ナインテイル④

「今朝も言ったが先生たちは職員会議があるので午後は丸々二時間LHRだ。

この間に体育祭に向けての練習などをしておくと良い。それでは、後は任せたぞ」


 教卓から飛び降りた黒猫先生はトテトテと足早に教室を出て行った。

 先生の姿が見えなくなると、静かだった教室も途端に賑わいだす。

 とりあえず、誰一人として体育祭の練習をするつもりはないらしい。

 まあ、当然と言えば当然だが。


 ちなみに威吹もぼんやり椅子に座ってるだけだが、

 威吹の場合は怠惰からではなくやることがないからだ。

 今朝、体育祭自分はどうすれば良いのかと黒猫先生に尋ねたところ……。


『出禁で』

『えぇ……』

『いやだって、お前が出たらなあ。メジャーリーガーが少年野球で無双するより酷いことになるだろ』


 質では言わずもがな、威吹は分身により数の不利さえも補えてしまう。

 そんな奴を出せるわけがないだろうという黒猫先生の言は実に正しい。


『かと言って手を抜けと言うのもな。それはそれで舐めプ感が酷いだろう? 負けた側に暗いものを残す』

『それはまあ……俺もそう思いますけど』

『だから出禁――が、何もさせないのは流石に可哀想だからな。出番は考えてある』


 威吹も一応、生徒なのだ。

 勉学的な意味では普通の生徒らと何ら変わりない。

 ちなみに苦手な授業は理数系である。


『言うて幻想世界の学び舎だからな。現世と違ってこっちは多少過激なことも出来る』

『戦技の授業とか正にそれですからね』


 普通の学校でやろうものなら一発アウトだろう。

 体罰とかそういうレベルではない。


『その戦技で培った力を試す名目で体育祭の種目に武道大会のようなものがあってな。

狗藤には優勝者とのエキシビジョンマッチを頼みたいのだが……どうだ?』


『いやまあ、別に良いですけど。生徒で優勝者となると一人しか思いつかないんですが』


 同学年ですら全部把握はしていないのだ。

 当然、先輩の顔なども殆ど知らない。

 しかし、校舎から漂う空気から察するに紅覇以上に強そうな者は見当たらない。


『伊吹か。お前の言いたいことも分かる。だからアイツも特定種目は出禁だ』

『悲しいなあ』

『安心しろ、どの競技にも出してもらえんお前ほどじゃない』


 それが教師の言うことか! と思ったが威吹はグッと我慢した。


『話を戻そう。優勝者と戦うと言っても……まあ、実力差は明確だ』

『盛り上がるように立ち回った方が良いですかね?』

『いや、むしろ瞬殺してくれて構わない。その方が次の戦いが盛り上がるだろうしな』

『次?』

『エキシビジョンは二戦行うのさ』


 曰く、例年通りだと優勝者と戦っていたのは学院長なのだそうだ。

 学院長も威吹が言ったようにそこそこ盛り上がりに気を遣っていたらしいのだが……。


『茶番臭がな』

『まあ……そうですね』

『が、お前とならばどうだ?』


 優勝者を瞬殺するような男が全力で挑んでも尚、小揺るぎもしない。

 小揺るぎもしないという意味では前年と同じ。

 しかし、挑む側の実力が違えば見る側の受け取り方も変わってくる。


『確実に派手な戦いになるだろうし見栄えが良いと思うんだ』

『あれやこれや総動員して戦えばまあ……確かに派手な戦いになるでしょうね』

『そういうことだから、頼んだぞ』


 遥かに格上の相手と戦う。

 それ自体は悪くないし、普段ならばテンションも上がっていただろう。

 だが、


(まだ微妙にやる気がなあ)


 完全な無気力状態は昨日脱した。

 しかし、何時も通りに戻れたかと言うと……まだまだ足りない。


「あのぉ、狗藤くん。ちょっと良いですか?」


 頬杖を突いてぼんやりしていると、三葉がやって来た。


「どうしたの?」

「体育祭の練習とかはしないみたいだから、この時間もレッスンに使おうかと思いまして」

「ああ」


 教室を見渡すが皆、お喋りに興じていたり居眠りをしていたりとやる気は皆無だ。

 それなら昨日手伝うと約束したのだし彼女らに付き合う方がよっぽど有意義な時間になるだろう。


「OK、俺も暇だし付き合う……ん?」

「狗藤さん?」

「ちょっと良いこと思いついた。皆暇なんだったら……ねえ? 付き合ってもらおうじゃないか」


 威吹はニヤリと笑って立ち上がり教壇へと向かった。


「はい、注目」


 さほど大きな声ではなかった。

 しかし、そこには確かな“意”が込められていた。

 ゆえに一瞬で教室は静まり返った。


「――――今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます」


 瞬間、無音を除く生徒らの顔が絶望に染まった。

 これは威吹にとっても予想外で慌てて、弁解を始める。


「待って。何でそんな世界の終わりみたいな顔するの? ねえ、俺がそんなことさせると本気で思ってるの?」


 威吹としては軽いジョークのつもりだった。

 大体、おかしいだろう。

 いきなり殺し合いをしてもらうなんて。

 普通は冗談だと受け取るのに何をマジになっているのか。


「ごめん威吹、おれも正直威吹ならやりかねないと思ったよ!!」

「…………凹むわ」


 自分は一体どんな危険人物だと思われているのか。

 威吹は少し、泣きたくなった。

 でも泣かない。だって威吹は男の子だから。


「ま、まあ冗談はさておきだ。男子の皆にお願いがあるんだ。暇ならちょっと付き合ってくれない?」

「…………あの、遺書を書いても良いですか?」

「だから冗談だっつってんだろ!?」


 悲壮感漂う男子生徒の言葉に威吹は軽く挫けそうになるが、何とか踏み堪える。

 いい加減真面目にイメージ改善を考えるべきかもしれない。

 が、今は置いておこう。

 どうせ恐れられているのならばこれを利用しない手ではない。


「命の危険はないし、難しいことでもない。あるものを見てもらって素直に感想を言ってくれるだけで良いんだ」


 だから協力してくれるよね?

 威吹は笑顔の裏に圧を込めながら男子生徒らに問いかけた。

 結果は……まあ、言うまでもないだろう。

 NO! を突きつけられた者は誰も居なかった。


「ありがとう。素敵なクラスメイトを持って俺は幸せだよ。じゃあ皆、先に中庭に行っといてくれ」


 促され、売られる子牛のようなもの悲しさで男子生徒らは教室を出て行った。

 威吹は彼らを見送り、三人+無音を呼び寄せる。


「何をする気なんだい?」

「いや、今日は色気――飾らず言うならエロについて勉強しようかなって」

「「「エロ?!」」」

「いやいやいや、何を驚いてるのさ」


 アイドルとして大衆の前に立つ。

 それがどういうことか分からないわけではないだろう?


「男どもにそういう目で見られて、あられもない妄想にだって使われる。

それぐらい分かってるだろ? それとも何かい?

そんなこと思いつきもしないぐらい君らは純粋な女の子だったのかな?」


 そう指摘すると三人は言葉に詰まった。


「エロさも武器だ。立派な武器だ。使い方を誤らなければね」


 使い方を誤らないためには男の欲望を知る必要がある。

 だからこそ威吹はクラスメイトの彼らに協力を仰いだのだ。


「それに、観客が俺と無音以外に居ないのはマズイでしょ」


 オーディションがあるのは六月第二週の日曜日。

 もうあまり時間は残されていない。


「ああうん、そうだね。その内、路上ライブか何かさせようと思ってたけど……うん。

いきなりそうするよりも段階を踏んで徐々に人を増やしていく方が良いか」


 メイントレーナーの無音の賛同も得られた。

 となれば、三人としても文句は言えまい。


「だよな。だから今日はクラスメイトの前で。

そして体育祭でも応援ダンスって形で一曲やってもらおうと思ってる」


「応援ダンスなんてプログラム、ありましたっけ?」

「ないよ」


 だからごり押しで入れてもらうつもりだ。

 体育祭の殆どの工程に参加出来ない上、盛り上げるためだけにエキシビジョンに参戦しろと言われたのだ。

 多少の便宜は図ってもらわねば釣り合いは取れないと威吹は笑う。


(何時もなら学院長と戦えるだけでも十分だったんだろうけど……)


 生憎と今はそこまで乗り気じゃない。

 何なら三人の指導をしている方が楽しいぐらいだ。


「一生徒のワガママが通るのかい?」

「通すさ。正式な許可が得られないなら、別の方法で捻じ込めば良い」


 具体的なプランはまだないが……まあ詩乃、酒呑、僧正坊を利用すれば大概のことは何とかなろう。

 酒呑は動かせるか分からないが詩乃と僧正坊。

 この二人ならばおねだりをすれば十中八九動いてくれるはずだ。


「ってなわけで三人にはチアダンスをやってもらいます」

「体操服に着替えた方が良い? それとも制服のまま?」

「好きにすれば良いよ。ああ、必要な物があるなら俺が変化で用立てるからさ」


 男のスケベ心を掴むために何が必要なのか。

 まずは自分たちで考えねば成長は望めない。

 威吹の突き放した物言いに三人は頭を悩ませているようだが……。


「えっと、じゃあお願いして良いかしら?」


 リーダーである一葉が最初に手を挙げた。


「OK。欲しいのは衣装かな? それならイメージを読み取って変化させるから、手を」

「う、うん……今更だけど何でもありね」


 一葉の手を握り彼女が思い描いたイメージそのままに服装を変化させる。


「……」

「あ、あの……無言が怖いんだけど……」


 臍や腋を大きく出し、スカートの丈も短い露出多めのチアコスチューム。

 流石に下着を見せるのは恥ずかしいのか、

 スカートの下は一分丈のスパッツだが……まあ、セクシーな出で立ちではある。


「いやいや、何でもないよ。二人はどうする?」

「じゃあ、一葉と同じので……」

「お願いします」


 頷き、二人の服装も一葉のそれと同じものに変える。

 この時点で言いたいことはあったが、威吹は敢えて何も言わず三人と無音を伴い中庭へと向かった。


「あ、あのー……狗藤くん、僕らは何をすれば良いのかな?」

「そう怯えなくて良いよ。何度も言うようだけど難しいことじゃない。ちょっと感想を聞きたいんだ」


 言って威吹は黒髪ショートカットの日に焼けた肌が特徴的な、

 胸もお尻も小さい全体的にキュッと引き締まった印象を受けるボーイッシュな少女に変化する。

 服装は三人と同じチアコスチューム。

 しかし、臍こそ出てるが全体的な露出は劣るし、スパッツの丈も膝上まである。


 ちなみに顔立ちは特別美少女! というわけではない。

 精々、クラスに数人は居るそこそこ可愛いぐらいの女の子と言った具合か。

 突然のことに男子らはポカーンとしているが、威吹は構わず続ける。


「これから君らには俺とこの三人のダンスを見てもらう。

どっちがエロかったか。忌憚のない意見を聞かせて欲しい」


 困惑の色が更に大きくなる。

 しかし、命の危険がないことは理解したのだろう。

 男子生徒らは、はあと戸惑いつつも頷いた。


「よく分からないけど……狗藤はともかく……なあ?」

「うん、割と役得かも。三人、結構可愛いし」


 滲む下心。やはり彼らもお年頃ということだろう。


「じゃあ、早速始めよう。三人からどうぞ。あ、そうそう。時間は五分ね」


 コクリと頷き、三人は声を張り上げながら踊り始めた。

 最初に示したテーマであるエロさ。

 そこを主眼に置いて自分たちなりに男が興奮するような踊りをしているようだが……。


「……うーん?」


 他の男子生徒らはニヤニヤしながら踊りを眺めているが、流石はプロ。

 無音だけは難しい顔で首を捻っている。

 そして、その表情は終始変わることはなかった。


「あ~^良いっすね~^」

「良いもん見られた」

「ほんのり恥ずかしそうなのがまた……」

「おっと、そこまでだ。感想は俺のが終わった後にしてくれ」


 威吹の言葉に男子生徒らは、頬を引き攣らせる。


「いや、中身男だって知ってるし……」

「正確にはヤバイ男だな」

「勝負にならないでしょ」


 妥当な意見だ。

 普通なら反論の余地はない。

 だが、威吹には自負がある。一番近くで詩乃を見続けて来たという自負が。


「まあ見てなよ」


 ひらひらと手を振り、三人と入れ替わりで男子生徒らの前に立つ。

 そして小さく息を吸い、弾けるような笑顔と共に威吹は踊り始めた。


「GO! GO! GO FOR IT!!」


 声を張り上げ、身体全体をフルに使い跳んで回って、笑う。

 色気よりも躍動感を押し出しているように思うかもしれないが……違う。

 威吹は男たちの欲情を掻き立てるという芯をブレさせてはいない。


「……――この勝負、見えたね」


 無音が訳知り顔で頷くのが視界の隅に見えた。

 流石はプロ。感性がものを言う世界で生きてきただけはある。

 彼は威吹が何を考えているのか、何を伝えたいのかを理解したようだ。


 そしてキッカリ五分後――――


「う、うぅ……嘘だ……嘘だ……」

「こ、こんな……こんな……!」

「俺は……俺は……母さん、俺……俺……!!」


 死屍累累。

 男子生徒らは軒並み両手を突いて項垂れていた。


「じゃ、裁定を聞こうか」

「……いや、聞くまでもないじゃん。流石の私らでも分かるわよ」

「でも、どうしてそうなったかは分かってないでしょ?」

「それは……」


 当然だ。

 今回は三人へのアピールは度外視。

 男たちだけに向けてのものだったのだから理解が及ばないのは仕方ない。


「三人の方がエロかったと思う人、手ー挙げて」


 シーン、と静まり返る。

 無音を含む男子生徒十五名は誰一人として挙手しなかった。


「俺の方がエロかったと思う人」


 今度は全員の手が挙がる。

 まあ、無音以外は男に欲情したことを認めたくないのか苦い顔をしているが。


「じゃあ、感想を聞かせてもらおうか」

「……いや、佐藤らがエロくなかったわけじゃないんだよ」

「うん、自分で言うのも何だけど俺ら結構だらしない顔で見てたと思うぜ」

「ちらちら見える太股とか、胸が揺れるのも……ぶっちゃけ普通に興奮した」

「臍とか腋も良かったよな」


 でも、と一人の男子生徒が首を傾げる。


「狗藤のを見た後だと……何だろ……雑な感じがして……」

「そう、それ。安っぽいって言うのかな」

「こう言うのが好きなんだろ? ってテキトーにお出しされた感がある」


 ここまで言われれば三人も気付いたらしく、その顔に苦味が混ざり始める。


「ようは画一的なんだよね。

露出多いのが好きなんでしょ? スカートがヒラヒラしてたら興奮するでしょ? 胸を強調すれば見ちゃうでしょ?

そんな分かり易い色気の出し方をしてたせいで三人には個性がないんだよね、個性が」


 男子生徒の言葉を引き継ぐように無音がプロの視点で明確な欠点を言葉にする。


「対して威吹は違う。こっちは逆に個性を前面に押し出してる。

自分が作り上げた女の子の見た目と、そこから受ける印象を計算しての振る舞いだ。

今回のコンセプトを雑に説明するなら健康的なエロス。

或いは女の子らしくない子がふと見せた、予想外の色気――みたいな感じ?」


 概ねそんな感じだと威吹は頷く。


「無音が言いたいことを全部言ってくれたけど……課題は理解した?」

「「「はい……」」」


 アイドルとは特別な存在だ。特別だからアイドルなのだ。

 世に広く浸透しているようなやり方をなぞるだけで特別になれるのか? なれるはずがない。

 勿論、普遍化したそれを知ることも大事だがそれだけではいけない。

 個性だ。個性とその個性を十全に輝かせられるやり方を常に問い続ける。

 それが出来る者をこそ偶像アイドルと呼ぶのだ。


「返事が小さい!」

「「「はい!!!!」」」


 などと熱血している威吹らだが……。


「……ところで、これってそもそもどういう状況なの?」

「全然話に着いて行けないんですけど」

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