第十話 D
二人でデートという話は、いったいどこへいったのか。結局、俺たち四人はゲーセンで遊び倒した。
そして気がつけば夜になり、俺たちはファーストフード店でポテトをつまんでいた。……そう、ポテトだけを。
「ひもじいよぉ……。バーガーも食べたいよぉ……」
「チッ、テメェがクレーンゲームに全員分の有り金を突っ込んだからだろうが」
「……だって、欲しかったんだもん」
そう言いながら、香苗は巨大な電気ネズミのぬいぐるみを抱きしめた。実に幸せそうな様子であるが、その電気ネズミは俺の財布から三千円を、
「おまえは被害額が百円で済んでるんだから、まだいいだろうが。俺なんか二千円だぞっ!?」
おい新一、それを言ったら俺は三千円だぞ。
「テメェに、あの百円の重みが分かるもんかよ! あの百円はなぁ……母ちゃんの肩を叩いて、小遣いとしてもらった百円なんだぜっ!?」
「小学生か」
「うるせぇ! 高校生だよ!」
俺の突っ込みに対して、省吾がキレ気味に返してくる。
「落ち着け省吾。またアレで一稼ぎしに行こうぜ」
省吾を落ち着かせるように、新一が肩に手を置いた。
「ああ、アレか。……テメェも
「アレってなーに?」
「ガキにゃ、まだ早ぇ」
香苗の疑問を省吾が一蹴する。
「ちょっと! 誰がガキよぉ! 省吾なんか童貞のくせにぃ!」
子供扱いに腹を立てた香苗が、店内全体に聞こえるような大声で叫んだ。受付に立っている店員が吹き出したのが見えた。
「テメェぶっ殺すぞ!? 店内の皆様に俺がDであることをお知らせしてんじゃねぇよ!?」
省吾は自分が童貞だと宣言することに抵抗があるのか、謎のぼかし方をしていた。
「気にするな省吾! 俺もDさ!」
新一が省吾にウインクをして、グッと親指を立てて見せた。
「……へへ、やっぱり持つべきものは友だな!」
二人が熱い握手を交わす。
「
省吾がニッと笑って、手を差し伸べてくる。
なんだDの一族って。海賊か?
「あー、いや、俺は……」
ここに香苗がいなければ話を合わせることもできるんだが。
「残念でした! 暁は――むぐっ!?」
爆弾を投下しようとした香苗の口に、ポテトを無理矢理詰め込んで黙らせた。
このタイミングで何言おうとしてんだ、こいつ!?
「あ、暁……テメェ、まさかDじゃねぇのか……!?」
しかし省吾も察してしまったようで、信じられないものを見るような目で俺を見てきた。
「……あー、まあ。そういうことだ」
最早言い逃れもできまい。俺は諦めて白状することにした。相手が香苗だと知られなかっただけ良しとしておく。
「うおおおォォォッッッ! Dを捨てるときは暁と一緒に大人のお店でって考えてたのにィィィッッッ!?」
省吾が発狂して頭を掻きむしった。……いや、その意味不明なシチュはなんだよ。
「落ち着け省吾! 俺のは、その……事故みたいなものだから。えーと、だから俺も実質Dさ!」
省吾を落ち着かせるためとはいえ、我ながら何を言っているのか意味不明だった。
「事故ぉ……?」
隣にいる香苗がジト目で睨んでくる。
……き、気まずい。
「何だよ実質Dって! 誇り高きDの一族をナメてんじゃねぇよ!」
そして正面の省吾からは怒声を浴びせられた。
――――助けてくれ、新一!
俺のすがるような視線に気がついた新一が、まかせろと言わんばかりに笑った。
「おまえたち、いい加減にしないか! Dかどうかなんて些細なことだろう!? 俺たちは不登校部という固い絆で結ばれている! 違うか、省吾!?」
「お、おう……そうだな……」
新一の謎の迫力に気圧され、省吾が頷いた。
「でもさ、そう言う部長も童貞なんでしょ?」
これでやっと話は終わるかと思ったが、空気を読まない香苗が再び話を振り出しに戻そうとする。
「ああ、それでいて仮性包茎さ! それがどうかしたか?」
とてもいい笑顔で、新一は親指を立てた。
「あ、いや。う、うん……」
聞かれてもいない下半身事情まで言い出した新一に、香苗は若干引いてしまう。そして、それ以上は何も言えないようだった。
だが、結果として見事に二人を大人しくさせた。流石は我らが部長である。
「ところで。さっきアレで稼ぐって言ってたけど、アレって何なんだ?」
話が落ち着いたところで、俺は新一に質問をした。
すっかりDの話で流れてしまっていたが、儲け話なら一枚噛んでおきたいところだ。
「ああ、昆虫採集さ。この町には山があるだろ? そこで珍しい昆虫を採るのさ」
「それが金になるのか?」
「俺の知り合いに昆虫マニアの爺さんがいてな。その人が、結構いい値段で買い取ってくれるのさ。俺と省吾は毎年バイト代わりにやってるぜ。今回は、おまえも来るか?」
「ああ、行ってみたいな」
金を稼げるというのも魅力的な話だが、それ以上にこいつらと山で遊ぶというのが面白そうだ。
「えー! あたしも! あたしも行きたい!」
「ガキにゃ早ぇっつっただろうが」
香苗が挙手するが、省吾が即座に却下した。
「ただ虫を採るだけでしょ? 関係ないじゃん!」
「香苗、今回はやめとけ。蛇や蜂に襲われることもあるし、熊に出会う危険だってある」
新一の言葉に、香苗はなおも食い下がる。
「暁が守ってくれるもん!」
「……おい、熊は流石に無理だっての」
「だって、あたしだけ仲間外れは……やだもん……」
落ち込んだ香苗の声に、それ以上は誰も何も言えなくなってしまう。
「……ったく、仕方のない奴だな。分かった。おまえも連れてってやるよ」
「……ほんと? やったぁ!」
新一がやれやれとため息を吐きながら承諾したが、省吾は納得できない様子だった。
「おい、ほんとにいいのかよ? こいつがマムシに噛まれでもしたらどうすんだよ」
「なに、そのときは俺たちが守ってやりゃいいのさ。それとも何だ、省吾。おまえは女一人すら守れないのか? その体は何のために鍛えてきたんだ?」
「少なくともこのガキを守るためじゃねぇよ! ……ちっ、だが、テメェが言うなら仕方ねぇか……」
「なんだ、意外とすぐに納得したな?」
てっきりもっと文句を言うかと思っていたので、俺は拍子抜けした。
「……こいつとはガキのころからの付き合いなんだけどよ、こいつの言うことに歯向かったら大抵ロクなことになんねぇんだ。マジで忌々しいぜ、クソ」
薄々、そうじゃないかとは思っていた。やはり、この二人は付き合いが長いのか。
それから俺たちは四人で山遊びの計画を練っていると、あっという間に時間が過ぎていく。そして気がつくと、もう閉店三十分前となっていた。
「……そろそろ帰るか」
「そう焦るな暁。夜はこれからだぜ?」
席を立とうとする俺を、新一が制止する。
「いや、もう店は閉まるぞ」
「ポテトだけで閉店まで粘ったら伝説だとは思わないか? 一緒に伝説を作ろうぜ!」
「思わねぇし、作らねぇ」
そんな下らないやり取りをしていると。
「もう、こんな遅い時間に呼び出して……」
――――それは、聞き覚えのある声だった。
声がした方を見ると、俺たちと同年代の男女が二人で店へと入ってきていた。
男の方には見覚えがあるような、ないような……学校に通っていたころ、クラスにあんな奴がいたような気もする。
女の方は――――もう既に声で分かっていたが、楓だった。
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