいんです!」
「なんだよそれ。滅茶苦茶じゃん」
「私は先輩に構ってほしいだけですから」
ボソリと、本当に小さくつぶやく。
けれど、この二人しかいない小さな空間では、しっかりと聞き取れてしまう。
俺はいよいよ凛花ちゃんの目を見れなくなった。
誰かから一方的な好意をぶつけられるのは初めてだった。
沈黙のカーテンが下りる。
しばらく無言の空気のまま、お互いに俯いていると、凛花ちゃんが口火を切った。
「と、とにかくですね。私が先輩の浮気相手になります。先輩が受けた苦しみを与えてやりましょう」
「……お、おー」
空元気で同調してみる。
だが、当然この作戦には不安要素しかない。
「でも、そんなに上手くいくかな」
「というと?」
「仮に俺の浮気現場を目撃したところで、落ち込む姿が想像つかないっていうのかな」
浮気するようなカノジョだ。
俺が凛花ちゃんと浮気している場面を目撃したところで、仕返しになるとは思えない。
「心配いりません。カノジョさんは、先輩に好意があります」
「いやでも、浮気されたんだよ俺」
「だとしてもです。嫌いな相手と付き合う人間はいません。それにあの人、すごく独占欲が強いんですから。だからもし先輩が他の女とイチャイチャしてたり、あまつさえ浮気と思しき現場を目撃したら、我慢ならないと思います」
独占欲が強い。
幼馴染にそのイメージはあまりなかった。凛花ちゃん視点からだと見えるものも、あるのだろうか。
何はともあれ、凛花ちゃんの言を信じるのであれば、幼馴染への仕返しにはなりそうだ。
「でも、
「先輩、忘れてませんか?」
「え?」
「兄が、私の事を溺愛している事を!」
「あ」
そうだった。
アイツは、周囲が引くほど妹を溺愛している。重度のシスコンだ。
凛花ちゃんはそんな兄に辟易としていて、距離を置いている印象があるが。
「つまりです。私に彼氏が出来ること。それだけで兄には会心の一撃です」
「なる、ほど」
凛花ちゃんは俺の手を掴む力を強めると、
「私を浮気相手に選べば、二人同時に仕返しができます。私と一緒に、やり返しませんか?」
小悪魔のような笑みを携えて、ハッキリとそう提案してきた。
やられたらやり返すなんて、子供の発想。復讐は復讐を生むというし、ここは俺が辛酸を舐めて終わるのが、正しい対応なのだろう。
だが、凛花ちゃんは俺に寄り添ってくれて、俺に感情移入してくれて、お膳立てまでしてくれている。ここまでされて、何もしない判断を取れるほど、俺はお人好しじゃない。
「やるからには、本気でやろう。凛花ちゃん」
「はい、先輩っ」
かくしてこれから、俺の仕返しが開幕する。
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