第20話

 鳴り響く着信音は、まるで、何事もなかったかのような無表情の、瞬きすらしない、ルチルのスーツのポケットから流れているものだった。


「――ルチル……」


 ルチルの、まるで宝石のような澄んだ目がゆっくりと上がる。その動きは永遠のスローモーションに見えた。


「ルチルさんが着ぐるみの発注係?」


 チャロアイトが、静かに声を掛けながら彼女の目を覗き込む。しかし、何処を見ているのかすら曖昧に見えた。焦点が定まっていない。


「それは……何で着ぐるみがなくなったのか、も、推測が立つ、ってこと、だよね、ルチルさんなら……」


「チャロアイト。何言っても無駄だ。その女は決して喋らないよ」


 喋らないなら、此方で考えるしかないのだ。



 特段撃って来る様子もないルチルに、ジェードは様々な思考を巡らせ始める。

 先ず考えたのは、もしかすると、何の証拠がなくても、アルマンディンの命を奪った犯人として、疑いの段階で、ルチルをウヴァロヴァイトに突き出せるのではないかということだ。証拠はいらない、必要なのは犯人であって、元々そんなきっちりと論理で犯行を読み解くような良心的な人間はこのマンションにはいないのだから。

 しかし、悲しいかな。如何見積もっても、ウヴァロヴァイトがルチルを犯人として認める可能性より、ジェードの捜査を疑って、考えるのが面倒臭くなったとか言って脳をぶち抜いて来る可能性の方が高そうに思えた。別段、ルチルのことを信頼している訳ではない。ジェードへの信頼が皆無と言うだけ。どちらを信じるかと言えば――ルチルだ。


 ルチルが本当にアルマンディンを始末した犯人であると証明できるなら、ウヴァロヴァイトが直ぐに消し去るだろうが、そうでもなければ、面倒臭くなって、ジェードとルチルの息の根を一緒くたに止めてしまうかもしれないのだ。


「ルチル。着ぐるみが盗まれたというのは如何言うことだ? 着ぐるみと言うのはどのようなデザインだった? もしかして……その、イベントに使う予定だった着ぐるみが、アルマンディンの部屋に侵入した着ぐるみなんじゃないのか」


 ルチルは瞬きもせず、じっと靴の先を見詰めている。下手に刺激して、何時撃たれるのではないかと、ジェードは身構えつつ話を進めるしかなかった。


「なぁ、ルチル。お前だって、上司の汚名を返上するのに、一役買いたいはずだ。二つの着ぐるみがイコールである可能性があるなら、調査を手伝う方が良い。分かるだろ。証言をしてくれ。せめて、返答を」


 ルチルの眼球が、きょろりと動いた。

 ジェードはばっと飛びのき、ポケットの武器に手を伸ばす。だが、チャロアイトは警戒すらしていなかったし、ルチルが戦いを挑むこともなかった。ルチルが撮り出したのはスマートフォンであった。何の変哲も無い、スマートフォン一台。

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