地獄の番人はかくして起こり

 公爵家は、この国の貴族としては至極特殊な立場にある。

 その起こりは、聖剣院の結成から少し遅れ、その次の王の時代だった。


 王都から最も近い鉱山は、かつては王家所有のもので、当時から罪人の流刑先として使われていた場所だ。

 聖剣院が裁いた王都の犯罪者や貴族たちは、当時は決まってこの鉱山に送られていたという。


 当時の王が何故遠くの流刑地を選ばなかったか。

 それは罪人たちが王家や王都を知る者たちだからに違いない。


 遠くに飛ばし、良からぬ思想を共有して王国への反乱を企てられるようなことがないように。

 かつての王族たちは不穏分子を内に抱える戦略を取ったのだ。


 さて、先に発足した聖剣院が組織として大きく成長していくと、反発なのか、何故か問題を起こす貴族たちが増えていった。 

 風紀秩序乱れた貴族らに対し、民らの不満が募るのも当然のこと。

 国政を安定して維持するために、聖剣院はさらに厳しく貴族たちを取り締まることとなる。


 すると、流刑先が鉱山に限るのはおかしいのではないか、という声が貴族たちの多くから聞かれるようになった。

 貴族として品行方正に領地経営を行っていたら、まず議論すべき話ではないが、王家としては国から離反する貴族が出ても困るのである。


 そこで立ち上がったのが、当時の王弟だった。

 ここでも不穏分子は内に抱えようという思想が勝る。どこかの貴族に一任し、その者でなくとも、その一族や親しい誰かが良からぬ企てを持たぬとは限らない。

 王家の血を引く者たちが必ずしも安全とは言えないが、王都からそう遠くない距離にあれば王家は常に目を光らせられるし、同じ血筋にある者として幼いうちから教育し危うい思想を遠ざけておけば問題ないだろう。


 そんな理由から立ち上がった王弟は、臣籍降下すると、流刑地を丸ごと領地として経営する道を選び、その地に貴族としての品格を説くための教育機関を設立したのだ。

 軽微な問題を起こした貴族はまずここに入り、貴族として一から学び直すよう定めたのである。


 彼はまた、領内に罪の程度によって異なる罪人の受け入れ先を増やし、最先端医術研究所の元となる組織もまた、この王弟の時代に誕生していた。


 もうお分かりであろうが、この王弟がレオンのご先祖様だ。



 こうなると、公爵領には罪人しかいないのかと思えて来るが、そうではない。

 公爵領には善良な平民が多く住んでいるし、国内でも移住希望者が後を絶たない人気の地だ。


 何せ、罪人とは移住区が明瞭に分けられているし、その罪人を管理するための騎士団もいて、王都にも匹敵する治安の良さがある。

 そのうえ、鉱山での重労働は罪人がしてくれて、田畑で働くのも罪人、他の多くの産業まで罪人らの働きが支えている環境だ。


 明確に罪人らの稼ぎとなる分は罪を罰した王家に渡ると決まっていたが、その罪人を管理する手当として十分過ぎる割合で罪人たちの稼ぎは公爵領へと戻って来る。

 すると公爵領は税収得ずとも回ることになった。

 他領との関係で、善良な領民たちにも税は課せられているが、それでも他領と比較すれば格安であったのだ。


 つまり公爵領とは、犯罪と無縁の者にとっては、楽に安全に豊かに暮らせる、まさに楽園か理想郷と言える土地である。

 しかも領主は聖剣院と蜜月関係にあって、理想郷でありながら悪い考えを持つ者たちは好んで寄ってこないのだから。

 

 善人にはこれほど魅力的な土地もないだろう。

 とすると、移住希望者は後を絶たず。


 しかしながら場所の制限もあり、厳しい審査を経て、やっと認められる新規移住者の数は、年間でも容易に数えられるほどだった。


 その辺も踏まえての、旧伯爵領を取り込み、領土を広げよという国王からのお達しを受けて。

 レオンは妻と共に、以前にも増して忙しい日々を過ごしている。




 ちなみに懐かしい話をすれば。

 結婚式前後の長雨で、レオンが領内を飛び回っていたのも、この公爵領の特異性のためだった。


 万が一にも川が氾濫し、災害となった場合。

 罪人たちが流されるだけで済めばいいが、逃げ出しては大問題へと発展することは明白。

 それ以前に、罪人たちを正しく生かしその罪を償わせることこそが公爵の重大な責務であって、防げる災害でその命を奪うことは許されない。

 当然、善良な領民たちだって領主として守るべき対象だ。


 というわけで、レオンは新妻であるオリヴィアを放置して領内を飛び回っていたのだが。

 公爵邸は安全。そういう思い込みがあったからこその、公爵としての行動だった。


 そこからまさかの形で、オリヴィアの生家で起きていた問題へと繋がっていくのだが。


 その発端は公爵邸に長く勤める侍女の一人が、いつの間にかダニエルに粉をかけられていたことにある。

 レオン含め、従者の誰ひとりとして、想像していなかったことが、あの頃の公爵邸では起きていた。




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