第1話 俺、死にました。→異世界転生します♀。

         第一話

 俺、死にました。→異世界転生します♀。



 彼は、死んだ。享年18歳と3ヶ月。


 高校3年生、初秋だった。


 死亡理由は交通事故、即死だったようだ。


 生まれた時からの病弱な幼馴染のお願いを受け、自転車で凡そ1時間の距離にあるゲームショップへ向かった。予約済みのとある人気乙女ゲームの完全新作であるシリーズ第二作の初回限定生産版を代わりに購入するためである。


 事故に遭ったのは帰り際。信号待ちをしていた時に、近くの公園でサッカーをして遊んでいた子供の一人が、公園の外に転がっていくボールを追いかけて飛び出した。


 その子供を庇って、大型トラックに轢かれた。


 助けた子供は擦り傷のみで助かったのは、命をかけて助けた彼からすればよかったのだろうか。


 しかし、それは誰にも分からない。


 他ならぬ、彼本人以外は。


 そうは思わないだろうか?キミも。


 『・・・・・』


 ねぇ?キミ、どう思うの?


 キミだよ、キミ。


 そこの間抜け面した、キミだよ。


 『うるせっ!誰が間抜け面だっ!!』


 あー、良かった。ちゃんと反応できているね?


 『・・・ここは何処なんだ?』


 ここかい?ここはね、分かりやすく言えば、死後の世界・・・というのが、キミの世界の表現なら分かりやすいかもしれないね?


 尤も、正しくは違うんだけどね?


 『意味がわかんね。で?俺はー・・・?あれ?俺の名前・・・なんつったっけ?』


 あー、いい反応だね。


 かつてのキミの名前は、キミの死亡と共に失われたモノだからね。


 思い出せなくて当然だろう。


 『・・・は?死亡って・・・、死んだ?俺が?なんで?』


 キミが死んだ理由はね、飛び出した子供を助けて、代わりにキミが大型トラックに轢かれたからだよ。


 ああ、助けた子供は軽い擦り傷だけだったよ。


 『ぁ・・・。思い出した。たしかにそうだった。俺は、子供を助けて、それで・・・』


 事故直後からの記憶がないのは、単純にキミが即死だったからだね。


 『・・・そっか、死んだのか、俺』


 まあ、そう悲観になることばかりでも・・・。


 『そうと分かっていたら、アイツとセックスしておきゃよかったあああああーーっ!?』


 ・・・はい?


 セックス?


 『そうだよっ!?セックスだよ、セックスっ!愛し合う男と女が一つになる行為、ぶっちゃけ子作り!えすっ!いーっ!えーーっくすっ!!』


 キミ、いま、凄まじくバカっぽいぞ?


 正直、ボクはコイツをここに招いて早くも後悔し始めている。


 大体、なんだこのオスは、欲望丸出しじゃないか?


 よく、コイツの幼馴染とやらいうメスは、こんなヤツと・・・。


 『全部ダダ漏れじゃねーかっ!』


 しかし、そんなに心残りなら。


 『いや、聞けよっ!?』


 ボクが交尾の相手をしてあげよう。


 『だから・・・はっ?』


 ボクが、そのセックスという生殖行為の相手をしてあげる、と言っているんだよ?


 『俺もアンタも身体なんてない状態なのに、そんなこ・・・とっ!?』


 (嘘だろっ!?急に目の前にデカいベッドと全裸の美少女が現れるとか・・・っ)


 「驚いたかい?コレが、ボクの姿さ。変じゃないかい?今まで、幾度か生命体に姿を晒したことはあったけど、誰一人としてボクの容姿に何も言わなくてね。キミにはボクの容姿はどう映っているのかな?」


 (本気で言ってんのか?こんな・・・、こんな完璧すぎる美少女、少なくともリアルでは見たことないぞ)


 「ん?どうかな?どこか変かい?」


 (全裸で無邪気な笑顔浮かべてクルクル回るなよっ!目の毒以外の何物でもないじゃねーかっ!?)


 『ぃ、今まで会ったことがないくらいの、信じられないレベルの美少女だよ、アンタは』


 (・・・っ、か、可愛い。可愛いすぎるだろっ。どう見ても、にまーっていやらしく笑ったはずなのに、それすら見惚れるほど綺麗だとかっ!?)


 「そうか、そうか♪キミはとても素直で分かりやすいね?こんなことをボクが言うのもなんだけど、とても好ましいよ?キミ」


 『ちょ、ちょっと待ってくれ、俺にはっ』


 「なんなら、キミの恋人だった幼馴染の姿になってあげようかい?」


 『いや、そうじゃなくて、俺には身体が・・・えっ?』


 (俺のアホっ!アイツの、莉奈への気持ちはそんな程度だったのかよっ!?)


 「遠慮しなくていいよ?キミの心残りが無くなるなら、協力してあげよう。ボクも知識としては生殖行為は知っていたが、実体験が伴っていないから、興味があったんだよっ」


 『ちょっと待ってくれ!今の俺には身体がない。なにより、初めては好きになった女(ひと)とした・・んむっ!?』


 (えっ!?唇を何か甘い香りがする柔らかいするモノで塞がれ・・・!?)


 「んっ・・・チュッ・・んぷっ、れる、あふ・・・ちゅっ、ちゅっ・・・れる、れろ、あむ・・・っ」


 (目の前に例の美少女が目を閉じて、思いっきり、俺にキスしてるぅっ!?し、舌がっ、さっきから、舌が、口の中をねるねると大蛇みたいに暴れ回ってるっっっ!?)


 『んぶぅっ!?・・・っぷ、や、やめっ!んれ・・・っ!?』


 「・・・んっ・・・ちゅっ」


 (ヤ、ヤットカイホウサレタ)


 「ふむ。コレが、Kiss、接吻、baiser(ベーゼ[仏])、bacio(バーチョ[伊])と、言葉は変われど、行為は同じ口づけか。この不可思議な高鳴る状態っ!実に興味深い・・・ん?キミ、どうしたね?」


 『も、もうお嫁にいけない・・・』


 「よいではないかー、よいではないかー!」


 『それを言うのはヤローだよっ!?しかも、使用用途が違うわっ!!』


 「先っちょだけ、先っちょだけっ」


 『それもむしろ野郎側の台詞だろうがぁ!』


 「あー、もう。なんだかんだ面倒くさいヤツだな?キミは。そんなにボクが相手では嫌かい?不満かい?」


 『イヤでも不満でもねーよ。ただ・・・』


 「ただ?なんだい?恋人への義理立てや操を立てる、というやつかな?」


 『そんな、カッコいい理由じゃない。俺は、アンタにこんなことしてもらう理由がない。それだけだよ』


 「ふむ。それなら、行動に移りやすくなる分かりやすい理由を提示しようか」


 『・・・え?』


 「キミが死ぬことになった原因を作ったのは、他でもないボクだよ」


 『は?オマエのせいで俺は死んだのか?』


 「正しくは、死ぬ原因となる子供の飛び出した場所に向かわせてしまった。という点だけどね」


 『向かわせた?どういう意味なんだ?』


 「・・・簡単に言えば、ボクがミスをやらかして、その結果、キミはあの公園付近を通る帰宅路を選んだ。というわけだよ」


 『そんなこと、可能なのか?』


 「詳しく言えばキリがないからね。確実にキミが認識すべきな事実は一つだ」

 

 『一つの事実?』


 「ああ、そうさ。つまり、キミはボクに恨みつらみを・・・」


 『あー、そういうのはないな』


 「むっ、それは困る。それではセックスとやらを体験できないではないかっ」


 『どんだけセックスしたいんだよ、アンタっ!?』


 「いいじゃないかっ!いいじゃないかぁっ!?やりたい、やりたい、やりたい、やりたい、やりたい、やりたい、やりたい」


 『急にベッドの上で駄々捏ね出すんじゃねぇっ!』


 (超絶美少女が、全裸でマヂ駄々捏ねるとかどんなエロ系ギャグ漫画だっ!・・・はぁ、仕方ない・・・か。莉奈、ごめんな)


 「分かった、分かりました。相手するよ、セックスの」


 『!?、そうかっ!ヤらせてくれるかっ!?』


 (食いつき方がエグいな・・・)


 『でわ、気が変わる前に早速っ!』


 「っ!?」


 (・・・死んだら、全裸姿の超絶美少女にベッドに押し倒されて馬乗りされた件!とか、アホか俺はっ!つーか、コイツ、目が血走ってるんだけどっ!?)


 『ハァ、ハァ、ハァ・・・、大丈夫だよ。天井のシミの数を数えている間に終わるんだから・・・』


 「い、いやああああああああっ!(棒)」




         ♡♡♡




 つ、つかれた・・・。


 アレからどれくらいヤったんだ?


 つーか、散々搾り取られました・・・。


 『ふぅ・・・、これがセックスか』


 枕を涙で濡らしている俺の隣で満足気にしているのは、ついさっきまで俺に暴虐の限りを尽くした魔女・・・もとい、超絶な完成度を誇る美貌を持った少女。全裸だが。


 「・・・満足できたか?」


 視線だけを美少女へと向ける。


 『ああっ!素晴らしいな!このセックスとはっ!あらゆるメス個体が躍起になるのも理解できるというものだっ!』


 テンション高いな、おい。


 思い返せば、行為の最中もずっと驚異のアグレッシブさを発揮していた。


 『可能なら、もっと、もっと、それこそ四六時中でも耽っていたいのが本音だがねっ』


 どんだけだよっ!俺はもしかしなくても凄まじい性獣を生み出したんじゃ・・・。


 「つーか、あんな淫語の数々まで一体どこで仕入れた知識なんだよ・・・」


 『アレか?あれは、キミの世界の人妻不倫モノの動画を見て学んだ知識だぞっ』


 いや、そこを堂々と胸を張られて自慢されても・・・、にしても、おっぱいまで完成された美術品みたいに造形美が完璧なんだよな。ただデカイだけじゃなく、こう・・・


 『黄金率か?』


 「そう!それだ!黄金率っ!いやぁ、乳房の形、大きさ、見た目、○○の形や位置にいたる全てがパーフェクトっ!!・・・え?」


 ギッ、ギッ、ギッ、と錆びた金属製品を無理やり捻るかのように全裸美少女を見てしまう。


 『ん?どうかしたかい?あー!もしかしなくても、ずっとキミの思考がダダ漏れで伝わっている事に今更驚いているのかい?』


 コクコクコクコクコクコクコクコクコクコクコクコク!


 『あははっ、キミは本当に面白いね?ここはボクが管理する次元世界。さらにキミ達の上位存在だよ?ボクに隠し事の類は無駄なのさ。伊達に創造主達から高位次元管理者として生み出されてはいないよ』


 「高位次元管理者?なんだそれ」


 『言葉通りさ。高位な権限、力を有した次元世界を管理する者。ああ、次いでに言うなら次元世界というのは、つい今し方までキミが生を謳歌していた地球などの惑星がある世界の事だよ。ちなみに、キミがいた世界は第10721次元世界だね』


 10721って、いいおなにーかよ・・・。


 『ほほう!10721をいーおなにーと訳すか!やはりキミは面白いっ』


 「いやいや、そういう変なことばかりに反応すんなっ!さっきから下ネタのオンパレードじゃねーかっ!?」


 『カラダ重ねたのも多少の縁というじゃないかっ!』


 「それを言うなら、袖振りあうも多生の縁だっ!」


 最後の縁以外全く掠りもしてないぞ。


 『むぅ〜っ!さっきからあれやこれやとーっ!!』


 むくれてる姿は見た目まんまだよな。めちゃくちゃ可愛い。ハッキリ言って、反則レベルだ。


 『!?』


 今度はなんか照れだしたぞ?


 ・・・どうでもいいけど、ふと気になっていたことを聞いてみるか。


 「なぁ、アンタさ」


 『〜♪ッ!?な、なんだ?』


 今、鼻唄を歌ってたような?まあ、いい。きっと気のせいだ。


 「アンタ、名前はなんて言うんだ?」


 『名前?それは、一般的なヒト型種がよく用いる、個体識別用の固有名詞の名前か?』


 「そんな小難しい理由ではないけど、所謂(いわゆる)、一個人を指す名前で間違いない」


 『ふむ。それなら・・・』


 ぉ?名前あるっぽいな。


 『名前はまだない』


 「夏目漱石かっ!?」


 『吾輩は猫である。ではないぞ?ちなみにまだ名前がないのは、単純にボクが生み出されてから時がそう経っていないからだね』


 「産まれてどれくらいなんだ?」


 『どれくらい?ざっと1700億光年くらいかな』


 「せっ!せんななひゃくおくっ!?いや、まて、光年は距離の単位だろっ」


 『やれやれ・・・。キミは本当にツッコミが多いな?あれかな?お笑い芸人のツッコミ担当だったとか?まあいい。ボクの個体認識名か。あるにはあるのだが・・・』


 「個体認識名?って、誰がお笑い芸人のツッコミ担当だっ!」


 『ふふふ、本当にツッコミ好きだな♪あー、なるほど。だから、あんなにアレを突っ込むのもキレが凄い・・・と?』


 ぐっ!またニヤニヤと下ネタを。


 『キミと戯れるのは本当に楽しい。しかし、弄りすぎて拗ねられてもつまらないから、真面目に返すとしよう。ボクの個体認識名は、高位次元管理者凹型第1341号が正式個体認識名になるね』


 「長ったらしい名前なことで・・・?いや、名前とは言わねーだろ、これ」


 『だから、さっきからボクは個体認識名と呼称しているだろう?』


 「あー、その個体認識名の番号だけどさ。いざよいって読めなくもないんだよ」


 『先程のいいおなにいと似た用い方だね。イザヨイ・・・十六夜。ふむ。キミのいた国では、猶予、進もうとして進まない、躊躇。といった意味などがある言葉かい』


 なにやら、考え出した?一体どうしたんだ?


 『キミは本当に面白い。まさか、まさか、ボクに名を与えてくれるとはね?イイね、イザヨイ。ボクは気に入ったよ?』


 そう愉快げに振り返った彼女の顔は、思わず見惚れてしまうほどに美しさしか存在しない表情だった。


 『決めたよっ!この瞬間からボクはっ』


 「お話の途中に申し訳ございません。管理者様。準備が全て整いました」


 彼女が嬉しげに大宣言しようとした瞬間、何処からともなく現れた一人の女性によってその行為は遮られた。


 まるで、女神とはこうだ。と一目で見た者を納得させ得る人離れした美貌を持っている。


 それは、空色の髪に、次元管理者と自称する彼女同様に完成された造形美を持つ容貌。神秘さと畏怖を同時に与えるであろう金色の瞳は、それでも何者も許し慈しむ優しさを讃えている。


 はっきり言って、超絶美女。しかも巨乳!ボン、キュ、ボンでしかない。


 『ふ〜ん?キミというオスは、本当にメスの大きな乳房が、とても、とても、大好きみたいだね?先ほども、交尾中はボクの大きな乳房を貪っていたし』


 さっきから、めちゃくちゃ襲い掛かってくる謎の圧力。


 俺が一体何をした!?


 「管理者様、あまり続けられると嫌がられてしまいますよ?それでよろしいのでしょうか?」


 『っ!?・・・し、仕方ない。キミっ!今回はこれくらいで許してあげる。でも、次はないよっ!?』


 なんで俺、怒られてんの?まさか、ヤキモチとか?


 いや、まさかね。 


 「それで、管理者様?御指示を受けました件は、全て滞りなく準備が終わりました。効力時間もございますので、お早めにお願いいたします」


 『・・・分かった、分かったよ、エスタエンデ。そんなに無言の圧力を向けないでくれ。たしかに、少々浮かれて過ごしていた。準備が整ったなら、もうお巫山戯(ふざけ)している猶予もさしてない。後は任せるから、カレを連れて行ってくれ』


 後は任せる?準備が整った?俺を連れて・・・、あ、そういう事か。


 「今度こそ、本当にこの世?とお別れかぁ・・・」


 『ん?この世とお別れ?キミは何を言っているんだい?』


 「いや、俺、死んでるし。あれだろ?魂?を真っ新にして、別の新たな命に生まれ変わらせるとかそういうやつなんじゃないのか?」


 「貴方には、これより新たな命に生まれ変わるプロセスに入っていただきます。しかし、それは貴方が先程述べられた魂を真っ新に、つまり、現存すること貴方の意思や精神といったモノを抹消するわけではございません」


 エスタエンデと呼ばれた美貌の女性が代わりに説明してくれたのだが、いまいち要領を得れない。つまりは?なんなんだ?


 『ふむ。つまりは、あー、キミたちの世界の知識で分かり易く言うのなら、異世界転生、だよ』


 ・・・・・・・はい?


 『なに、鳩が豆鉄砲でも受けたような顔をしているんだい?自称体育会系オタク男子のキミなら、知り得る知識だろう?』


 「いや、異世界転生とか、本当にあるんだと思ってしまったんだよっ」


 『なるほど。ふむ。確かに俄かには信じ難い荒唐無稽な話ではあるね?ただ、いま、キミに提示されたのは確かな現実だ。もちろん、キミが望むなら、通常の方式に今から変更しても構わないよ?』


 「通常の方式?なんだそれ?」


 『さっき、キミ自身が言っていたじゃないか。キミの魂・・・、正確にはアストラル精神体というんだが、それを一度分解、洗浄、再構築して、また新たな世界で新たな命に生まれ変わることだよ。無論、こちらを選ぶならキミの一生は正真正銘、この場で、ジ、エンド、だよ。さあ、どっちがいいかな?』


 コイツ・・・意地悪そうなニヤけ顔で、まあ、言ってくれるじゃねーか。


 「異世界転生を選べば、俺は生まれ変わるけど、今の身体?以外の要素は全て受け継いで新しい人生を送れるって認識で間違いないな?」


 『ああ、その認識で大まかには間違いないよ。じゃあ、異世界転生を選ぶ。ということでいいんだね?』


 「いいもなにも他に選択肢なんてあってないようなもんじゃねーかっ!」


 『あっはっはっはっ!確かにそうだね。でも、いくらボクのポカで死なせてしまったとはいえ、ボクは本当にキミのことが気に入ったんだよ。だから、キミが失われるのは避けたい』


 コイツはそう言った後に『ありがとう』と微笑んだ。誰が見ても一瞬で心奪われるであろう魅惑の微笑が俺だけに向けられ、妙な心持ちになる。


 「ンッ、オッホン!管理者様、では、この方をお連れして構いませんね?」


 『!?あ、ああ。構わないよ。さあ、キミ。エスタに着いて行けばいいよ』


 自然と見つめ合い、別れを惜しむ恋人のような雰囲気をエスタエンデさんに真っ二つにされ、アイツはやたらドギマギしていたが、すぐに気を取り直し、エスタエンデさんの後を着いていくように促した。


 『それじゃあ、元気でね・・・と、生まれ変わるキミに言うのもおかしいが、元気でね。キミの新しい人生に幸多からんことをココから願っているよっ』


 「あー、なんだ。色々ありがとう。さようなら・・・イザヨイ」


 振り返ることなく、エスタエンデさんの後を着いていく。


 だから、俺はボロボロと涙をこぼす彼女の姿を遂に見ることはなかった。



          ◆


 どれくらい歩いただろうか?


 真っ暗な空間に伸びる一筋の青白い光の路。


 そこをエスタエンデさんから促されるままに、後ろをひたすら着いて歩き続ける。


 死んでいるからか、空腹になる事も、喉の渇きに悩むこともない。だからなのか、ひどく体感時間という感覚が失われている気がして、なんとも形容し難い気持ちになっていた。


 「よろしいですか?」


 このまま、どこまで歩くんだ?と、内心途方に暮れ始めていた時、それまで終始無言で歩き続けていたエスタエンデさんが急に話しかけてきた。


 「あ、はい。なんですか?」


 何とはなしにすぐ切り返した言葉に安堵したかのように、彼女は嫋(たお)やかな笑みを浮かべた。


 「ありがとうございます。管理者様が随分振り回しておいでだったので、ご迷惑をおかけしたのではないかと・・・」


 安堵の様子から一転、今度はとても申し訳なさそうな顔つきに変わる。これだけで判る。この人?、普段から相当イザヨイに振り回されているっぽい。なんて哀れな。苦労人臭がハンパない。


 「あ、いえ。なんていうか、俺も振り回れながら、それなりに美味しい思いもしたんで・・・」


 「ああ、そう言われれば、管理者様が珍しくご自身の素体にて、目合(まぐわ)われていましたね。あの方が生物の営みに興味を示されたのは初めてなので、内心驚きました」


 「え?いや、随分アグレッシブに食い散らかされた側なんですが・・・」


 俺が素で驚いているとエスタエンデさんは愉快そうにコロコロと笑うだけだった。けれど、少なくとも彼女にとっては、イザヨイのそんな変化はとても喜ばしい事なのだと強く伝わりもした。


 そんな時にふと頭を過ったことがある。


 「あっ」


 「はい、どうされましたか?」


 「あーっとですね。俺がこれから転生する世界がどんな所か気になって・・・」


 俺の頭を過ったこととは、そう、どんな世界に生まれ変わるのか?という一点のみである。いや、だって、普通気にならないか?自分が今からどんな異世界で転生するのかとか。流石に、転生先までは教えてくれないまでも、転生する世界の事くらいは教えてくれるだろう。などと思い至ったわけだ。


 そうしてエスタエンデさんを見てみれば、天を仰ぎ見て嘆く様に見えるではないか。まさか、なんかやばいこと聞いちゃったか?


 「ああ・・・、申し訳ありません。すっかり私(わたくし)も失念致しておりました。そうですね、そうですよね。管理者様があんなに爛れた時間に耽っていたら、きちんと説明しているとか、有り得ませんよね?全く、あの方は、いつも、いつも、私達ばかりに負荷をかけて、御自分はお気楽極楽トンボなのですから、ええ、ええ、今度思いっきり、ワカラセテサシアゲル必要がございますね?あ、申し訳ございません。ついつい、思考の海に浸っておりました。貴方が転生する世界は、管理者様が管轄する世界の一つで、第10930次元世界にある『エルファーラム』という惑星です」


 第10930次元世界。って、いーおくさま、じゃねーかっ!なんだ、アイツの管理する世界は語呂合わせしやすい世界ばかりかっ!?


 つーか、なんか、エスタエンデさんもさっきから、ブツブツとなんか物騒なことつぶやいてるし、俺、ちゃんと転生できるんだよな?


 ・・・ンン?ちょっとまった。さっきなんか聞き捨てならない台詞を聞いたような?


 「あの〜?エスタエンデさん?ちょーっと、お聞きしたいのですが・・・」


 「はい、なんでしょうか?」


 先ほどまでくら〜い様子で薄ら笑いを浮かべてブツブツとかなり物騒なことを口にしていたのと同人物か?と見紛うほどに素敵すぎるアルカイックスマイルにて応じている彼女へ恐る恐る聞いてみた。


 「あー、さっき、アイツが爛れた時間に耽っていたと仰っていましたがー、あー、もしかしなくても、俺とイザヨイが致していた事、詳しくご存知だったりー、します?」


 返すエスタエンデさんは、それはそれは素敵な笑顔で。


 「ええ、ええ。それは、もう!管理者様が貴方とひたすら交尾を続けていたのは、よーっく、存じておりますよ。貴方の体感時間感覚でいうと一週間ほど耽っていましたね。なんでしたら、証拠として、プレイ動画をご覧になられますか?それは、それは、なかなかに淫靡で、淫猥で、淫蕩な姿をご覧になれますよ?」


 「なんか、ごめんなさい」


 これは、なんか、この人?相当お怒りの様子だな。気圧されすぎて、即座に口から謝罪が飛び出してきたし。


 「ああ、申し訳ありません。別段、貴方に対して怒りが溢れたわけではありませんから。ただ、人にあれやこれや指示しておきながら、ご自身は、それはそれは楽しそうな様子で享楽に耽られていたら、こちらとしては不機嫌にもなってしまうものでしょう?そう思われませんか?」


 「ハイ、ボクモソウオモイマス」


 これはあかんやつや。長引くほど碌なことにならないやつだ。さっさと話題を切り替えるのが無難だな。


 そう言えば、確か転生先はエルファーラムという惑星なんだったか。ん?エルファーラム?まさか・・・。


 「あの、すみません。さっき、転生する世界をエルファーラムと呼ばれましたよね?」


 「はい、そう申しました。貴方が転生する世界は異世界エルファーラム。貴方が幼馴染の方とよく遊ばれた、『にじいろプリズム』の舞台となる異世界と同じ世界ですよ」


 ま、じ、かっ!?


 にじいろプリズムの世界に転生するのかよ。莉奈が知ったら狂喜乱舞するな。間違いない。


 そう言えば、何年か前に乙女ゲーム世界のモブキャラ(♂)に転生した男を主人公にしたラノベがあったな。てか、今も続刊か。


 まさか俺がーって、さすがに生まれ変わる国までは。


 「貴方の転生先は、私達が管理、運営する惑星エルファーラムの中央大陸にある中堅国家『グラスリンド王国』。その港町の一つにある商家の子供として生まれ変わります」


 はい、確定!はい、確定!


 俺、乙女ゲーム世界のモブキャラに転生します、キタコレ(´⊙ω⊙`)


 マジかー。にじいろプリズムの世界まんまかぁ。あ、でも、さすがに時間軸は違ったとかいうオチじゃ。


 「質問いいすか?」


 「はい、どうぞ」


 「今のグラスリンド王国の国王様の名前とか分かりますか?」


 「当代のグラスリンド国王は、ランドルフですね」


 はい、今度こそ確定ーぇっ!にじいろプリズムの世界で確定!


 うは、めちゃくちゃ興奮してるんだけど、俺。ていうか、あれだ。主人公であるヒロインちゃんに会えるんか!ヤバイな、おい。あの子、めっちゃタイプなんだよなぁ。正に金糸のようなプラチナブロンドにルビーのような深紅の瞳、笑顔が超愛らしくて、華奢な体躯に似合わない圧巻の巨乳で攻略対象全員の性欲(ハート)独り占めだからな。


 あー、ヒロインちゃんに会えるのが今から楽しみになったわー。てか、ヒロインちゃんデフォルト名なんだったっけ?名前変更可能だから、莉奈のやつは自己命名してたからなぁ。公式ネームは、あー、思い出せんー。


 「どうかなされましたか?」


 「あ、あー・・・。すみません。俺が好きなゲームの世界だったから、変に興奮しちゃって・・。あの、やっぱりゲームのとは違うんですか?」


 「いえ。貴方が遊ばれたゲームは、この世界を基に生み出されております。ゆえに正しくにじいろプリズムの舞台である異世界エルファーラムその物となります」


 「ゲームが、実在する世界を基に生み出されたんですか?」


 「はい、その通りです。正しくは、実在する世界を制作者が空想という形で知覚し、貴方のいた世で作品として発表していた。となります。貴方が知り得る全ての作品に、該当する世界が数多の次元世界の中に実在しているのです」


 ということは、あれか?ドラ●もんとかドラゴ●ボ●ルの世界が実在してるってのか!?俄には信じられないけど、嘘を言ってるわけではないし。ぶっちゃけ、まさに次元の違う話で俺の思考がついてきてない感じだ。


 「ふふふ。驚かれるのも無理はありません。しかし、全てありのままの事実ですから。尤も?今し方貴方の脳裏に浮かんだ世界は、第1341号管理者様が管轄する次元世界帯では御座いませんが」


 「いや、それでも凄いですよ!オタク的には滾る話です」


 「まあ、それはよろしゅうございました」


 そう言って笑ったエスタエンデさんは、どことなく誇らしげに見えた。


 「さ、着きました。あちらにある球体の中にお入り下さい。貴方を転生する世界への魂の紐付けや適応処理を行いますので」


 あれからまた暫し進んだ先にあったのは、エスタエンデさんがいうように中空に浮かんだままの透明な球体だった。彼女のいうように、遂に俺は異世界転生をする段階にきたようだ。


 「あの、色々とありがとうございました。えっと、これから、よろしくお願いします?」


 いかん。最後が何故か疑問符になってしまった。すると、エスタエンデさんは楽しそうに笑みを見せてくれた。


 「いえいえ。こちらこそ、ようこそ、私達の世界へ。これからの貴女の新しい人生に多くの幸在らんことを願っています。いってらっしゃいませ」


 そんな文字通りの女神に見送られて、俺は球体の中に身を沈ませた。途端に俺の意識は暗転して、一気に暗闇の底に沈んで消え失せた。


 だから。


 『行ったかい?』


 「ずっと姿を隠して見守られる位なら、最後まで見送られたらよろしいのに・・・」


 知らない。


 『そうもいかないさ。付いていたら、やっぱり転生させるのやめた。ずっとボクの側にいたまえ。とか言って、カレを拘束してしまう』


 「・・・きっとそう仰ると思いましたから、私も知らないフリをしておきました」


 『そうなったら、ボクのポカのせいで、本来なら死ぬ運命ではなかったカレの幼馴染の死の運命すらねじ曲げてしまった償いができなくなる。それはボクの矜持が許せない』


 彼女のその別れを心から惜しむ悲しげなその顔を。


 「珍しく相当痩せ我慢されているみたいですので、今回の件に関して、私からお説教をするのは控えさせていただきましょう」


 『やれやれ。相変わらず、エスタは手厳しいね。それはそうと、ちゃんと彼女の方も同じ世界に転生させる算段は済んだんだね?』


 「はい、それは滞りなく。同タイミングでお二方とも転生との事でしたので、一旦彼に関してはこのまま一年程保管いたします。彼女が亡くなる一年後に同時に『エルファーラム』へと転生させます」


 『分かった。それでいい。急遽済まなかったね?助かったよ、ありがとう。エスタ』


 「私達はアナタ様より産み出され、管理と運営の権限を委任された代理執行者です。どうかお気になさらないで下さいませ。第1341号管理者様」


 『あー、それだけどね。今この時より、ボクの名前はイザヨイだ。これからはイザヨイと呼んでおくれ』


 「彼から受けた名前ですか。畏まりました。マスターイザヨイ」


 『・・・ああ。やはり、いい響きの名前だ。気に入ったよ、坂滝九郎。また、会おうね?ボクは楽しみに待っているよ』


 なにより、一番大切な事を全く知らなかったんだ。


 「ところで、イザヨイ様?その件の御執心している彼に転生後の性別をご説明されましたか?」


 『あー』


 「そのご様子では、しっかりお忘れになられたわけですね?」


 『し、仕方なかったんだ!なにぶん、このボクもああいう心持ちになったのは初めてでかなり浮かれていたんだ、それは認める!な、なんだ!?その残念なモノを見るような目はっ!?い、いいではないかっ!たがたか、生まれ変わったら、前世と性別が違うことくらい、何も珍しくない!』


 「はぁ・・・。私は今この瞬間、彼に心底同情を禁じ得ません」


 


 まさか、転生したら、女の子だったなんて。誰が予想できただろうか。




          ◆



第二話は2022.01.01.正午公開になります。

         

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