祟り神も因縁もみんな楽しく撃滅します呪
第44話 グッバイチセちゃんフォーエバー(帰宅)
「それ、ハッピーさんの悪戯ですよ」
チセちゃんのネタ晴らしを受け、俺がハッピーちゃんを見ると、人の嫌がる顔を見るのが三度の飯より好きなこのハーピーは、てへっ♡ という顔をした。
しばく。
「わー! わー! 待って! 待ってって! そのソードブレイカーはしまおう!? 危ないって! そんな! ちょっとした冗談じゃない! っていうか、それで言ったらアタシのファーストキスをあんな軽いノリで奪っていったコメオちゃんが悪いんだからね!」
そのふくしゅーなんだから! とハッピーちゃんはぷいと横を向いた。俺もそこまでは記憶があったので、頭を掻いて、こう答える。
「正直、すまんかったとは思う」
「でしょー! これは責任取って、恋人になってもらわなきゃ♡」
「殺す……。この頭痛が取れたら……害鳥を殺してやる……」
「や、やっぱり前言撤回。あそこの怖いこと言ってるギンコちゃんのこと宥めてきて……?」
俺もマジで殺すつもりはなかったので、マジで殺すつもりがありそうなギンコの前に立って「どうどう……」と宥めにかかる。
「コメオ~……! 頭が、頭が痛いのじゃ……」
「うんうん。痛いな。俺も痛いよ頭。割れそう」
アルコールと心労で。
「昨日な……悪夢を見たのじゃ……。コメオがな、儂と接吻をしたまではよい。だが、立て続けにそこの鳥にもするわ、チセにもするわ、挙句の果てには鬼子母神の息子にも……」
「……」
多分チセちゃん以外本当のことなんだよなそれ。俺もまさか、キッシー君にまでキスするとは思ってなかった。いや、メチャクチャ美少年だけどさキッシー君。可愛い系の。服さえ女の子っぽくすれば男の娘になれてしまえそうではあるのだが。
ちなみにそんなキッシー君は、俺からのキスを受けてもそこまで動揺した様子はなく、結局酒盛りの最後まで居て、お開きというタイミングで帰っていった。
逆にハッピーちゃんは、酔いながら飛ぶと航空法に引っかかるとかで泊まることになった、という運びだ。結果この始末である。いやマジで悪質。許されざるわこいつ。
「ニヒ♡」
俺は舌打ちをする。メスガキがよ。
とはいえ、本当にしばく訳にはいかないので、肩を掴んでくるりと回し、尾っぽの羽をわさわさするだけで許してやる。
「ひゃっ!? ひゃわ、だ、ダメッ! コメオちゃんそこだめぇ!」
数十秒わさわさするだけでハッピーちゃんはダウンした。うん。これで溜飲も下がるというものだろう。
「こ、コメオさん容赦ないですね……」
「目には目を、歯には歯を、悪戯には報復を」
「コメオ、その鳥頭にせくはらするくらいなら儂にし、はぅっ」
色欲狐の耳をくにくにして黙らせてから、俺は伸びをする。
「あー頭いた。気分転換に温泉でも入ってくる」
「む、なら儂も行こう。ここは確か混浴があったな?」ないぞ。
「あー! 抜け駆け禁止! ……アタシも行く♡」
「えぇっ!? いやいや、お二人とも何を言ってるんですか! ダメですよ!」
チセちゃんいると俺が突っ込まなくていいから楽だなぁ。
と、チセちゃんで思い出す。そう言えば、今日ご両親が迎えに来るんじゃなかったか。
「……」
それで言えば、ハッピーちゃんを呼び出したのも、思い返せば空を飛ぶ訓練のためである。
部屋の片隅にはパラグライダーが詰め込まれていそうな大きな袋もあるし、恐らく飲み会で呼ばれたついでに持ってきてくれたのだろう。ハッピーちゃんは意外に抜け目ないのだ。
となると、今日は割と忙しい日になりそうな予感がするな。と、ひとまず俺は、一人温泉へと向かうのだった。
温泉から上がり、しばらくゆっくりしていると、チセちゃんの親御さんが西武秩父駅についたとの連絡がきた。俺たちはのそのそと起き出してきて、チセちゃんを見送ることになる。
「チセッ! アンタ何考えてんの!?」
パァン! と母親に思いっきり平手をかまされてから、抱きしめられ泣き付かれるチセちゃん。その勢いに当てられ、チセちゃんも思わず泣き出してしまう。
それに、うおお激しいな、と思っていると、困り顔で少し疲れの見える痩せ型のお父さんが、俺たちに近寄ってきた。
「ご連絡くださってありがとうございました……。あの子は大人しそうに見えて、中々頑固な性質でして。余程困らない限り連絡はしてこないものと思っていましたから」
「いえいえ、無事再会のお手伝いが出来てよかったです」
俺はぺこりと会釈して、無難にやりすごす。「して……」とそこでチセちゃんお父さんの視線が鋭くなった。
「チセが何か粗相をしませんでしたでしょうか? 今回は本当にご迷惑をおかけして」
言葉こそこちらを慮る風だが、顔は『ウチの大事な一人娘に変なことしてねぇだろうな?』と言っていた。いや、してないですって。むしろチセちゃん以外にしたというか。
「主に儂が相手をしたので妙なことは起こっておらぬ」
「ん、んん? ……その声は」
「すまぬな。電話越しで普段通りの話し方をすると怪しすぎるが、この姿で社会人然とした話し方をしても違和感があるゆえ、今はあえて普通の話し方をさせてもらう」
分かりやすく五尾の尾を広げて、ギンコが俺の前にでてチセパパの相手を始めた。「こ、これはこれは……。不躾な視線をお連れ様に向けてしまったようで、謝罪の言葉もございません」とチセパパは首を垂れる。このやり取りはギンコに任せた方がいいな。
そこでハッピーちゃんが、こそっと聞いてくる。
「……コメオちゃん。ギンコちゃんって何者?」
「五尾の狐。まぁ要するに、それだけ神に近いんだよ。だから社会的信用がある。お年寄りほど効果がある」
「へー。偉いんだ」
「割と亜人登場時からいる古参らしくってさ。ほら、あの外見だと勘違いされやすいだろ? それでややこしくなりそうなところで、尻尾を広げればあら不思議、印籠もかくや」
「この尻尾が目に入らぬか~! ってワケなんだ。ニヒヒ、おもしろ~い」
というやり取りをしていると、もう話がまとまったらしい。ギンコは「では最後に別れだけ告げるぞ」と俺たちに振り返って言う。
「……コメオさん。私、コメオさんと会えたこと忘れません」
「え、今生の別れになんのこれ?」
「え? ならないんですか?」
チセちゃんはキョトン顔。弟子にするって約束した手前投げ出さんよ。
「ホテルで友達登録したじゃん。また何かいい機会があれば会おうぜ。っていうか、チセちゃんもひとまずRDA配信からデビューしてみなよ。多分すぐバズるぞ」
「そ、そうですか……。―――分かりました! 頑張ってみます!」
良い返事でキリリ俺を見つめてくるチセちゃんである。うむうむ。何かいい具合に頑張ってくれ。どうせ普通の人生を歩めない同類だ。仲良く傷をなめ合っていくのがいい。
「では、本当にありがとうございました。ほら、行くわよチセ!」
母親に一緒に頭を下げさせられてから、流れるように手を引かれ、チセちゃんは改札より消えていった。と思ったら、「そうだ!」といって改札までチセちゃんが戻ってくる。
「あの! コメオさん、最後に一つ」
「え、うん。どうぞ」
「コメオさんの話をしてるスレを巡回してたら、変な動画を見つけたので、共有です!」
「チセッ! 行くわよ!」
「はーい! ということなので、では!」
「ん。じゃーね」
最後に一度、大きく腰を折って、チセちゃんは去っていった。そしてすぐに通知が届く。開くとメッセにURLが。まぁ空飛んでる間は多少暇にもなるだろうし、その時に見ればいいか。
「……ということで」
残るは俺たち三人だ。俺、ギンコ、ハッピーちゃん。
「そなたら二人は、これから山でぱらぐらいだー、じゃろ? よいよい。儂をのけ者にして楽しむがよいわ」
すっかりひねくれてしまったギンコである。「ギンコちゃんこっども~」とハッピーちゃんが煽り、「このハゲタカめが!」とギンコが怒髪天になる。
「ごめんな。一応これもダンジョン攻略に必要な訓練だからさ」
「分かっておる、分かっておる。コメオの人生を独占するのは本当に難しい、と実感して不貞腐れておるだけよ。だが、そうと分かってここまで来たのじゃ。皮肉は言うが、文句は言うまい」
「ギンコ……」
最終的に理解あるムーブをするので、やっぱりギンコには頭が上がらない俺である。
「何かあればすぐ駆けつけるから言えよ」
「ふくく。儂が対処できずコメオができるものなど、悪漢くらいのものであろうに。そんなもの、この平和ボケた日本にはおらんぞ」
「まぁそう言うなって。少しでも不義理をしたくないってことだよ」
「気持ちだけ受け取っておこう。ほれ、散れ散れ。さっさと空にでも飛び立ってしまえ」
ギンコに追い払われ、俺とハッピーちゃんは揃って改札をくぐる。チセちゃんを乗せた特急は今しがた出ていったようで、俺とハッピーちゃんは肩を竦めあって各駅電車のホームに歩いていく。
何でかというと、秩父の隣駅である横瀬駅から、武甲山へのハイキングコースに到れるからだ。そう。本日の武甲山異界ダンジョンは、武甲山の入り口からしか入れないのである。一番のロングコースという訳だ。
なのでハイキングコースを最初はなぞり、途中で道を逸れたところで、今日のダンジョンは始まる。地理関係がしっちゃかめっちゃかになった異界ダンジョンをえっちらおっちら上り、そして良さそうなところからパラグライダーで飛び立つという段取りだ。
本来パラグライダーは、適切に開かれた場所から出ないと中々飛ぶのは困難なのだが、それはそれ。今日はボスに挑まないし、死も怖くない俺なので、無限に良さそうな場所から飛び立っては死ぬを繰り返していこうと思う。
「ということで、ここがダンジョンの入り口です」
「ほぉおおぉぉ~……」
ハッピーちゃんは、ダンジョンの入り口に手を入れたり抜いたりして、変わる空気感を楽しんでいた。こうやって遊ぶみたいなことは俺の発想の中になかったので、見ていて面白い。
今回ハッピーちゃんについて来てもらったのは、パラグライダーの練習の付き添いをしてもらいたかったためだ。
ハッピーちゃんを始めとして、ハーピーという亜人は空の専門家だ。航空力学においても魔法においても熟練のハーピーたちは、二十キロの荷物までなら、平気な顔で運んでしまう。
「じゃあ行くか」
「うん! あ、先に言っておくけど、アタシ本当戦えないからね! ちゃんと守ってよ~?」
煽り口調っぽいが、しがみついてくる手はちょっと震えていた。まぁハッピーちゃんは一般人だもんな。死はもちろん怖いだろう。その辺りはちゃんと気を払う必要がある。
「分かってるよ。怖い思いはさせない」
「っ♡ コメオちゃんかっこい~! これで本当に怖い思いさせないでくれたらいいんだけど~♡」
煽り半分で、猫のようにじゃれてくるハッピーちゃんだ。腕に抱き着いて、肘のあたりに頭をこすりつけてくる。
「っていうか、俺の配信みたことないの?」
「え? ……ないよ?」
「昨日の飲み会がどういう名目だったのか覚えてる?」
「え? 名目なんてあったの?」
この鳥頭がよ。
「……見てな。それで分かるからさ」
「ふふ~ん? そんな大口叩いちゃっていいのかナ~? これはミスったとき恥ずかしいよ~?」
ケラケラと笑うハッピーちゃんに、俺は肩を竦めた。俺こそ言いたい。それだけ煽って本当だったら、ハッピーちゃんはどうするのか、と。
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