13_真実の天秤と作戦成功

「さぁ、到着だ。これが『真実の天秤』さ」

「これが……」

 動く小部屋の扉が開いた先の光景にすばるが息をのむ。


 そこには大人ほどの高さの大きな黄金の天秤が漆黒の台座の上に鎮座していた。

右には見覚えのある鴇色の鉱石が、左にはぼんやりと光るガスのようなものが丸く渦巻いている。

青とも緑ともつかないそのガスと鉱石、どう考えても釣り合わなそうな二つは、それでも並行を保っている。


「右側は昴も見たことがあるだろう?」

 その言葉に昴がハッとして博士を見る。


「やっぱりあれは鴇色の流れ星」

 人の夢を集める流れ星。

南斗たち多くの人を苦しめたあの流れ星がそこにはあった。


「そう、鴇色の流れ星で人々の思いを吸い取って原動力にしているのさ。そして左にあるのが楽園」

「えっ?」

「この天秤が傾かないように今も多くの人が犠牲になっている」

雨夜あまいさんも……」

 昴の言葉に博士が無言でうなずく。

真実の天秤を睨みつける博士の目はずっと一緒にいた昴が見たこともないくらい強く真剣なものだった。


「さあ、終わりにしよう。これは開けてはいけないパンドラの箱だったんだ」

 そう言って博士は背中に隠した小銃を構える。

と、その背後に一人の男が迫る。


「困りますね。カーネリアン博士」

「ジャスパー!」

 振り返った昴は声の主を睨みつける。


 忘れるはずがない。

自分たちから博士を奪い、トンボに怪我をさせた男。

『仮称楽園計画』地下管理部所属、ジャスパー。

ジャスパーはあの時と同じシルバーの短銃を今度は博士の背中に向けて立っていた。


「地下管理部所属のお前がどうしてここに! 楽園府の人間以外は出入りを禁じていたはず」

 博士も驚きの目でジャスパーを見つめる。


「お忘れですか? ここは地下です。地下は私たち地下管理部の領域。貴女がたが思うよりずっと融通が利くんですよ」

 ジャスパーは微笑みを浮かべて博士の言葉に答える。


「なんと美しい。これが真実の天秤。実物を目にすることができるとは至上の幸せ。カーネリアン博士、貴女はやはり天才です」

「博士! 急いで!」

 真実の天秤をうっとりと見つめたジャスパーの一瞬の隙をついて、昴が体当たりをする。

しかし、軽くよろめいたものの、昴程度の体当たりではほとんど効果はなく、ジャスパーすぐに体勢を立て直してしまう。


「このクソガキが!」

 そう叫ぶとジャスパーの短銃が昴を捉えた。


「ジャスパー、これが美しいなんて君の目はどうかしているよ!」

 博士はジャスパーにそう声をかけると、小銃を真実の天秤に向けて構え直す。


「カーネリアン博士、馬鹿な真似はやめなさい!」

 その姿を見てジャスパーが慌てて小銃を構え直す。

でも、その一瞬の間を博士は逃さなかった。


「失礼な! 僕は美貌の天才博士さっ!」

 そう叫んで博士が小銃の引き金を引く。


 パシュッ

小銃から放たれた眩い白銀のレーザーが真実の天秤のど真ん中を貫く。


 一瞬の空白の後。

レーザーの貫いた部分を中心に真実の天秤に無数の亀裂が走る。

そして。


 パァンッ

風船が割れるような軽い音とともに真実の天秤が粉々に吹き飛んだ。


「あぁ! なんてことを!」

「昴! シグナルを!」

 砕け散った真実の天秤を前に呆然とするジャスパーを尻目に博士が叫ぶ。

その声に弾かれるように昴がトンボにシグナルを送る。


「送りました!」

「よし! 扉まで走って!」

「はっ! 待て! 逃がすか!」

 走り出した博士と昴に向かって、我に返ったジャスパーが短銃の引き金を引く。

しかし、一瞬早く動く小部屋に戻った博士たちにレーザーは届かず、扉を焦がしただけだった。


「カーネリアン! 覚えていろ! 絶対に逃さないからな!」


「うわぁ、悪役って、覚えてろ〜、って本当に言うんだね」

 扉が閉まり、下に移動を始めた小部屋の中で博士が感心したように呟く。


「馬鹿なこと言ってないで、敵に備えてください。扉が開いたら敵だらけですよ」

 そう言って昴も短銃を構える。


「あれ? その銃ってもしかして」

「博士の部屋にあったものをお借りしました」

「えぇっ! うら若き乙女の部屋を調べたの? プライバシーの侵害だぁ!」

「うるさい! さっさと小銃を構えろ!」

 博士の言葉に昴のこめかみに青筋が浮かぶ。


「はいはい」

 昴の言葉に博士も小銃を構える。


「ねぇ、昴。みんなで帰ろうね」

 ポツリとこぼれた博士の言葉に昴が博士を見つめる。

博士は扉を睨みつけていた。


「当たり前でしょ!」

「うん。行くよ!」

 博士の声とともに扉が開く。

昴の予想通り、そこにはジャスパーから指示を受けた地下管理部と管理局の人間が溢れていた。


 できる限り怪我をさせないように、天井や柱を倒したり、足元を狙いながら、出口までの数メートルを駆け抜ける。


「「うわぁっ!」」

 なんとか出口を抜けた瞬間、博士と昴は茂みに引き摺り込まれる。


「このっ!」

「待って! 待って! 僕です! 風雪かざゆき!」

 短銃で殴りかかろうとした昴を見覚えのある顔が慌てて止める。


「風雪さん! どうして」

「しっ!」

 声を上げかけた昴の口を風雪が抑える。

そんな三人に気が付かずに追手が門に向かって走っていく。


「お宝は手に入れました。さぁ、作業場に戻りましょう」

 そう言うと風雪は門とは逆方向に向かって歩きだした。

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