プロローグ
天窓で丸くくり
今日という一日はルーティエ・フロレラーラにとって、
真っ白な
ヴェール
白と青、ルーティエが好きな色で作られた
もっとも
ブーケ越しに視界へと入ってくるのは、この晴れ
繊細で落ち着いた
我がことのように喜んでくれている貴族や高官といった参列者の人々、そしてここにはいないが、連日お祭り
「ルー」
すぐ
「レイ」
にっこりと笑って名を呼べば、隣に立つ白いタキシードに身を包んだ長身の相手、レイノールは、
心から自分を愛してくれていることを感じさせる彼の笑顔に、ルーティエの胸には一層幸せな気持ちが
半年ほど前、彼に好きだと、結婚して欲しいと言われたとき、ルーティエはすぐには返事をすることができなかった。レイノールのことが
特に弟のイネースは、レイノールと結婚することを当人であるルーティエよりも喜んでくれた。レイノールだったら大切な姉を絶対に幸せにしてくれる、安心して任せることができると、
そうしてルーティエはレイノールとの結婚を決めた。最初は
今日から、レイノールはルーティエの新しい家族になる。不安や戸惑いも確かにあったが、それ以上の喜びに満たされていた。家族や
「では、この国、フロレラーラ王国を守護する花の
フロレラーラ王国での結婚式の際に使われる口上を、祭壇の前に立つ神父が
「はい、誓います」
神父の視線がレイノールからルーティエへと移動する。ブーケを
「妻となる者、フロレラーラ王国第一王女、ルーティエ・フロレラーラ。汝は夫となる者を愛し、慈しみ、共に人生という名の美しい花を咲かせていくことを女神に誓いますか?」
はい、誓いますと頷こうとして、けれど、意思とは反対に体は動かず、声も
どうしてと、声にならない疑問が頭の中を
だが、本当にそうだろうか。不安など
何かを、
ぐるぐると頭の中を
大丈夫、緊張しているだけだ。変なことを考える必要などない。頭の中で自分にそう言い聞かせたルーティエは、胸の奥底に
「はい、誓い──」
誓います。そう告げようとしたルーティエの声は、本心と裏腹に最後まできちんと紡がれることはなかった。二度と、そして永遠に。
大きな音を立てて、閉められていた教会の扉が外から開け放たれる。祭壇に向けられていた視線が、一気に音の発生源へと移る。ルーティエもまた、半開きだった口を閉じて扉へと顔を向けた。
扉を開けて入ってきたのは、フロレラーラ王国の
遠目だが、険しい顔をした騎士は全身に
「一体何の騒ぎだ? その怪我はどうしたんだ?」
床に倒れ込んだ騎士に誰よりも早く近付いた国王は、神聖な教会の結婚式を
「突然、国境に
がくりと、騎士の体が床に
黒い
大勢の兵士があっという間に教会の中に
「フロレラーラ王国は、今この瞬間をもってオルガ帝国の属領となった。今後はオルガ帝国皇帝、サーディス・エリシャ・ケト・オルガ様がこの国を支配する」
武装した兵士の一人が高らかに告げた言葉に、教会の中に大きなざわめきが発生する。そんな
父や兄、弟の声が遠くから聞こえる。参列者の悲鳴と
「ルー、早くこっちに!」
不意に横から
「レイノール王子、すぐにこの国から
「急いでください。オルガ帝国にあなた様が
「わかっている。だが、ここにいる人たちを
「残念ですが、ルーティエ様のことは
きっぱりと告げた騎士に言い返そうとしたレイノールを、騎士たちは「失礼します」と半ば
──絶対に、何があっても絶対に、俺が君のことを助ける。この国のことを、絶対に救ってみせるから。
声にならなかった言葉。返事をすることも、頷き返すこともできず、レイノールは騎士たちに引きずられ、
「姉様! ルー姉様!」
耳に飛び込んできたイネースの叫び声に、レイノールが消えた方向を見つめていたルーティエははっと意識を取り
両親の姿は見えなかったものの、どうやら教会の中で暴力が振るわれている気配はない。兵士たちはみな武装しているが、この場にいる人間をできるだけ
あのとき神父の問いかけにすぐさま「誓います」と頷いていれば、この先の人生は
逃げるという
ルーティエのすぐ
「……どうか抵抗しないでください、ルーティエ第一王女。素直に従っていただければ、あなたも、そしてあなたのご家族も傷つけることはいたしませんから」
レイノールよりは
「この国の民のためにも、今もこの先も
ステンドグラスから照らされた光で、黒いローブを
何か言おうとルーティエが口を開いた直後、強い風が教会内を
目に飛び込んできたのは、白い仮面だ。
顔の上半分、目元を完全に隠した異様な姿にぎょっとして、けれどルーティエの半開きの口から悲鳴が出ることはなかった。
細い
いや、きっと気のせいだ。
いつの間にかルーティエの手の中から落ちていたブーケは、逃げまどう人々に
こうしてルーティエ・フロレラーラの一度目の結婚式は、最悪な形で幕を閉じる。
そして、この一週間後、人生で二度目となる結婚式を行うことになるなど、このときのルーティエには想像すらできなかった。できるはずもなかった。
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