罪を犯した者たちを抱えながら
公爵邸から消えたあの侍女と古い家具の管理をしていた男は、伯爵領にいるところをあっけなく聖剣院の騎士らに捕らえられている。
公爵家所縁の騎士が捜索しなかったわけではなく、他領にあっては表立って手を出せなかっただけだ。
もちろん公爵家としては、濃紺色を纏う騎士たちを使い、領内の隅々まで彼らの捜索を行っていたところだったから、危機を察してからの彼らの行動の素早さは見事であったと言えるだろう。
しかし、せっかく逃げたところで彼らを受け入れてくれるはずの人間が拒絶した。
伯爵領に入れば、伯爵を騙るあの男が必ず助けてくれる。
そう信じて急いだ彼らは、伯爵邸の外で長く打ちひしがれることになったのだ。
ダニエルは、邸にやって来た彼らに会おうとさえしなかったと言う。
こんな女は知らぬと言って、門の内側にも入れなかった。
そうして不審な様子で街を彷徨っていては、目立つのも当然のこと。
聖剣院が彼らに辿り着くまでに、そう時間は掛かっていない。
この侍女がダニエルといつ知り合ったのか。
それはレオンの亡き母が頻繁に伯爵家へと通っていた頃に遡った。
その侍女は先代公爵夫人であるレオンの母に同行し、たびたび伯爵家へと出向いていたのだ。
侍女の供述によれば、ダニエルが邸にあると、必ず彼は人目を忍び彼女を口説いていたのだと言う。
そして侍女はあんな男に易々と絆された。
市井では女たちによく騙されてきたダニエルだが、悲しいくらい顔が良かった。
だから本気で恋をしてしまう女も中にはいたのだ。
そしてこの侍女は公爵邸での首謀者となり、ダニエルのためにと公爵家に嫁いだオリヴィアを虐げ始める。
では、共謀者となっていた公爵邸で古い家具を磨き続けてきた男の目的は、どこにあったのだろう?
この男にはダニエルとの接点はなく、侍女とも特別な関係ではなかったと言う。
当然ながら、オリヴィアとだって無関係と言っていい。
しかし思いのほか、この男の調査は簡単に終結することになった。
男は深い理由があって行動を起こしたわけではなかったのだ。
古い家具を黙々と磨く日々に飽きていた。
だから若い女と楽しむことが出来ると聞いて話に乗った。
それだけのこと。
男が変わらない日常に飽き飽きしていたことを、侍女は目敏く見抜いたのだろう。
特に先代公爵夫妻が亡くなってから、彼の仕事を褒める人間もなくなった。同僚たちからすれば、仕事はして当然のこと。公爵邸に興味の薄いレオンでは、古い家具が使われる日もおそらくは来ない。
男は仕事の楽しさを完全に見失っていた。これに侍女はいち早く気が付き、使える男として選んだのだ。
公爵家の侍女として経験を重ねてきた彼女は、それなりに優秀な人間だった。
色恋に溺れさえしなければ。
このようにして、男は浅はかな動機を持って共謀者に加わると、レオンの愛妾だと宣ったあの侍女と何度も楽しんでいる。
そしてまた、侍女が動きやすいようにと、目立たず陰で取り計らった。
彼らの調査が進んでいくと、レオンの愛妾と信じたあの若い侍女が完全に被害者にあったことも判明していく。
公爵様があなたを気に入っている。
愛妾にして特別大事にしたいそうよ。
と聞かされた世間知らずの侍女は、簡単に騙されて夢を見てしまったわけだ。
そして知らぬ男に身体まで捧げてしまった。
だからと言って、侍女の立場にありながら主人であるオリヴィアに非礼を行ったこと、そして公爵邸内を混乱させる発言を重ねた罪が消えるわけではないので、平民としてしかと罪には問われている。
と言っても、すでに公爵家での尋問によって強い恐怖を与えられた彼女は、解雇になった時点でもう十分罰せられたということになり。今は再教育を目的とした軽度な労働を公爵領内で行っているところで、彼女はそう遠くない未来に自由の身となれるだろう。
そもそもこの三名については、本来ならば聖剣院を通さず公爵家で内々に処理していた問題だ。
聖剣院に公爵領から逃げた者がいると捕縛の協力は仰いだが、その時点で聖剣院は領内の犯罪者に関して自ら調査に乗り出すようなことはしてこない。
オリヴィアの食事を横領していた洗濯係の侍女についても、公爵家で処分を下し、それで終わっている。
この三人がそうならなかったのは、ダニエルが絡んでいたせいだった。
愛妾を名乗ったあの侍女も、ダニエルと数度会っていたことが判明し、それで許されなくなったのだ。
そうして彼らは仲良く聖剣院にて厳しく尋問されることとなり、わざわざ国王陛下から処分を下されることになってしまった。
罪を犯したことが悪いとはいえ、これは不運。
聖剣院は罪状の仔細を公けにするからである。
特に前述の二人が、オリヴィアに毒を盛っていた件に関しては……。
ただでさえ、重労働に課せられ、刑期も長くなった二人だ。
罪を償う場所が針の筵となれば、これからどれだけ苦労を重ねるか。
色恋が理由だろうと、退屈が理由であろうと。
してしまったことは、覆らない。
その重さを長く時を掛けて、二人は実感していくことになる。
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