第6話

 ジェードは伏せていたから実際に目の当たりには出来なかったけれど、それは見ていたとしても見失うような一瞬の出来事だった。

 ウヴァロヴァイトが服の内ポケットから呼吸より簡単に銃を抜き、いとも簡単に銃口にその整った形の指を掛け、偶々近くにいた部下の頭をぶち抜いたのは。

 銃弾は、突っ立っていたチャロアイトの横を通り抜け、半歩程後ろに立っていた真珠の頬を掠めた。彼の白い、真珠のような肌に深紅の線を引いた。その後、部下の頭蓋を打ち砕いたのだ。

 血がどんどん溢れて、床を覆った。

 チャロアイトは呆然と突っ立ち続けている。


「仕事をしない奴は、こうなる」


 ウヴァロヴァイトは人を攻撃する際、呼吸も瞳孔も一切変化しない。まるで玩具の銃のように、また服の内側にしまって、追加のプリンを注文した。無論、脳梁をぶちまけて死んでいる部下では無い部下に。

 ジェードはむくりと起き上がり、しゃんと立って話を続きを聞く姿勢に戻った。


「――……な。何で」

「何でって?」

「どうして彼を撃ったの」


 やっと口を開いたチャロアイトの声は震えていた。

 柴犬みたいな目は潤んでいた。

 ウヴァロヴァイトは頬杖を突き直し、新しいプリンにスプーンを入れた。プリンがぷるぷると揺れる。


「撃ったのは例示のためだが、此奴を選んだのに理由なんか無い」

「無い? ……理由が?」

「強いて言うなら、我々組織のとある重要情報を、敵に送っていたからだ――まぁ、本来ならそんなに咎める程の失態でも無いから、やっぱり理由は無い。偶々其処にいたから」


 震えるチャロアイトと、びくびくと打ち上げられた魚のように跳ねる血だらけの部下の男と、プリンをゆっくりと口に運ぶウヴァロヴァイト。

 また、美味しそうに丹念にカラメルを舐め取る彼の恍惚とした表情は、余りに場違いで笑ってしまいそうだった。


「ライオンが食う獲物に、食われて良い理由なんて無い。ライオンが獲物を狙う時に、その獲物を狙った理屈なんて無い。逃げ足が遅かったから。その程度だ」


 ウヴァロヴァイトは一頻りプリンを食べると、そうだろ? と、首を傾げた。


「動機なんて考える奴等はこんな職業辞めちまえ」


ライオンは身内は襲わない、とウヴァロヴァイトは付け加え、おまえは今は身内だ、とスプーンで頬を撫でるように突いてやりながら、チャロアイトに微笑みかけた。


「分かるな。獲物を取って来るのは雌のライオンの仕事であるように……俺はリーダーだ。群れに一匹、代わりはいない。だから大っぴらに動く訳には行かないんだ。有事に敵を追い払うだけだ。働くのはおまえたちだよ」

「分からないし……分かりたくも無いけど……働かないと、その友人の後を追うことになりそうだからね。此処は頷いておくしかないな。乗りかかった船だしね、友人のジェード君のために」

「俺は慈悲深いから、さっきは一瞬だったが、役立たずな行動を繰り返したおまえたちには、沢山怒らせてくれた御礼にとびきりの苦痛を用意してる」

「わぁ」


チャロアイトが相好を崩した。

そんなチャロアイトに、ウヴァロヴァイトの後ろから、一人のグレーのスーツの女がプリントを差し出す。



その紙には最近、日本国内で発生したバラバラ死体の情報が集められていた。


「私だって何も、急かすためだけに此処に来た訳じゃ無い。群れのトップの雄ライオンは常に跡目を狙われているからな……仕事を頼む前に、先ずはやってみせなければ」


ジェードは、手招きされたので寄って行く。ウヴァロヴァイトと接するなら、指示を聞かなければならない。勝手な口出しや行動は厳禁だ。


「おまえは私の群れの人間では無い。が」


チャロアイトを指し、


「ジェードと組んでいる間は私の群れの一味と見做す。故に、この情報についても解説する……」


此処で指を鳴らし追加のプリンを頼んだ。


「プリンが届く前に話を終えよう。この連日出ているバラバラ死体の生みの親、一連の事件の犯人、それが今回、アルマンディンを始末した人間と同一である可能性がある。と、私は睨んでいる」

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