第2章 9話

「やられた」


 ジェードは頭を抱えた。

 恐ろしいことが起きてしまった。目の前の首なし死体を見ながら、考えるのだ。幸いなことに、というか、首は、すぐそばに、落ちていた。今朝だったか、親を始末してきた子供の席の、ほぼ斜め前の生徒だった。


「この切り口、素人のやり方では無いな」


 クンツァイトが、落ちている腕を持ち上げ、その断面を覗き込んで首を傾げた。


「もしかして、これは、六花美織の仕業かもしれないのである」


「何だと」


 ジェードも慌てて近寄る。確かに、神経が丁寧に分断されている。


「ほら、あの、完璧な死体を作ると言った時、この王子、クンツァイトは、六花美織のやり方を見ているのである。死体はどれも、このように、実に美しい断面であった」


「六花美織が動き出したのか」


 ウヴァロヴァイトの計算の一部かもしれないと思うと、ぞっとした。六花美織にまずは動いてもらわないことには、尻尾も出してもらえない。


 ちょうど思い出したところで着信音、慌てて取り出すと、まさにそのウヴァロヴァイトの名前が表示されていて、ジェードはスマートフォンを取り落としかけた。


「も、もしもし」


 思わず噛んでしまって、自分の動揺を抑え込むために、ジェードは一度深呼吸をした。だが、その暇も与えない程度の速度で、ウヴァロヴァイトは言葉を差し込んでくる。


「お前の管理する教室で生徒がばらばらにされていた件について、何か分かったか」


「未だ、確かなことは……ただ、クンツァイトの見立てでは、六花美織の犯行ではないかと」


「あ、何か書いてあるぞ!」


 クンツァイトの声で、びくっとなり飛び上がる。

 クンツァイトが腰のサーベルを抜き、指し示す先に、血の文字で「R」「i」「g」「e」「l」とばらばらに書かれていた。それらはまとまりがないが、丁度死体の胴体をどかした下あたりに集中している。


「死体を見る限り、一発で首を落とされているようだ。ならば、この文字はダイイングメッセージではないのではなかろうか。犯人が、故意に書きつけた、メッセージであると考えられる」


 サーベルでころころと、首のない胴を転がしている。彼の滔々とした推理をなるべく早くウヴァロヴァイトに伝えようと、ジェードは、


「教室に、何か、六花美織からのメッセージのようなものが残っていて」

 と、話そうとしたところで慌て過ぎて、むせてしまった。


「直ぐに校長室へ来い」


 一切の努力は結果無しにウヴァロヴァイトに認められるはずはない。まるで呼び出される生徒の気分だった。学校に通ったことは、ないけれど。


 ドアを開けた瞬間、子供と激突した。

 幸いというか何と言うか、吹っ飛んだのは子供の方だけで、ジェードはよろけることすらなかったが、驚くほど遠くに子供が飛んでしまい、尻もちをつき、手に持っていたものをぶちまけるという凄い光景になったので、流石にジェードもびっくりしてしまい、一瞬、立ち竦む。

 膝小僧に絆創膏を貼り、くるくるのパスタみたいな髪をした少年だった。そばかすだらけの顔に、真っ赤に腫らした目でジェードを見ている。

 ぶちまけられたものに視線を移すと、エドワード・ゴーリーの「ギャシュリークラムのちびっ子たち」が一冊と、分厚い日記帳が一冊、あとは宿題のようなプリントの類だった。

 もう一度、少年の顔に視線を戻す。何だか見覚えがある。


「ああ、お前……俺の担当してるクラスの、俺を見てたやつか」


「すみません、殺さないでくださいっ」


 少年はぼろぼろ泣きながら慌てて落としたものをかき集めて走っていなくなった。

 名札には「黒花未央奈」と書かれているのがちらっと見えた。


 ジェードは大急ぎで校長室へ向かったが、其処のドアを開けた瞬間、死体が倒れ込んで来てぎょっとした。

 歯が吹っ飛んでおじいさんみたいになり、顔が原型をとどめていない男の死体を、抱き抱える格好になり、ジェードはむっとした。奥のよさそうな椅子に座って、銃口を構えているウヴァロヴァイトに、慌てて死体を下ろして手を挙げる。


「どいつもこいつも、私が見ていないと思って直ぐに陰で諮るんだ」


 恐らく、この躯となった男は、諮ってなどいないのだろうが。しかし、事実確認なんてしてくれないし、運が無かったのだろう。大抵の死は運が無いから訪れるような気もするが。


「報告しろ」


 ウヴァロヴァイトが右手を挙げて揺する。近くに来いと言う合図なのでジェードはそれに従い、彼の傍に立った。


「教室で殺害されていた子供についてですが、犯人は六花美織であると考えられます。また、死体の傍に、血で、『R』『i』『g』『e』『l』の文字が残っていました」


 おかっぱの部下が走り寄って来て、ウヴァロヴァイトのメモ帳に、ジェードの告げたアルファベットを書き込む。ウヴァロヴァイトは顎を撫でながら、それを眺めた。


「殺された子供の特徴はあるか?」


「今は何とも断言できません。直ぐに情報を集めます、が……その子供の死体が放置されていた席は、先に俺が親を始末してきた、虐待されていた子供の席だったと記憶しています」


「なるほどな」


 先の死体を床に放り出しておいたので、後から来たクンツァイトが躓いて凄い音がしたが、スルーして話を続ける。


「この後、その子供について調べる以外に、どのようにいたしましょう」


「当面は、クンツァイトと共に、予定通り子供を集める方向で行動してくれ。六花美織は我々に宣戦布告をして来た--この時点では、悔しいがどんな反撃も出来ない。追って指示するのでな」


「承知しました」



 そのような流れから、ジェードとクンツァイトは、一度職員室に行き、先だってジェードが始末してきた虐待親の子供について、少し調べることにした。

 職員室にいるべき本来の教師たちはもういないから、いくらでも自由に動くことができる。


「ジェードの持っているクラスの、元の担任教師のデスクが此方である」


 クンツァイトは、警備室からサーベルに鍵を引っかけて持ってくると、そのデスクの引き出しを開いた。中には生徒の個人情報が、びっちり詰まっている。


「これが件の虐待されてた生徒の資料か……」


 ぱらぱらと、立ったまま資料を捲っていたが、ジェードはある一文にどきっと身体を縮めた。


「席が……席が違うじゃないか」


 この生徒の席は、確かに、つい先ほど死体の置かれていたところだったはず。

 しかし資料に依ると、全く別の席に座っていたらしい。

 まぁ、彼自身、親に依って閉じ込められ、出席自体をしていなかったとは思うが――

 では、あの死体が見つかった席、本来は誰の席だったのだろうか?

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