ヤング妖怪大戦争①

「七日間の御勤め、お疲れ様です。御三方、見違えるように強くなりましたよ」


 午前二時十分。

 最終日のショーを終え、控え室に戻って来た蒼覇たちを笑顔の威吹(と御供の紅覇)が迎えた。


「「「……」」」


 が、三人の顔色は優れない。

 身体には傷一つないし、疲労も皆無なはずなのにだ。


「……俺は、本当に強くなったのか……?」


 ポツリと、そう呟いた。

 威吹はチラリと後ろの紅覇を見やる。


「強くなっただろう。ただ垂れ流されている妖気だけを見ても七日前の十倍以上だ」


 実際に戦うとなれば、更に倍率は大きくなっているだろう。

 これを強くなったと言わずして何と言うのか。

 紅覇の指摘は正しいが、蒼覇らの顔色は未だ優れず。


「…………何て言うんですかねェ。実感? 達成感が薄いんですよォ」

「私は強くなった。強くなったのかもしれないけど……」


 苦虫を噛み潰したような顔、歯切れの悪い言葉。

 どうやら完全に参っているらしい。


「なるほど。結果だけでは満足出来ませんか」


 まあ、無理もない。

 迅速な強化を行う上で激情と言うピースは必要不可欠だった。

 彼らはこの七日で大いに怒り、大いに憎んだ。

 己であったり、若手組の幹部だったり、詩乃だったりと狂おしく感情を燃やした。

 だからこそ強くなれた。それは事実だ。


 ――――しかしその激情が一から十まで他人に制御されていたとしたら?


 怒りも憎しみも自分のものではない。

 ならば一体、何を寄る辺に立てば良いと言うのか。

 詩乃の悪辣なところは後になって気付くように仕向けるところだ。

 戦っている最中はその手の疑問が浮かぶことさえなかったはずだ。

 しかし、今、戦いを終え、手にした力を見つめた時……。

 詩乃の手練手管ならば気付かぬまま、そうとは思わせないまま終わらせることも出来た。

 充足感と共に修行を終わらせてやれただろう。

 だが、そうはしなかった。

 強さと引き換えに毒を残していくあたり、実に詩乃だ。


「お気持ちは痛いほど分かります」


 威吹は沈痛な面持ちでそう告げた。

 しかし、慰める気は一切ない。


「ですが」


 表情が切り替わる。

 その顔に浮かぶ感情に名をつけるのであれば、


「――――己を曲げてまで強さを得るってそう言うことでしょう?」


 嘲り。


「それ、は……」

「それとも。そんなことにさえ思い至っていなかったんですか?」


 初日にあれだけ馬鹿にされたのに?

 だとすれば、ある意味、凄まじいことだと威吹は笑う。


「「「……」」」


 三人は何も言えず、ただただ苦い顔をしている。

 子供でも分かるだろう。

 今、彼らがこの上ない自己嫌悪に苛まれていることに。


 さて。ここまで追い込んだ威吹だが、別段彼らをイジメてやりたいと言うわけではない。

 むしろその逆だ。

 慰めるために一度、しっかりと自らの傷に目を向けさせたのだ。


「それと御三方、未だに引き摺ってません? 母さんに“薄っぺらい”って言われたこと」


 自己嫌悪の根底にあるのはそれだ。

 そこをどうにかしない限り、この状態を脱することは出来ないだろう。


「だから少しでも厚みを感じるために、自らが成したことを欲している」

「…………否定はしないわ」

「そこで素直にその通りだと頷けないあたりに虚勢を感じますが、まあそこは置いておきましょう」


 自分がどうとも思わなければ戯言と片付けることも出来よう。

 しかし明確な根拠と共に突きつけられ、一瞬でも自分がそれに理があると思ってしまえばもう無理だ。

 否定は出来ない。呪いのようにこびりつき、離れてくれない。


「薄っぺらいと馬鹿にされて、さぞ堪えているようですがね――――それの何が悪いんです?」

「何がってェ」

「そもそもからして言った当人もそう大層な奴でもないでしょう」


 薄っぺらいと言うのなら詩乃も十分薄っぺらいだろう。

 何なら蒼覇たちのがまだ、厚みがあると言っても良い。


「いや九尾は大妖か……」

「大妖怪だから何だって言うんです?」


 大妖怪と言う存在はそんなに御立派なものなのか? 否、そんなことはない。


「蒼覇さん。俺はね、Oracleに大妖怪が天職だと言われたんですよ」

「知っている」

「そうですか。まあ、それを切っ掛けに色々あって俺は大妖怪になるべくこっちの世界に来たんです」


 家庭の事情については話さない。

 そんなことを話しても意味がないし、話された側も反応に困るだろうから。


「それで母さんと暮らし始めて一週間後だったかな?俺の父親を名乗るアル中が家を訪ねて来たんですよ。

まあ酒呑って名前のケチな鬼なんですが、そいつが言うわけですよ。

お前は大妖怪を目指してるんだろ? 親父として、先達として、軽く鍛えてやろうってね」


 それがどうした?

 そんな顔をしているあたり、やはり意識の差を感じる。

 彼らは真面目過ぎるのだ。


「俺はこう答えました。失望させてくれるなよ酒呑童子。

最初から強い鬼、その中でも特別強いお前が言うに事欠いて鍛える? 情けないにもほどがある。

人間のようにひいこらひいこらせせこましい努力をしている鬼なんざ鬼失格だろう。

鬼と言うのは人間の涙ぐましい努力を傲岸に笑い飛ばして踏み躙る生き物じゃないのか?

それにそもそも大妖怪なんてものは鍛えたり学んだりして成るようなものじゃないだろう。

自然に、在るがままに進んでいたらそこに至る。或いは最初からそこに居る――ってね」


 俺のこの発言をどう思う?

 威吹がそう問い掛けると、


「……素晴らしいな。傲慢で、不遜で、溜め息が出るほど雄雄しく骨太だ」

「ですねェ。そう在れない私が言うのも何ですがァ、美しい。化け物とはかく在るべきと言う美学を感じますよォ」

「そうなれないからこそ、余計に憧れるわ」


 この上なく好意的な反応が返ってきた。

 想定を微塵も外れていない。重篤なまでの勘違いに罹患している。


「いやいやいや、皆さん正気ですか? 傲慢、不遜、それは仰る通り。

しかし、それ以外の好意的なご感想を述べられるようなことは言ってませんよ?」


「…………本心でそう思っているわけではないのか?」


 怪訝そうな顔をする蒼覇だが、それは違う。

 本心からそう思っているのは事実だ。

 しかし、それとこれとは話が別だろう。


「そう在るのが一番しっくり来る生き方だと思っていますよ? そしてその通りに生きてます。

でも、評価される点は一切ないと確信しています。だってそうでしょ? 冷静に考えてみてくださいよ。

これ結局、何もしないって言ってるだけですよ? 努力を放棄してるだけですよ?」


 仰々しい物言いをしたこちらにも責はある。

 が、それはそれとして本質を見誤ってはいけない。


「俺は俺が一番しっくりくる在り方を選び、その通りに強くなりました。そしてこれからも強くなるでしょう」


 あの日語った通り、努力は一切していない。

 だがどうだ? 威吹は加速度的に力をつけている。

 今では時間にすら干渉出来るほどだ。


「でも俺は俺の力に価値があるとは微塵も思っていません。

何もせずに手にしたそれに何の価値があるって言うんですか」


 薄いと言われても否定なぞ出来ない。

 空っぽだと謗られても仰る通りだとしか言えない。


「俺は努力を嗤うような在り方を選びました。でも、俺は努力の価値を知っています」


 妖怪で、だけど人間でもあるから。

 人間のような化け物ではない。

 化け物のような人間でもない。

 化け物で、人間なのだ。

 ゆえに努力の価値だってちゃんと理解している。


「俺の力と紅覇の力。どちらが価値あるものかと問われれば俺は躊躇なく紅覇だと答えるでしょう」

「我が君! そのようなことは……」

「話の腰を折らない。俺がそう思ってるってだけの話なんだから」


 紅覇と戦った際、やることなすことズレていて萎えさせるような真似もされたので散々に虚仮下ろした。

 だがそれはそれとして紅覇が努力で勝ち得た力自体は認めていた。


「努力って言うものはしている最中良いことなんて何一つありません。

まあ、それすらも楽しめるって奇特な奴も居るには居ますが基本的には辛くてしんどいものですからね。

でも、だからこそです。努力が実った瞬間に訪れる喜びは格別ですよ?」


 紅覇もそんな経験はあるだろう?

 そう目で問うと、彼女は大きく頷いた。


「まったく同じ実力を持つ者が二人居たとして。

努力をしてその力を得た者と、生来備えていたものとでは厚みが違います」


 前者にはそこに至るまでに得た喜びが沢山詰まっているが後者には何もない。

 差が出るのは当然の帰結だ。


「だから、薄いと言うのなら俺なんてペラッペラですよ。そしてそれは母さんも同じです。

薄い云々抜かしてましたけどアレ、完全にブーメランですからね?」


 強大な力も、心を操る手練手管や、何もかもを見通す観察眼もそう。

 努力して手に入れたわけではない。

 何をするでもなく出来る、言ってしまえば呼吸と同じようなものだ。


「度し難いほどワガママで、その癖力だけは売るほど有り余ってる傍迷惑な屑。

結局のところ大妖怪なんてそんなものなんですよ。

恐れたり疎んだりはしても、仰ぎ見るような価値は微塵もありません」


 ケラケラと笑う威吹にマキは言った。

 それならば、大妖怪とは――化け物とは一体何なのだと。


「理不尽と言う概念に肉を貼り付け意思を宿したもの……ですかねえ?

だから薄っぺらいと言われても、はいそうですねで流せば良いんですよ?

ふてぶてしく開き直るぐらいが丁度良いと思います」


 そんな存在だから対極に位置する人間との比較には何の意味もない。

 詩乃もそれは承知の上だろう。

 承知していながら、平然とあんなことを抜かすのだから本当に良い面の皮をしている。


「ま、これもあくまで俺の考え方であって強制する気は更々ありませんが」


 自分の考える化け物の在り方にそぐわない者であろうとも威吹は否定はしない。

 でなければ紅覇に別の生き方を諭したり、傍に置きはしない。

 が、それはそれとして自分の楽しみの邪魔をするなら普通に排除はする。


「ただ、そう言う考えもあるんだなと頭の隅にでも置いて頂けると幸いです。

ええ、折角明日は殴り込みをかけるわけですし? 辛気臭い顔でやりたくないじゃないですか」


 ぐっすり眠って気持ちを切り替えて欲しい。

 それが威吹の本音だった。


「……そうか……いや、そうだな! うむ! お前の言う通りだ!!

思うところはあれども、それはそれ。

こんな思いをしてまで強くなろうとした理由を先に片付けるべきだろう!!」


 パァン! と自らの両頬を叩く蒼覇。

 些か空元気のケもあったが、まあ見てみぬ振りをするのが人情だろう。

 見ればマキとトウゴも、自分なりに折り合いをつけたのか先ほどよりはマシな顔になっている。

 どうやら少しは効果があったようだと威吹は胸を撫で下ろす。


「それでは良い時間ですし、俺と紅覇はこれで」

「ええ……ああでも最後に一つ」

「?」

「私たちのために骨を折ってくれてありがとう。この恩はいずれ、必ず返すわ」

「楽しみにしてます」


 紅覇を伴い桃園を後にする。

 現在時刻は午前二時三十五分。

 良い子はとっくに寝る時間だが明日は学校をサボるつもりなので問題はない。


「我が君」

「んー?」

「明日、若手組の幹部をまとめて潰すとのことですが……その後はどうされるので?」

「とりあえず組織を乗っ取ろうかなって」


 折角、戦争をするのだ。

 戦争っぽいことをやりたいし、そのためなら名分や組織が必要不可欠。

 なので自分と、今回の遊びに乗った連中を首領と幹部に据えて若手組を乗っ取る。

 その上で件の通り魔を痛烈に非難すると共に報復として戦争を仕掛けると大々的に公表するつもりだ。

 威吹がそう告げると、


「そうしますと、西の化け物は当然として東の化け物も我が君の敵に回る可能性が……」

「勝手なことをするな。東の総意ではないって噛み付く奴は当然、出て来るだろうね」


 まず間違いなく戦争を回避するために自分を狙って来るだろう。

 だがそれで良い、いやむしろそれが良いのだ。


「だってさ、その方が盛り上がるだろ?」

「まあ、我が君がよろしいと言うのならば異論はありませんが……」

「分かってる分かってる。紅覇も戦って良いよ、俺を護るためにね」

「ありがとうございます!!」

「ああでも、俺の船出を止めようとする東の化け物については出来れば殺さないで無力化するだけに留めて欲しい」

「何故でしょう?」


 威吹に仇成す者には死を、と言うことだろう。

 不満げな紅覇に対し威吹はやりたいことがあるのだと答える。


「やりたいこと……?」

「うん。喧嘩売って負けたんだから何されても文句は言えないでしょ?」

「それはまあ、そうですね

「無力化した連中に変化の術をかけて戦艦のミサイルにしようかなって」


 名付けて反逆者ミサイルだ。


「素晴らしい案かと。そう言うことであればこの紅覇、一匹たりとて殺さず捕虜を確保してみせましょう」

「ん、期待してる」

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