第2章 第3話

「アルマンディンが死んだことで、私達がどれほど苦労したと思っている。あの妙な美術館とやらの建立を目論んだ奴は、みんな必ず探し出して始末する」


 ウヴァロヴァイトは何度もプリンを刺しながら宣言した。


「しかし、何故、クンツァイトまでアルマンディンの死を未だ追っているんです? クンツァイトはアルマンディンの命を奪った張本人、いわば美術館を建設する側だったかと思うのですが……」


「一度、このクンツァイトとしたことが、ウヴァロヴァイトを始め、アルマンディンを始末したと其方の人間たちにバレてしまったからな……このことが依頼主に伝われば、私は処分されるのだ。そう言う、慎重な奴なのだ。その前に、今行方不明となっている依頼主を探して消さなければ」


「こうして、我々は利害が一致したということになる」


「教師としても完璧に勤めてみせるぞ。何せ王子であるからな」


「はぁ、王子って教師やらないと思いますが」


「余りツッコむな、ジェード」


「噂なんだが……六花美織は、未だ六花学園の小学部に生徒として在籍しているらしいぞ」


「え?」


 六花学園で生徒が大量に死亡した当時、美織は既に小学校六年生だったというような話だった記憶があるのだが。ジェードがぽかんとしていると、クンツァイトが人差し指を立て、ち・ち・ち、と舌を鳴らした。


「よくある、ホルモン治療による年齢操作であれば不可能ではない。実は……例の完璧な死体を作って飾ろうと言った、あの美術館、依頼人は六花美織なのである。見た目が子供のままなので、替え玉だろうと思ったが、六花学園には今も彼女が小学生として通っているという噂を聞いて、合点がいったよ」


「何だって」


 ジェードはクンツァイトの話を暫く腕組みして咀嚼した後、ウヴァロヴァイトに向き直った。


「じゃあ、六花美織を探して始末すれば良いんですね」


「ああ。勿論、六花美織だって、通学中は名前も姿も少しは変えているだろうから、在庫を仕入れる間に推理して、捜し出せ。どんな方法を使っても構わない。そして、見付けたら、逃がす前に息の根を止めろ」


 そう言うことで、今、校門前にジェードは立っているのだ。今日から教師として、この六花学園で仕事をするために――そして、クンツァイトとここで待ち合わせをしているがために。

 待っている間に子供たちがぞろぞろと登校して来て、かなり怪しんで見て来る。嫌な視線だ。

 痺れを切らしていると、校門の外がかなり賑やかになって来る。目を凝らすと、クンツァイトがやっと、その巨大な車から降りて来るところだった。そのマントやら羽根付きの帽子やら、派手すぎて、登校中の子供たちに指さされている。

 こんなので良いのだろうか――職業的に。しかし、ツッコむと面倒になりそうなので、放っておくことにした。


 ジェードを見付けるとひらひらと手を振り、やぁやぁと言いながら歩み寄って来るので、ジェードは待ち人が来たにも関わらず後ずさってしまった。


「……そんなに目立ってしまって大丈夫なんですか」


「ん? まぁ、私はキュートで天才的な王子であるからな。ただ歩くだけでも、その気品で皆が注目してしまうのだ。目立つ子とは避けられない」


 いや、服に気を付けろよ。

 到底声には出せないツッコミを思い浮かべつつも、ジェードは校内へと向かった。

 本当に、アルマンディンは、よくも殺されてくれたなと思う。生き返らせてもう一回殺したいくらい、イラつく。

 彼奴がクンツァイトに始末さえされていなければ、ウヴァロヴァイトが依頼主捜しに躍起になることもなかったし、あのマンションが駄目になることもなかったし、ジェードは今も、あのマンションの管理人として、のんべんだらりと生きていたのだ。管理人の業務は楽だったのに!


「それにしても、その六花美織という少女……実際には年は行っていますが、此処は少女として……その少女に会ってるんですよね? どんな特徴がありましたか?」


 姿や名前は変えてしまっているのせよ、僅かでも特徴が分からないと、校内から探すなんて到底無理だ。クンツァイトは、例の美術館建設に係る依頼を請ける際に、直接、六花美織に会っている。何か、化粧や演技では隠せないような特徴が無いか、問いかけてみたのだった。

 しかし、クンツァイトは腕組みして首を傾げるばかりである。


「んー、おかっぱの真っ白い髪であった」


「おかっぱの」


 情報量が少なすぎた。


「それで、身長は大体一三〇センチくらいであったか。上品なワンピースを着ていたが、ミリタリーを彷彿とさせる配色であった」


 要するに、クンツァイトは外見的な要素しか覚えていないということだ。外見なんていくらでも変えられる。だいたい、ホルモン注射で成長を止めるような人間だ。確実に「顔」は幾つも持っているだろう。

 額を押さえて頭痛を抑えながら、ジェードは、次々と思い出した六花美織の見た目の特徴を並べ、鬼の首を取ったように手をぱたつかせるクンツァイトの話を聞いていた。


「六花美織は、どのようにして依頼してきたんです?」


「彼女は、このキュートなクンツァイトを直接訪ねてきた――勿論一人で来たわけでは無い。幾人か護衛を連れて……しかし護衛も全て子供であったな。そして、例の美術館建設について、話して来た。完璧な人間を作るために、この完璧なクンツァイトに依頼して来たのである!」


「はぁ……」


「きゃぴきゃぴとした喋り方をする幼女であったが……まさかもう大人とはな」


 うんうんと頷くクンツァイトをじっと見ながら、ジェードは思いついてしまった。

 その六花美織が、この学園にいるということを考えると、クンツァイトをふらふらさせておけば向こうから近づいてくるのではないだろうか――何せ、クンツァイトはこんなにクンツァイトとしての気配を消さずに堂々としているのだから。

 よく考えて見れば、アルマンディンの件でへまをしたのは、六花美織の視点からすれば、クンツァイトだ。ジェードは何の関係も無い。いざとなれば、クンツァイトを出汁に、逃げ果せれば良い。

 敢えてそのことは言わずに、ジェードは微笑んで、校舎に足を踏み入れるのだった。


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