ヤング妖怪大戦争③
帝都郊外に佇む巨大な武家屋敷の中では十三人の実力者が目下の議題について話し合っていた。
「直接の下手人である例の半死人は当然、討ち取る。だがそれだけで済ませられん」
「我らにも面子があるからな」
「後、何人か。見せしめとして殺っておかねばなるまいよ」
そこで一人の女妖が手を挙げる。
「西の者と話をつけた。名が売れていて、尚且つ実力もある邪魔者が十人ほど居るらしい」
「ふむ。邪魔者と言うのは若獅子会の連中にとってだろう?」
「ああ。だが、そいつらを殺れば賠償金とは別途で報酬を支払うとのことだ」
「良いんじゃないか? 若獅子会にとっての邪魔者となれば、巡り巡って我らにも害を成しかねん」
邪魔者とはつまり、現行の秩序を乱す者を指す。
若獅子会も、若手組も、共に安定を望んでいる。
面子のために動きはするが、戦争などは微塵も望んではいないのだ。
ゆえにここらが妥協点になる。
「ならばそれで行こう。でも、誰が行く? 僕はちょっと忙しいんだけど」
「……ああ、例の七光りのせいで界隈が色々騒がしくなってるからな」
「狗藤威吹。元人間の小僧が随分と好き勝手してくれる」
「いずれは奴への対処も考えねばならんが、それは一旦置いておこう。それよりも――――」
議題を先に片付けよう。
そう言おうとした正にその瞬間、大広間の襖が乱暴に蹴り破られた。
全員が一秒以下の時間で臨戦態勢に入り、下手人を睨み付ける。
「こんにちは! 天気が良いのでカチコミに来ました!!」
下手人は今正に話題に挙がっていた狗藤威吹であった。
ちなみに威吹は先ほどの発言もしっかり聞いていたりする。
「狗藤、威吹……!」
「いやあ、壮観ですねえ。臆病者が偉そうに雁首揃えてる光景とか、中々見られませんよ」
ケタケタと笑う威吹に、幹部たちのヘイトが加速する。
が、威吹からすれば怒っている連中はどうでも良い存在だった。
(……アイツか)
威吹が目をつけたのは末席に座る一人の少女。
眼鏡、三つ編みのお下げ、セーラー服と言う三種の神器を揃えた彼女。
ぷるぷると恐怖に震えているようだが、威吹の目は誤魔化せない。
あれが当たりだ。
「カチコミ、と言ったな? 何が目的だ?」
「暴れるのに一々目的があるとでも? いやまあ、今回は普通にあるけどね」
何故、偽っているのか。
そもそも臭いからして他の有象無象とは違う。
気になる。とっても気になる。
落ち着いて話をするためにも、モブは排除せねばなるまい。
「いやさ、邪魔なんだよね。おたくら。だってそうでしょ?
折角大火事に出来そうな火種があるのに小火程度で済ませようとしてるんだもん。
良いじゃん、やろうよ、戦争。君らが火種を使って遊ばないなら火種も組織も俺にくれよ」
瞬間、十二の殺意が渦巻いた。
「大丈夫、ちゃんと上手く使うからさ」
「無分別な戦争を起こせばどうなるか、想像も出来んのか!?」
「どれだけの命が無為に散ると思っている!!」
「ハッハッハ! 何言ってんの?
無価値な命がどれだけ散ったところで世はこともなし。
臆する理由も躊躇う理由もありはしない。
「粋がるなよ小僧……!!」
「嫌だね。俺はイキるよ。イキり散らすよ。軽くて薄っぺらい化け物らしくね」
それはそれとして、だ。
そろそろ後ろの御仁たちが限界らしい。
「俺はあの眼鏡の女の子を貰うんで、御三方は他のをどうぞ」
「アレで良いんですかァ? 直接喧嘩を売って来たのは譲れませんがァ、他ならば融通しますよォ?」
「いえ。多分、あの子が一番強いんで」
「……マジ? 駄目だわ。全然、読めない」
「強くなったと言ってもまだまだか。まあ良い、そう言うことなら他は貰うぞ!!」
言って蒼覇が駆け出す、そして二人もそれに遅れて駆け出した。
戦端は開かれ武家屋敷が更地になることが確定した。
が、他人の家がどうなろうと知ったことではない。
暴力の嵐が吹き荒ぶ大広間の中、威吹は悠然と歩を進め委員長(仮)の前に立った。
「はわわわ! ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
許して許してと涙目で繰り返す委員長(仮)。
これはこれで面白いのだが、それよりも気になることがある。
「いや、そう言うの良いから。バレてるから。
猫被り続けるなら俺は取るに足らないものとして処理するけど、どうする?」
そう告げるや、委員長(仮)の顔が歪み盛大な舌打ちが鳴り響いた。
「ホント最悪。何でアンタみたいな疫病神に目ぇつけられるかな。
こんな組織、興味なんて欠片もないだろうと思ってたのに……あーあ、最悪」
ペッと唾を吐き捨てる委員長(仮)、これが彼女の素らしい。
「嬉しそうな顔しないでよ。やる気がないのは事実だからね。
勝てるとは思わないし、そもそも戦いとか興味ないのよ私」
「それは残念。ところで自己紹介とかはしてくれないの?」
やらないならそれはそれで構わない。
が、それはそれとして興味がある。
明らかに水の合わない組織に、何であんな擬態をして紛れ込んでいたのか。
「骨女のジュリアよ」
「……本名?」
「本名であり源氏名ってところね。私、自殺した風俗嬢の白骨死体から妖怪になったの」
「すいません、経歴が重過ぎて何て言えば良いかわかんないです」
藪を突いて蛇どころの話ではなかった。
こういう方面のカミングアウトは正直、困る。
「ああ、別に気にしないで良いわよ。引き摺られてる部分もあるけど生前の私とは基本別人だし。
源氏名を名乗ってるのも本名をそのまま使うのは何か違うかなーって思ったからだし」
「そ、そうですか」
「あと、敬語も要らないわよ。妖怪になった時期から数えたら私、まだ五歳だし」
言いつつ煙草を取り出し、火をつけるジュリア。
どこの世界に堂に入った姿で煙草を吹かす五歳児が居ると言うのか。
「それで……えーっと、ジュリア? ジュリアは何で若手組に?」
「男漁り」
「え」
「ああ、勘違いしないでよ? あくまで組織力を利用して良い男を探してるだけでコイツらには欠片も興味ないから」
「便利に使える人手と情報網のためか。でも、その理由が男漁り……」
つくづく予想外だ。
いやだが、自分の欲望に正直な点には好感が持てる。
「まあでも、それも今日で終わりだわね。
アンタみたいなのに目ぇつけられた時点でこの組織はもう終わりだろうし」
既に半数。ジュリアを除く若手組の幹部の半数が蒼覇たちに沈められている。
修行の成果はバッチリらしい。
完全に戦いが終わるまで、まだ時間はかかりそうだが……それでも逆転の目はないだろう。
東国若手組は今日、完全に潰える。
「ちなみにだけど好みのタイプは?」
「アンタは掠りもしてないわ。ねえ狗藤、アンタ私の上っ面だけを見てどう言う印象を持った?」
「どう言うって……」
「見た目は地味。中身は陰気。態度からでも分かる。これはかなり面倒臭い、旨味の少ない雌だって思わなかった?」
色恋や下半身でものを考えた場合はまあ、そうなるだろう。
だが、それがどうしたと言うのか。
首を傾げる威吹にジュリアは続けてこう言った。
「こんなフライドチキンの骨より価値のない女のために本気で心を砕いてくれる。
そんな、そんな夢のようなイケメンを私は探しているの」
高望みが過ぎるのでは?
色恋を経験したことのない威吹にも分かる。
男でも女でも異性に好かれようと思えば、大なり小なり努力は必要であると。
だが、ジュリアはそれを完全に放棄している。
完全な受身で自分に都合の良い展開がやって来ることを望んでいる。
控えめに言って、身の程を弁えないバカだ。
「言いたいことは分かるわ。でも生前の反動って言うのかしらねえ。
生前は男に気に入られるためにあれやこれや努力して必死に媚びてたからさ。
もう二度とそう言うことはせず、何もせずにチヤホヤされたいって言うの?」
「……反応に困る」
そっち方面はあまり得意ではないのだ。
目的があってこちらから弄るのはともかく、向こうからぶっこまれるのは……。
「まあ、男漁りもしばらくは中止になりそうだけどね。
ああうん、乗っ取りたいんだっけ? 好きにしたら良いじゃない。
さっきも言ったけど私はアンタと事を構えるつもりはないわよ。面倒だもの」
ふー、と紫煙をくゆらせるジュリアの目は腐った魚のそれだった。
生前とは基本的に別人とのことだが、引き摺られている部分も多々あるのだろう。
(白骨死体だからなあ……)
それだけで色々察せてしまう。
仮に生前と変わらず新生していたのなら、怨み辛みの権化になっていたのではなかろうか。
「戦争とかには興味ない?」
「ないわよ。無理矢理従わせるって言うなら別に良いけど、ノリ気じゃないの混ぜても萎えるだけでしょ?」
この五歳児、分かっているじゃないか。
威吹は感心しつつ、自らの毛髪を一本抜き取りジュリアの姿に化けさせる。
「攻め入って来た糞の親玉とその子分たちに蹂躙され戦火に包まれる京都」
「!」
察したらしい。
「訳も分からずただ逃げ惑うことしか出来ないドン臭い女の子」
助けても良いことなんて何一つない。
マイナス要素しかない。
そんな女に手を差し伸べるのは、よほど奇特な性格をしているに違いない。
それこそ、ジュリアが先ほど言っていたようなタイプだけだ。
「……東もまだ調べ尽くしたってほどじゃないんだけど、西に至ってはノータッチなのよね」
でも、とジュリアは期待を込めた視線で威吹を見つめる。
「私、分身とか変化とか、そう言う器用な真似は出来ないのよ」
誰か協力してくれる優しい人は居ないかにゃー?
などと白々しいことを言うジュリアに威吹は笑顔でこう答える。
「俺は他人を変化させることも出来るし、結構なクオリティの偽物を作ることも出来るよ」
「…………私は好きに暴れるわよ?」
「良いよ。俺は単純にジュリアがどれほどのものか知りたいだけだし」
「なら、取引成立ね」
ジュリアが差し出した手をガッチリ握り返す――同盟締結だ。
そして同時に、蒼覇らの戦いも終わったらしい。
威吹とジュリアの周辺を除き更地となった屋敷跡では十二匹の負け犬が転がっていた。
「はぁ……はぁ……! 何でしたっけェ……? 弱いお前は何もするな? でしたかァ?」
「その弱い奴らにのされて醜態晒すアンタらは何なのかしらねえ?」
とは言え、三人も楽勝とはいかなかったらしい。
小さい傷はあちこちにあるし、全員が肩で息をしている。
何のかんの言っても若手の代表と言う肩書きは伊達ではなかったようだ。
「き、貴様ら……! その狂人に味方することが……何を招くか分かって……!!」
「どうでもよいわ」
割と真っ当な感性を持つ三人だが、そこはそれ。
化け物であることに違いはない。
在り方で言えば転がっている負け犬どもより、よほどそれらしい。
「いや、どうでも良くはないか。西のつわものとやり合う良い機会だし」
「じゃあ通り魔の方は私が貰うわ」
「は? 何言ってるんですゥ? あれにケジメをつけさせるのは私なんですけどォ?」
「ふざけるな。そ奴も俺の獲物だ」
「はいはい皆さん、喧嘩しないで。早い者勝ちってことにしましょうよ。ね?」
そういう形で競ってみるのもまた一興ではないか?
威吹がそう提案すると、まあそれもありかと三人は矛を収めた。
やはりと言うべきか、威吹への好感度がかなり高くなっている。
「……待ちなさい、狗藤威吹」
「あん?」
両脚を失い転がっていた幹部の女が声をかけてきた。
「あなたは自らの行いが何を巻き起こすか理解しているのですか?
多くの者が死ぬのは当然として、あなた自身にも禍を招くことになるのですよ」
先ほどとは違う論法で攻めてくるらしい。
とりあえず聞いてやるかと威吹は女の言葉に耳を傾ける。
「……宣戦を布告すれば、戦争を阻もうとする者が命を狙います。
多くは有象無象かもしれませんが……我らの先達……旧若手組の面々もあなたを狙うでしょう。
此度の蛮行と相まって、彼らは決してあなたを許しはしない。確実に殺されます」
つくづく、面白い。
どうして戦争を起こそうなんて考えてる阿呆が命を惜しむと思えるのか。
「あなたの親は大妖怪。しかし、三匹があなたを守るために動くことはない」
「まあ、だろうね」
それが分かっているからこそ、女もこんなことが言える。
そして若手組のOBらも心置きなく自分を殺しにかかれる。
が、一つだけ致命的な陥穽があることに彼らは気付いていない。
(“そんな賢い計算”をしてからでないと喧嘩を売れない奴らをどう思うかを考えるべきだよ)
知られねばどうと言うことはないだろう。
が、知られてしまえば不愉快な羽虫だと思われ……。
威吹としては面白くない展開だ。
自分を狙って来ている連中を横取りされるなど実に面白くない。
(僧正坊はまあ、言えば聞いてくれると思うんだけど……)
問題は他二人だ。
基本的に自分に甘い詩乃だが、それにも限度がある。
可愛い我が子に集る、壊し甲斐のある玩具を前にすれば……。
そして酒呑。こっちについては説明するまでもない。
「今ならばまだ間に合います。即刻、考えを改め謝罪すれば……」
「なるほど」
頷き、
「――――俺の答えはこれだ」
逆行の波動を放つ。
紅覇、ロック、ジュリア、蒼覇たち三人には特に変化はない。
しかし、女を含む他の幹部らは時の逆流に呑まれた結果……。
「な、何だこれは!?」
「身体が……う、嘘だろう……?」
幼少期があった者は外見も含め。
ジュリアや付喪神のような初めからある程度の外見年齢で生まれた者は妖気だけ。
生後、数年のそれに巻き戻されてしまった。
「何をしたのです!?」
「ハハハ、お嬢ちゃん。年上相手にその口の利き方はよろしくないなあ」
俺が細かいことを気にする手合いなら酷いことになってたよ?
そう言ってケラケラ笑う威吹を見て、全員が察した。
この規格外の化け物は時を巻き戻したのだと。
「誰だろうがかかって来れば良い。俺が気に喰わないならそうするべきだ。
我慢なんてする必要はない。だって、俺も我慢してないんだもん」
その結果、潰し合うことになり自らが潰えることとなってしまってもしょうがないことだ。
だって、
「――――弱い奴が悪いんだから」
弱いお前は何もするな。
そう言った彼らだ、きっと理解してくれる。
「こんな……こ、こんなことが許されると……!!」
「許しを求めた覚えはないよ」
ただの一度も。
そう言ったところで空から人影が降り立った。
「お待たせしましたよぅ」
鬼灯だ。
「準備は万端。何時でもやれますよぅ」
「OK。それじゃ一発、ぶちかまそうか」
この後、東国若手組頭目を名乗る狗藤威吹により宣戦が布告された。
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