第60話 バトロワ2 大災害3

 要するにあれは、衝撃波と熱波なのだ、と俺たちは結論付けた。


「あたしも大概色んな事経験してますけど、隕石で死んだ悪夢を見たのは初めてですよ」


 やれやれ、とばかり、ねむは手を広げて首を横に振った。俺は苦笑して、「中々のヤバさだった」と言う。


「ひとまず解決策は、見つからないように隠れる、ってだけでいいだろうな。息をひそめて物資を漁ろう。一度失敗しておいてなんだが、今回のは楽だぞ」


「そうですね。最初の火の雨は死ぬほど死にましたし、硫酸の雨でも死んでかつ苦しんでやっと突破したので、今回は楽です」


 あ、そうか。俺の主観はねむの不断の努力によって何とかなったのもいくつかあるのか。と俺は再認識。


「苦労かけるな」


「いいんです。誘ったのもあたしですし、コメオ先輩を守ると決めたのもあたしです。コメオ先輩はやればできる人ですから、それ以外はあたしに任せてください」


 鋭い眼光で断言するねむに、俺は僅かの沈黙を挟んで言った。


「何かこう……俺への好感度高くね?」


「そっ。……そんなこと、ないですよ。コメオ先輩は思いのほか優しいですし、たまに格好いいですし、あたしのこと結構必死に守ってくれたり、泥臭く頑張って難しい状況でも何とかしてくれたりするので、妥当です」


 ぷいっとそっぽを向くねむに、俺は「お、おう」としか言えなかった。何だろうか、タイムリープの最中で余程俺の活躍でも見たのか。


 好かれるのは嬉しいが、俺自身がそれを覚えていないので、何ともいえずソワソワする。


 ともかく、このエリアを抜けることはそう難しくない。俺たちは空を巡回するミルキィちゃんの影におびえながら、物資を集めて第二収縮エリアを生き延びた。


 さて次の収縮範囲だが、何という事だろうか、廃墟の数も少ない場所だった。「やっべーな」と俺は苦い顔。遮蔽物が少ない場所ではミルキィちゃんは猛威を振るうことになる。


 と、そこでピキピキと足元に走る音に気が付いた。俺は慌てて足を離す。僅かな抵抗感がありつつも、ギリギリで俺の足は地面から浮いた。


「氷だ」


「コメオ先輩、走ってください! 少しでも高い場所へ!」


 言われて、俺は走り出した。高い場所。小高い場所に立つ廃墟の屋上が、比較的高いように見える。


「あの上に登るぞ!」


「はい!」


 俺たちは走る。足が地面を踏むたびに凍り付くから、進みづらいことこの上ない。地面の冷気に当てられて、気温まで下がっていく。俺は半袖、ねむは薄手の長袖で、寒さによる不快指数がガンガン上がっていく。


「火、硫酸、隕石の次、は、こおり、か」


 あまりの寒さに喋りにくささえ感じてしまうほどだった。無意識のうちに歯がガチガチと音を立てる。ヤバいな、これは。早急に対処しないといけない。


 俺たちは目当ての廃墟にたどり着き、上へ上へと階段を駆け上がる。上の階になるほど靴が凍り付く歩きづらさは少なくなっていき、そうかあの冷たさは地温を極端に下げているためかと理解する。


 そして屋上にたどり着いた俺たちは、しかしそれでも高まる寒さに震えていた。地面から遠い、と言うのだけではどうしようもない。


 だがねむは、流石の対応力だった。


「コメオ、先、輩。これ」


 渡されたのはゴミ袋。何だと思っていると「火、魔法です」と言われる。俺は理解して、拾った鉈でゴミ袋の中身をぶちまけた。出てくるのはたばこの吸い殻や支離滅裂な文書などの紙ごみに、庭の手入れでもしたのかというような草と小枝。


 俺は草も枝も紙ごみも、まとめて火魔法で燃料にする。


 そうして、俺たちの下に簡易的な焚き木が起こった。長時間もつようなものではないが、バトロワの収縮時間的に長く持つ必要はない。この場をしのげればいいのだから。


「コメオ、先輩」


 どこから見付けてきたのか、雑な毛布をねむは抱えていた。俺たちは寄り添いあうようにして焚き木の傍に座り、二人で一つの毛布を共有する。


 火の温かさ、毛布、そしてとなり合うねむから伝わってくる体温。段々と吹きすさぶ風の中、それでも先ほどまではマシ、という状態に落ち着いて、俺たちはそっと一息ついた。


「……やっと人心地付いたな」


「はい……。でも、油断はしないでください。この後、吹雪きます。竜巻はここには来ないので安心してください。寒いでしょうが、ここから下は動けなくなって死ぬので、一緒に耐えましょう……」


 説明の詳細度の高さに、俺は何度死んだのか、と眉根を寄せた。ねむの視線はこれまでのどれよりも鋭く、『生き延びる』ということを直視しているように見える。


「ここから、多分数分動かずに耐えることになると思います。……少し、雑談でもしませんか? 黙ってると、ちょっとキツいので」


 困ったような笑みは、疲弊の見えるそれだ。悪夢は実際の死に比べればだいぶ負荷が軽いのだろうが、それでも膨大な回数を繰り返すとやはり辛いらしい。


 俺は首肯して、普通のテンションで話し始める。


「……分かった。いや、しかしここまでミルキィちゃんが強いとは思わなかったな。強いっつーか、反則っつーか」


「ふふ……、そうですね。あたしも一応、勝ち目のない相手じゃないか確認して選んだつもりでしたけど、侮ってました」


「勝算はあるって?」


「はい。相性は多分最悪に近いですけど、コメオ先輩なら、って思いました」


 淡々と語るねむに、俺は肩を竦める。


「買い被りだよ、その期待はさ。まぁミルキィちゃんには勝つけど」


「じゃあ買い被りじゃないじゃないですか」


「ホントだわ。論破されてしまった」


「あはは……。すごいですね、こんな状況で、絶望してないなんて」


 ノリがバトロワ前と変わってない、とねむが言う。俺は目を細めて、「そうだな」と相槌だ。


「絶望、か。正直よく分からんのだよな、そういうの。色々あって分かんなくなっちまった。正直、中学時代に挑んだ八尺様の方が絶望感あったぜ」


「ああ……。動画、見ましたよ。八尺様と戦うコメオ先輩、格好良かったです」


「マジ? 照れちゃうぞ」


「ふふ、可愛い」


 俺は普通のテンションで可愛いなどと言われて、視線をすっと外してしまう。その一言はな、マジで照れちゃう奴だから勘弁してくれ。


「え、マジ照れですか?」


「正面からそういう風に言われると誰だって照れるだろ」


「あ、本当に照れてる……。ふふふ、本当に可愛いですね先輩」


「うるせーな。ねむの場合ブーメランだっつの」


「え? ……あ、う……」


 ねむも言葉少なくなって、俯いて火を見つめてしまう。ふわふわしたポニーテールが持ちあげられて少し揺れる。何だこいつ可愛いな。顔が赤いのは、炎の光が映ったためか、あるいは。


「そ、そういえば」とねむは話題をそらしてくる。


、つまりその、隕石で蒸発させられた時のことですけど、あの時仕組みだのなんだのって言ってたの、どういう事ですか?」


 結構前、という言葉に違和感を抱きつつも、俺はつい先ほど経験した隕石のことを思い出す。


「ああ、色々広がった魔法陣とか、よく分からん詠唱のことな。ミルキィちゃんって前まではああいうの、演出でやってんのかなって思ってたんだけどさ、ああいう余計なものをいっぱいつけることで、出力をかなり増してるんだなって」


「……どういうことですか?」


「本来さ、単なる属性魔法って詠唱なんか要らないじゃんか。魔法陣も施設設備はともかく一般使用してる個人なんて見たことないじゃん? それに詠唱自体もメチャクチャだし」


「え、はい。そうですね」


「ああいう『それっぽさ』ってさ、幻想魔法と相性がいいんだよな。過去召喚じゃないけど、似たようなことをしてる。多分虚像憑依魔法かな」


「? えっと、その……」


「あー、まぁざっくり言うとさ、魔法少女っぽい挙動真似することで、魔法少女みたいな魔法を使えるようにしてるっていうと分かりやすいか」


 幻想魔法は得てしてそういうものが多い。真似や状況証拠を揃えることで、本物やそれに近いモノを呼び出すのだ。


 ミルキィちゃんがクソデカ帽子をかぶるのも、洒落た大杖を持つのも、魔女っ子を名乗るのも、すべてあの魔法の威力につながっている。


「魔法少女のアニメはちっちゃい頃よく見てましたけど、あんなえげつなかったでしたっけ……?」


 わー、一般人の感性だ、と俺は思う。


「昔見てたやつでいいから、バトロワ終わった後にでも見返してみ。馬鹿みてーに威力あるの、結構多いぜ」


「詳しいんですか?」


「幻想魔法使いは文化全般に詳しいんだよ。そこから幻想引っ張ってくるからさ」


 だから文系の魔法なのだ、幻想魔法は。一方空想魔法は、常識を捨てて自分の世界で殴るから、芸術系に多い。属性魔法のように自然に即した魔法を扱おうとすると理系になる。そして魔法を使わなくなるのが一般人だ。


「じゃ、じゃあ、それが分かれば大魔法使いさん攻略の突破口が」


「いや、全然ないよそんなん」


「えぇ!? そう言う流れじゃないんですか?」


「ないんだなぁこれが……」


 分析が出来たからどうだ、と言う話なのだが、実際のところどうにもならない。ある種俺はすでに取り入れている技術だし、属性魔法に才能のない俺が真似できるかと言うと出来ないというのが正直な感想だ。


 いうなれば、ゲームの動きを真似してゲーム通りの効果を手に入れているのが俺なら、魔法少女のアニメの真似をして魔法少女の魔法を手に入れているのがミルキィちゃんな訳だ。


 概念強度はどちらも極大。誰でもできる技術は、抵抗力があっても破れない。俺やミルキィちゃんのそれは八尺様にも破れない。ミルキィちゃんの魔法の秘密を暴いたからと言って、それを弱体化することは敵わないのだ。


 ……多分ミルキィちゃんの魔法って八尺様には一つも通らないけどな。敵の防御力を無視する俺は防御力無限の八尺様に勝てるが、ミルキィちゃんの極大魔法は無限の防御力の前に塵と化す。


 最強同士の戦闘はややこしいことばかりだ。と俺は目を細めた。


「そ、そんなぁ……。じゃあ、粘っても勝てないんですか?」


「いや、それとこれとは話が別だろ。勝てないのに意地で残る、みたいなこと、昔はともかく今の俺はやらんぜ」


「え」


「勝ち筋はある。ごり押しだが、不可能ではない」


 おお、とねむは言う。そこで風が強く吹きすさんだ。俺は顔に当たった冷たさに何だと手を当て、それが雪であることを知る。


 マジかよ。予言はされていたが、目の当たりにするとやっぱテンション下がるな……。


 周囲を見ると、渦巻く風の柱がいくつかうねり動いていた。なるほどあれが竜巻か。毛布がバタつき、吹き飛ばされそうになるが、耐えられないほどではない。ある程度距離を保ちながら蠢いている。


「ねむ、危険だからもっと寄ってくれ」


「はい……」


 固く身を寄り添いあう。寒いが、ほとんど抱き合うようになって、僅かにマシになった。火が消えかけていたので、火魔法で足す。絶えず注ぎ火はしておいた方がいいかもしれない。


「コメオ先輩、注ぎ火はあたしがやります。あと土魔法で暖炉でも作りましょうか」


「いいのか?」


「悪夢の魔法は魔力切れで使えなくなるようなものではないので。それより、土壇場でコメオ先輩が魔力切れになる方が怖いです」


「分かった、任せる」


 ねむはそう言って、簡易的な暖炉を作り、注ぎ火を始めた。風よけを得て焚き木は安定し、時間と共に弱れるが火魔法でどうにか保たれる。


 下がり行く体温に、全身が震えている。ねむも同様だ。俺は強めにねむのことを抱きしめる。ねむも寒さに耐えかねて、俺に身をゆだねてくる。


「悪いな、恋人でもない男にこんなことされるのは嫌だろ」


「……あたしは、コメオ先輩が信頼できる人だって知ってます。だから、嫌じゃないです」


 ともすれば告白のような言葉だが、それで浮かれられるほど状況はぬるくない。どちらかと言うと、俺とねむの認識が大きくずれていることの方が気になった。


「その、ねむ……悪夢から目覚めたのは、ここに来て何回だ?」


「数えるのを止めました」


 俺は絶句する。ねむは火の雨の時点で100回以上の数の悪夢を退けたと語った。逆に言えばそれは、それだけの数を平気で数えて繰返すねむが、数えるのを止めるほどの死を迎えたのだ、という証左でもある。


「何があったんだ」


「……悪夢ですよ。ただの悪夢です。足が凍り付いて動けなくなって、裸足になって逃げだそうとして、足の皮がはがれて、そのまま動けなくなって死んだり。吹雪の竜巻に巻き込まれて、ぐしゃぐしゃになって死んだり。この下の階で眠るように凍死したりした、そんな悪夢を見ただけです」


 回数が多いだけですから、お気になさらず。ねむは何事もなかったかのように言う。俺はその物言いに、凄まじさを感じた。


「なぁ、ねむ。俺の勝手なイメージだけどさ、その……メッセ送り合う中で見えたねむと、今のねむって、何でこうも違うんだ? メッセの時はすげーダルそうで、しょっちゅう授業もサークルもさぼって寝てる、みたいな感じなのに、何で今は……」


 問うと、ねむはおれをじっと見つめた。それから視線を火に戻して言う。


「割と、先輩に似てると思いますよ。繰り返し始めると、スイッチが入っちゃうんです。上手くいくまで、諦めるっていう選択肢が消えるというか。先輩もRDA以外は雑だって言ってたじゃないですか」


 記憶にない。だが、どこかの悪夢で言っていてもおかしくない。


「その割には、俺とバチった時は結構あっさりだったと思うが」


「アレは、先輩が悪いんです。あんなに無垢な笑顔向けられたら、敵視してた自分がバカみたいだって思っちゃうに決まってます」


 少し照れ臭そうに、ツンとしてねむは言った。


「つまり、あたしはアレで良かったんです。あそこまで粘って、先輩に興味を持ってもらえる段階まで行けたのが、あたしにとってのゴールだったんですよ」


 俺は、その言葉に何と返していいものか分からなくなる。ねむからの好意を一旦横に置いておくと、要するに目標がすげ替わったから、そこでタイプリープを止めた、という事なのか。


 そこで、不意に竜巻が消えうせたのを知る。同時、地面にたまっていた底冷えするような冷たさも。まだかなり肌寒いが、ひとまず凍死するレベルではなくなった。


耐えられてよかったです。風もずいぶん冷たかったですが、竜巻そのものって吹雪の魔法じゃなかったって先輩言ってたので、思い切って屋上に上がったんですが、正解でした」


 存在しない俺の記憶を語るねむ。恐らく俺が一回竜巻に自分からまきこまれるなりして情報を掴んできたのだろう。俺にその記憶はないが、我ながら無茶をする。


 図らずしも、すでにここは最終収縮の中だった。俺たちは毛布を取り去って立ち上がる。


「……ちょっと名残惜しいですね」


 ねむは、毛布を見てそう言った。俺は体をストレッチして、強張った筋肉をほぐしながら温める。


「なぁ、ねむ」


「あっ、えっと、はい。何ですかコメオ先輩?」


 首をグリングリンやりながら、俺は言った。


「このバトロワ勝ったら、祝賀会でもやろうぜ。そこでさ、ねむがどんな体験したのかとか、教えてくれよ」


「えっ?」


「だってさ、ズルいじゃんか」


 俺は笑いかける。


「一緒のチームなのにさ、大変な思いしてるのがねむばっかりじゃ公平じゃないだろ? たくさん愚痴ってくれよ。多分俺変なことばっかりしただろうから、きっと楽しいと思うんだよな」


 そう言うと、何が琴線に触れたのか、ねむは一瞬泣きそうな顔をした。それから「はい、もちろんです」とふにゃっと笑う。

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