銀髪アンドロイドはスクーターで地下世界をひた走る~彼女はトンボ型ドローンを相棒に旅にでた。消えた博士に一言文句を言うために~

蜜蜂

第一章 導く流れ星

1_博士と銀髪のアンドロイド

「先生、ありがとうございます!」

裸電球が照らす古ぼけた診療所で、母親はまだ幼い息子を抱き締め、涙を零して目の前の女性に深々と頭を下げた。


「先生、これを」


 母親の隣に立つ父親が同じように頭を下げた後で、ボロボロの麻袋を差し出す。

その手はオイルで黒ずみ、ひび割れていて、彼の職業の過酷さを物語っていた。


 先生と呼ばれた女性は麻袋を受け取ると、中から金貨を一枚抜き取り、残りを父親に差し出す。


「えっ?」

「僕にはこれで十分だよ。それより、このお金で何か栄養のつくものを買いなさい」


 差し出された麻袋に目を丸くして、受け取っていいのものか戸惑う父親に女性は笑顔で続ける。

「そして、子どもだけじゃなくて、君たちも食べること! 君たちが倒れてしまったら、元も子もないんだからね」


「「ありがとうございます!ありがとうございます!」」

子供の両親は何度も頭を下げて、診療所を後にしていった。


「博士、あなたは馬鹿なんですか?」

満足そうに笑顔を浮かべて彼らを見送る女性に一人の少女が呆れた声をあげた。


 年の頃は十四、五歳だろうか。

腰まで届く長い銀髪を低い位置で一つに纏め、同じく銀色の大きな目をした小柄な少女は、その愛くるしい容貌に似合わない冷ややかな表情で女性を睨み付けている。


「スピカ、診察室では先生って呼んでって言ってるじゃん。ドクターでもいいよ。あっ、むしろドクターの方が名医っぽくない?」

冷ややかなスピカの目を無視して、博士と呼ばれた女性がいいことを思いついたと言いたげに笑顔を向ける。


 こちらは年の頃は二十半ばだろうか。

黒縁眼鏡にひょろりとした長身、短く切られた黒髪は所々寝ぐせで跳ねている。


 先ほどから『女性』と言っているが、残念ながらくたびれた白衣を纏ったその姿を見て、一目で女性と気づく人は少ないだろう。

実際、この町でも彼女を男性だと勘違いしている人間は一定数存在している。

 

 返事もなく冷ややかな目を向け続けるスピカを見て、博士は今度は不満そうに口を尖らせる。


「今回はきちんと報酬をもらったじゃないか。何が不満なんだよ」


 その言葉にスピカが盛大なため息をつく。


「金貨一枚で何日食べられると? 博士、あなたは私たちと違って食べないと死ぬんですよ」

「だって、あれ、きっと彼らの全財産だよ。これから家族三人で食べていかないといけないのに貰えないよぉ」


「貰えないよぉ、じゃありません。またしばらくリキッドだけですからね。ノーマル味の」

「げっ、ちょっと、ノーマル味は勘弁して。あれ、まるで粘土みたいな味するんだよ」


 スピカの言葉に博士が思いっきり顔をしかめる。


「知りません。悔しかったら、さっさと働いて稼ぐことですね。リキッドだってタダではないんですよ」

「それが命の恩人にして、ご主人様である僕に対する態度か! もっと敬え」


 しれっとした顔で言い返すスピカを博士がジトっと睨み付ける。


「敬って欲しいなら、相応の威厳を見せてください。大体、ドクターってなんですか? いつの間に医師免許をとったんですか?」

「えっ、ないよ。そんなもの。どうした? 記憶装置の不具合か?」


 スピカの言葉にキョトンとした博士は、そう言ってスピカの頭に手を伸ばす。

と、その手をスピカが容赦なく叩き落とした。


「いたっ! 何するんだよ」

叩かれた手をさすりながら、また口をとがらせる博士を見て、スピカのこめかみに青筋が浮かぶ。


「嫌味に決まっているでしょう。本当に馬鹿なんですか!」

「なんだよ。機嫌悪いなぁ。甘い物でも食べるかい?」


「食べるか! そんなことより無免許の医療行為は違法です! わかってますか? 管理局にばれたら、ただでは済まないんですよ!」

「だって、できるんだもん。僕、優秀だからね」


 ドヤ顔で胸を張る博士を見て、スピカが怒りでワナワナと震えながら叫ぶ。


「そういう問題ではありません! 自分の身を心配しろって言ってるんです!」

「今まで大丈夫だったんだから大丈夫だって。町の人たちも僕がいなくなったら困る訳だし、管理局に売ったりはしないよ」


「スピカ、あまり悩み過ぎると禿げるよ」

「禿げるか!」


 ケラケラと笑う博士にスピカは頭を抱える。

お腹が空くのも、管理局に目をつけられたら危ないのも博士のはずなのに、この危機感のなさはどうしたものだろう。


 人間は脆い。

怪我や病気はもちろん、数日食べないだけでもあっさり死んでしまう。


 管理局は怖い。

この町で一番安価なものは人間の命なのだ。管理局に連れていかれて戻ってきた人間はいない。


 スピカは怖いのだ。

博士を亡くしたら、また独りぼっちになってしまう。


 スピカは博士が廃材置き場から拾ってきたアンドロイドだ。

修理される前の記憶はない。スピカと言う名前も博士がつけてくれた。


 でもなぜか、以前も人間と暮らし、そして失った気がしていた。

そして、もう独りぼっちはたくさんだ、と強く感じた気がするのだ。


 だから、スピカは博士の心配をするのだ。

ずっと一緒にいるために。もう誰も失わないために。

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