第1話 Flower Language of Mimosa後編②
それからというもの、ミモザは、孤児院を訪れるエニフと話したり、エニフの家をしこたま訪れては、ある事無いことを話すようになった。ある時には、ミモザが駆けてきたかと思うとエニフにこう言った。
「エニフさん、自由研究手伝って!」
エニフは即答。
「自分でやれよ!……あといつも俺の事ばかりエニフさんエニフさんと呼んで。もう少し敬いなさい」
「じゃあおじさん!」
「俺はおじさんじゃない!」
こんな日もあった。
「大人になりたい。イングランドの旗に書いてある、あのライオンみたいに強くなりたいんだ」と言うミモザに対し、エニフは言い聞かせるようにこう呟く。
「大きくなったからって、それが君にとって良いのかは分からないんだよ」
「俺も毎日悩んでいる。大きくなって良いのかね」
そうしてミモザはエニフと話す事で、いつしか知らず知らずのうちに、エニフから影響を受けていった。
自分の名前も、プラネタリウムを見せてもらった“あの日”を境に『アクルックス』と名乗るようになった。
「俺、アクルックスって名前にする」
「はあ?」
その事を次の日の朝に知らされたリゲルは、目をまん丸にして驚いた。
「アクルックス?」
「うん」
「何でまたそんな」
「いいだろ?格好良い名前で!」
「全くお前は……」
しかし数日経ってその理由を聞かされ、リゲルはまあそれもこいつの持ち味だろうと、その名前を肯定するようになった。そしていつしかその名前が孤児院でようやく浸透し出し、最初はミモザと呼んでいたシスターも、渋々ながらアクルックスの気持ちを優先し、それを認めるようにした。
そんなある日、孤児院に住む年長組の児童達に「進路面談」が訪れた。
これは、孤児院で育てられた児童達が行く道に迷わないように、これから先自分達がどのような進路を辿るのか、一人一人、シスター達と面談して話し合うものである。この年には、アクルックスもその面談の対象に入っていた。
「ミス・アクルックス、貴方はこれから、何になりたいですか?」
シスターに問われ、アクルックスはつい最近、固く決意し始めた事を宣言した。
「俺は……」
「俺は、エニフさんのような剣士になりたいと思います」
シスターはアクルックスのその発言にひどく驚いた。
人工人間は通常、貧困層同様の扱いを受けるか、また、よく出世したと言われても
「俺、剣士になりたいんです!」
アクルックスは続けて言う。
「バカを言うんじゃありません!」
「人工人間は、どの道剣士なんて出来ないんですよ!大体、何故そんな命を削るような剣士になりたいんです?名前を変えるなんて我儘を言った後は、またそんな困らせる事を言うんですか?」
「それでも俺、剣士になりたいんです。確かに命を削るのは本当かも知れないけれど、それでも、やっぱり格好良いと思ったから。だから俺は、国王軍のエニフさんのような、人を守れる人になりたいんです」
シスターはため息をつく。
「アクルックス、気持ちは分かるけど……そうね、リゲルのような人だったら、まず色々な心配が無くて済むでしょうけど、あなたには……」
「はい、リゲルも剣士になりたいと聞きました。リゲルに出来るのなら、私も出来るまでやります!」
「アクルックス……」
シスター達は困り果て、少しの間相談をした。その結果、アクルックスがしきりに名前を出しているエニフにここへ来て話してもらい、説得しようという試みになった。
呼び出されたエニフにシスター達は言う。
「ミスター・エニフ、貴方のせいで、うちの孤児院のミモザ、いえアクルックスが、人工人間なのに剣士になりたいと言って聞かないんです。あなたは、人工人間がどのような階級なのかは、もちろんご存知でいらっしゃいわすわね?話を聞くと、どうやらエニフさん、貴方の話がアクルックスは気になって、ずっと剣士になりたいと考えているらしいのですが」
普段アクルックスにそんな表情を見せられた事の無いエニフには寝耳に水だった。エニフは少し驚きアクルックスに確認する。
「そ……れは……。アクルックス、聞くぞ?本当に剣士になりたいのか?」
アクルックスは普段通りエニフの目を見て「うん」とこくりと頷く。
エニフは、自分が起こした事ながら、空いた口が少しの間塞がらなかった。
それでも、アクルックスの小さな勇気を感じ取り、エニフはそれを受け止めて話した。
「……だそうです。私も全く知らされていなかったのですが、彼は恐らく、剣士になりたいと言って聞かないでしょう」
その言葉に、シスター達は言う。
「ミスター・エニフ、どうか、剣士の辛い話でもして、諦めさせてやって下さいませんか」
「それはどうかと……」
「ここの孤児院の児童ではありませんが、リゲルのような人ならば、まだ剣士としての道は開けるでしょう。しかし人工人間では、そんな事出来る訳ではありません」
「それはアクルックス自身にしか分からない事ではありませんか?それを言ってしまったら、彼は自信を無くしますよ」
この言葉を聞きシスターは、エニフにアクルックスを止める気がないと悟り、ため息を一つ吐いてこう言い放った。
「はっきり言いましょう。エニフさん、貴方の所為で、アクルックスが人工人間なのに剣士になりたいなんて言っています。どういう事ですか?アクルックスはただでさえ人工人間で、その上馬鹿なのに……申し訳ありませんが、もうこれ以上アクルックスと合わないで頂けますか?人工人間に対し悪影響です!」
それはアクルックスも初めて聞く、シスター達の突き刺すような言葉だった。その言葉にアクルックスは知らず知らずのうちに絶望し下を下を向いて、もう、どこを向くことも出来なかった。
その谷底のような場所に、突然、声が降ってきた。
アクルックスは初めその声を聞く事が出来なかったが、段々とその声は、アクルックスの関係ない所から降ってくるように聞こえてきた。
「シスター、申し訳ありません。お言葉ですが」
エニフの声だった。
「アクルックスの目の前で、そんな鋭い言葉を放つのはどうかと、私は思います」
アクルックスはエニフのいるだろう場所へ思わず顔を向ける。
「この際言わせて頂きますが」
そしてエニフは、怒りの目を向け、怒っているが、静かに落ち着きこう言った。
「彼は、馬鹿でも、剣士じゃ無い訳でもありません。彼は剣士です」
アクルックスは、ただただ驚いた。
こんなにはっきりした言葉を、人生の中で聞くとは。
アクルックスは生まれて初めての新鮮な気持ちを、この時感じたのである。
その後何も言えなくなったシスター達に、半ば追い出されて返されたアクルックス。横にはエニフが歩く。
最初は何も会話しなかった二人だが、それも少し耐えられなくなり、まず、アクルックスが最初に口火を切った。
ぽつりとエニフに呟く。
「エニフさん、俺本当にあんな事言って良かったの?」
エニフは横を向いたまま、アクルックスに言う。
「まあ、お前が、自分で決めた事なら、良いんじゃないか?」
それを聞きアクルックスに笑顔が戻り、ニコニコと笑った。
「ありがとエニフさん」
最初はそっぽを向いていたエニフも、アクルックスに微笑みで返す。
アクルックスは唐突に、照れ隠しなのかエニフへねだる。
「ね、エニフさん!これからどっか散歩しない?」
「え?」
いつの間にか隣同士で歩く、二人。
この後に、更なる問題が待っていようとは、二人は予想もしなかった。
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