幼馴染(カノジョ)を親友に寝取られた俺。これからは元親友の妹とイチャイチャしていきたいと思います!

ヨルノソラ/朝陽千早

人生最悪の日

 親友だと思っていたヤツに、カノジョを寝取られた。


 いや、寝取られた……その表現は少し憶測が入っている。

 偶然見かけたのだ。バイト帰りにホテルから出てくる親友とカノジョの姿を。


 身体を寄せ合い、恋人つなぎ。聞いたこともない猫撫で声で、カノジョは親友の名を呼び、親友はカノジョの唇を奪う。

 夢か何かだと疑いたくなるくらいには、明らかな浮気現場だった。


 彼らがどこまで進んでいるのかは知らない。正確には知りたくない。


 ただ、一つ確定的に言えるのは、カノジョは浮気をしていた。

 そして浮気相手は、俺の親友だったという事だ。


 キスなんて……俺もまだしていないのに……。


「はぁ」


 重たく吐息をもらす。

 吐いた息と一緒に、生気も抜けていく。そんな気がした。


 部屋の隅っこでうずくまりながら、俺は消えてなくなりたい衝動に駆られる。


 まさか、自分が浮気されるとは考えてもみなかった。

 俺に初めて出来たカノジョは、幼少期から知っている幼馴染で……長いこと片想いをしていた。親友のサポートもあって、晴れてカップル成立。培ってきた想いが成就し、これからは幸せな青春ライフが送れると思っていた。


 なのに……なんだよ……これ。


 まだ付き合って三週間だ。

 倦怠期って訳でもない。順調に恋人としてのステップが踏めていると思っていた。だがそう思っていたのは、俺だけだったらしい。


幼馴染アイツのあんな顔、見たことなかったな……」


 白い天井を見上げて、ぼんやりと呟く。

 もしかすると、俺と付き合う以前から付き合っていたのだろうか。

 俺との付き合いは、遊び。あるいは同情によるものだったのか。いっそ、笑い物にするためだったのだろうか。


 考えても結論はつかない。

 ただどんな理由であれ、気分のいい話ではないのだろう。


 俺はもてあそばれたのだ。

 その事実は、なにがあっても変わらない──。


 幼馴染と親友。彼らが純粋に付き合っていただけなら、素直に祝福ができた。嫉妬の気持ちを抑えて、それでも彼らの幸せを願えた自信がある。


 ただ……これはさすがに──


「ひどすぎるよ」


 体育座りをしながら、顔をうずめる。

 俺はもう、彼女とも彼とも顔を合わせる自信がない。

 上手く話せる気がしない。これまでの関係はもう終わり。


 ……人生最悪の日だ。



 ──ピンポーン



 どんよりと紫色のオーラを全身にまとっている時だった。

 インターホンが鳴った。


 俺は今、一人暮らしをしている。

 そのため、この家には俺以外誰も居ない。


 来訪者への対応は俺がするしかないのだが……立ち上がるのが億劫だった。


 ──ピンポーン


 どなたか知らないが、申し訳ない。

 居留守を使わせてもらおう。


 ──ピンポーン


 …………。


 ──ピンポーン


 ──ピンポーン


 ──ピンポーン


 ──ピンポーン


「し、しつこいな……」


 周期的にインターホンが鳴る。

 居留守を使うつもりだったが、中々にしつこい。


 俺は重たい腰を上げると、玄関へと向かった。

 がちゃり、と玄関扉を開ける。するとそこに居たのは、


凛花りんかちゃん?」


 薄茶色の明るい髪を、左側頭部でまとめたサイドポニー。目鼻立ちはスッキリしていて、肌は少し心配になるくらい白い。

 平均より少し小さめの背丈。その分、胸に栄養がいっていて、女の子らしすぎる曲線を描いている。


 俺より一つ年下の現在高校一年生。そして何を隠そう俺の親友──親友だったヤツの妹だ。


「こんばんは先輩。いつにも増して、辛気臭い顔してますね」


 俺の顔を見るなり、軽く悪態をついてくる。

 ただでさえテンションが右肩下がり。意気消沈している最中だ。普段なら聞き流せるが、今は胸に響く。


「帰ってもらっていいかな」

「嫌です。先輩を放っておけませんから」

「は?」

「ひとまず、中に入れてもらっていいですか。身体冷え切っちゃってて」


 もう十一月。空が暗くなったこの時間帯は、かじかむ寒さだろう。

 現に、凛花ちゃんの手は、赤く震えていた。彼女の来訪目的が掴めないが、取り敢えず俺の部屋へと迎え入れることにした。




 ★



 ちゃぶ台を挟んで、俺と凛花ちゃんが対面する。


「先輩。私、温かいレモンティーを注文したんですけど」

「そんな洒落たものウチにはない。飲みたくないなら飲まなくていいけど」

「いえ、頂きます。せっかく先輩が入れてくれたので」


 俺から麦茶のコップを受け取ると、彼女はちびりと一口飲む。

 俺も喉を潤すと、早速、彼女が訪ねてきた本題に踏み込むことにした。


「それで、何か用でもあるの? こんな時間に」

「用……というよりは、先輩の様子が心配になったといいますか」

「俺の様子?」

「はい。先輩ってすぐ自分一人で思いつめるじゃないですか。だから、だれにも相談せず、落ち込んで、そのまま消えちゃうんじゃないかと心配になって」


 彼女の言い草にピンと来る部分はあった。現に俺は浮気をされて、ひどく落ち込んでいた。

 

 多少時間は違えど、俺と同じくあの浮気現場を目撃したのか?


「もしかして、凛花ちゃんも見てたのか」

「正確にはトボトボ歩く先輩を見かけたんです。そのあと、先輩のカノジョと、私の兄が浮気しているのを見つけて……」

「そうだったんだ」

「ホント……マジ、ありえないですよね……」


 凛花ちゃんはぼそりと呟くと、スカートにシワが寄るくらい強く握りしめる。

 視線を下げて、苛立ちを押し殺していた。


 それにつられて、俺もどんよりと項垂れる。居たたまれない。お通夜のように重たい空気が流れる。


「……先輩」

「ん?」

「カノジョさんのこと、兄のこと、恨んでますか?」

「……それは、まぁ。こんな気持ちよくないって分かってるけど、そういう感情はある」

「よかったです」


 凛花ちゃんは暗い表情から一転して、明るい笑みを作る。

 その発言の意図が汲み取れず、俺は小首を傾げた。


「よかった?」

「はい、ここで恨んではない。幸せになってほしいとか、聖人君子みたいなこと言いだしたらどうしようかと思いましたよ」


 ジッと俺の目を見据えてくる。

 ちゃぶ台の上に力なく置いていた俺の両手を、包み込むように握ってきた。


「先輩。このままやられてお終いでいいんですか?」

「……よくないよ。でも、こうなった以上、どうすることも」

「出来ます。先輩には私がいます。やり返すんです!」

「やり返すって、どうやり返すんだよ?」


 その方法が分からなかった。疑問符を立てる。

 すると、凛花ちゃんは俺の手を掴む手を強めて。



「私が、先輩の浮気相手になってあげます。寝取られる辛さをアイツらに教えてあげましょう」

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