15_その後の話と続く未来
S-6086を脱出してから数ヶ月後。
あの後、S-6086に隣接する幾つかの町で同じようなビラが出回り、その中のいくつかの町では騒ぎが起きたと風の噂に聞いたものの、思ったほど大きな騒ぎにはならなかった。
管理局は依然として町の管理を続け、楽園が無くなったという話も聞かなかった。
しかし、あの日以降、楽園の招待状が届いたという話も聞くことはなかった。
修理屋に『仮称楽園計画』の役人が来る気配も今のところない。
「
修理屋のキッチンでスピカがポツリと呟く。
あの後、
S-6086に戻るわけにもいかず、そうなると他に思いつくような場所はなかった。
「アイツのことだ。どっかで生きてるだろうよ」
そう言って頭上をくるくると回るカノープスをスピカは黙って見上げる。
『バイバイ、昴』
そう言った時の南斗の暗く虚ろな目が忘れられなかった。
南斗の目は何も映さず、何も見ようとしていなかった。
あの最後の言葉の本当の意味はもしかして……
「って言うか、俺を踏んづけた詫びはきっちりさせてやらないとな!」
カノープスは麻袋の中で尻尾の部分がポッキリと折れていた。
とはいえ、綺麗に折れていたこと、折れていたのは重要な装置のない尻尾部分だったことで、修理が可能だった。
わざとだったのか、たまたまなのか、南斗の本心はわからないままだ。
「そうですね」
ポフンッ
うなずいたスピカの言葉に被さるように作業場から気の抜けた音が響いてくる。
聞き飽きたその音にスピカとカノープスはため息をつきながら作業場に向かう。
「今度はどんな失敗を」
作業場に足を踏み入れたスピカは目の前の光景に絶句した。
白煙にけぶる作業場には様々な道具が飛び散っている。
「こりゃまた派手にやったな」
「てへっ」
呆れたカノープスの声に白煙のど真ん中に立つ博士が、へらりと笑って小首を傾げている。
ブチッ
カノープスは隣から聴こえた物騒な音にすかさず距離をとる。
「実験は外でやれと何回言ったらわかるんですか!」
「ひぇっ」
直後に響き渡ったスピカの怒声に博士が飛び上がる。
話は少し前に遡る。
P-2768に戻り修理屋に帰ったスピカはまず博士をベッドに連れていった。
そのあと、カノープスの修理をするために作業場で麻袋の中身を確認すると、一緒にあったのだ。金色の流れ星が。
てっきり南斗たちが持ち去ったものと思っていたスピカは目を丸くした。
それから数日後。
体調も回復しつつあった博士が楽園製造機に金色の流れ星を嵌め込んだ。
結果は成功だった。のだが。
「ちっさ……」
できた空間は手のひら二枚分。
人ひとりどころか猫一匹も難しいくらいのものだった。
金色の流れ星が小さすぎたのか、内包する力が弱いのか、その両方なのか。
ともかく地上を奪還するほど大きな空間を作るには、手元にある金色の流れ星では力不足もいいところだった。
以来、博士は金色の流れ星からより多くの力を引き出そうと、あれやこれやと実験を繰り返しているのだが、今のところ悉く失敗しては作業場を散らかしスピカを怒らせていた。
そして、話は今に戻る。
「なぁ、俺たちがいる場所が楽園なんだろ? もう楽園製造機はよくねぇか?」
スピカに怒鳴られシュンとしながら散らかった道具を拾う博士にカノープスが声をかける。
ちなみにスピカはそんな博士を仁王立ちで睨みつけたままだ。
「いや、僕は今度こそ誰もが幸せになれる楽園を作らないといけないんだ。それが僕が彼らのためにできる唯一のことだから」
道具を拾う手を止めずに博士はそう言い切った。
カノープスもスピカも『彼ら』が誰かとは聞かなかった。
何も言わない代わりにスピカは足元に転がっていたスパナを拾う。
「後は私とカノープスで片付けておきます。博士はさっさとシャワーを浴びて、頼まれている修理を済ませてください」
「スピカ……」
驚いた顔をする博士にスピカは続ける。
「わかってますか? 働かないとお金が入りません。お金がなければ食べることもできない。食べないと困るのは博士なんですよ! 何度も言っているでしょう!」
「ひぇっ……ねぇ、僕、今、結構いいこと言ったよね? なんか帰ってきてから、僕の扱いが更に酷くなってない?」
スピカの剣幕に首をすくめながら、博士はカノープスにこっそり愚痴をこぼす。
そんな博士にカノープスがたずねる。
「あれ? 言ってなかったか? 俺たちが博士を探した理由」
「えっ? 聞いてないけど」
キョトンとする博士に笑いを含んだ声でカノープスが答える。
「カッコつけの誰かさんに一言文句を言ってやるためだよ」
「何それ」
あ然とする博士にふたたびスピカの怒声が飛ぶ。
「さっさとシャワー浴びてきなさい! 今まで休んでいた分、修理の依頼は立て込んでいるんです。働かないと今夜こそ、ノーマル味のリキッドですよ!」
「は〜い、わかりましたぁ」
情けない声をあげて作業場をでていく博士の顔は、なぜか少し嬉しそうだった。
そして、それを見送るスピカの顔も。
そんな二人を眺めながらカノープスが、さて片付けるか、と呟いた。
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