第29話 秩父 武甲山異界ダンジョン ボス攻略1

 武器屋で荷物を詰め込んで、ダンジョンへと歩き出した。


「秩父のダンジョンって行き方複雑なんだよなぁ。入り口、日によって違うし」


 ダンジョン内構造は同じなのだが。入り口が三つくらいあって、ランダムに閉じたり開いたりするのだ。だからあらかじめRDA.comから情報を集めておかなければならない。


 今日は宿から比較的近い、羊山公園が開いているらしい。長瀞辺りで開くこともあるので、そのときはギンコと入り口までぶらりと楽しんでから赴こうか。


 そんな事を考えながら、いかにもな田舎道を通る。日差しが照っていて、早くも初夏という感じがする。積み上げられた石垣、小さい田んぼ。山沿いの緩やかな傾斜に建つ家々は木造やプレハブ住宅が目立つ。時代から取り残された町並みが広がっている。


 そういう道を足早に通り過ぎて少しすると、メイディーのナビが坂に続く道路を示し始めた。そして、その道の途中で木枠の埋め込まれた階段に切り替わる。左右を緑で覆われたその階段を上ると、水車があり、小さな池があり、そしてその池を渡す橋があった。


「ギンコに写真送ってやろ」


 俺はパシャパシャ写真を撮りながら橋を進む。赤い稚魚たちが透明な池を泳ぎ回っている。その中で唯一白い小さな池の主が、ぬっと橋の下から現れた。「おお~」と写真を撮ろうとした瞬間に、主はするりと視線を躱して奥へと隠れてしまう。


「……なるほど、魚っつーのも中々頭がいいな。九十九里浜のRDAは骨が折れそうだ」


 Dさんにも準備があるとのことで、タッグでのRDAは再来週ということに決まった。ちょうどそこなら宿の予約もとっていないので、俺としてもちょうどいい、という合意があったのだ。


 橋を渡り、さらに続く階段を上がると、石碑がそこにあった。『牧水の庭』。歴史に詳しくない俺は、とりあえず写真をとって階段を上がりきる。


 すると、大きな公園への入り口にやっとたどり着いた。横看板には、羊山公園と書かれている。先週までがっつり都心でわちゃわちゃやってたから、思いっきり自然という感じの場所は心地が良い。


「さて……と」


 俺は羊山公園という、を前にした。そして、視線をキョロキョロとさせてみる。ぐるりと車で回る用の道路が右に二つ、左に一つ。美術館、資料館へと続く坂道が左に。俺は「こっちだったよな」と右の道を行く。


 その内、登りの道が確かそうだったはずだ。そう思いながら道路を進む。周囲を生い茂る木々が囲い、俺を木漏れ日でチラチラと照らしている。そこをえっちらおっちら進んでいると、は来た。


「―――――ッ!」


 生物の気配が一瞬にして消え去る。そして、周囲に充満し始める無機質な敵意。風が不自然に走り、木々を揺らして音を立てる。「ハハ」と俺は笑った。


「来たな、武甲山異界ダンジョン」


 俺はハミングちゃんを出してカメラをセットし、いつもの通り配信準備を始めた。それから少し咳払いをして、カメラに向かう。


「うーすどうもコズミックメンタル男チャンネルでーす」


『攻略日か』『今日はどこにいんだ?』『コメオ昨日バトロワやってたろお前』『木々が生い茂った道路……候補地が多すぎるな』『あ、ここ何か見覚えある。春に行くと芝桜がすげぇ場所だよココ』『芝桜? 羊山公園か』『秩父へようこそ!』


「だから特定はえーって」


『武甲山異界ダンジョンだな? 今から会いに行くから待ってろ』


「来んな」


 ガヤガヤ言っているコメント欄を前に、俺は一つ咳払いをする。それから、「んじゃ、ボチボチダンジョンについて説明していきまーす」と宣言した。


「このダンジョンは『管理番号002503』とされるダンジョンです。別名武甲山異界ダンジョン。コメントで特定されたけど、秩父で一番大きなダンジョンになります。入り口次第ではRDAでも数時間かかるような大規模ダンジョンの一つですね」


 俺はハミングちゃんの準備をしつつ、カメラに向かって指を立てる。


「秩父の武甲山異界ダンジョンは、異界、と名を冠するだけあって、ちょっと特殊な構造をしてます。というのも、実際の地理関係をハチャメチャにしたような内部構造なんだよな。詳しい奴いる?」


『芝桜がボスエリアなのは知ってる』『年中満開なんだってな』『入り口も中身もぐちゃぐちゃなのは異界系ダンジョンの特徴』『中腹に荒川が通ってるんだっけ?』


「あーそうそう。結構識者いるな。現実としては、羊山公園は武甲山の麓で、それを軽く眺めてから武甲山の登山に赴く、という流れが登山ルートとしては順当らしいんだけどさ、異界ダンジョン内では位置関係ぐちゃぐちゃってな」


 まとめると、えー、と俺は少し考える。


「何故か武甲山の山道が下層に位置していて、全然離れた長瀞のライン下りの荒川の一部が中腹に。そしてまたしばらく進むと、最終的に麓のはずの羊山公園の芝桜エリアが山の頂上にあって、そこでボスが待ち構えている、という感じだったんだよ」


『つまり観光地詰め合わせじゃん!』『いいね、旅行好きとしては異界ダンジョン入ってみてもいいかもしんない』『命知らずがちらほらいて草』『コメオが行くようなダンジョンだぞ?』


「あー……はは。まぁ、おススメはしないとだけ言っとくぞ。ダンジョン慣れしてなきゃ全然死ねるくらいには難易度あるダンジョンだし、何より一番の見どころの羊山公園芝桜の花畑に一歩でも踏み入れれば爆発熊に襲われる」


『マジかよ』『普通に観光します……』うん、それがいいだろうな。


 実際武甲山異界ダンジョンでは、猿や熊などのモンスターがわんさか出てきて、訓練もされていない普通の人には荷が重い。魔法を使い慣れてても、数の暴力に対応するのには経験がいるからな。


 とはいえ武甲山異界ダンジョンは、いわゆる死にダンではない。だから、普通のダンジョン攻略プレイヤーが挑んでも、道中ではそこまで激しいことにはならないだろう。


 ではそういった敵を退けられるダンジョン愛好家なら実力的には十分なのかというと、そうでもない。普通のダンジョン愛好家が景色を目的に登ったとしたら、ボスに簡単に殺されてしまうだろう。芝桜のエリアに「わーキレイ」と足を突っ込んだが最後だ。


 何故ならそこで襲い来るのは爆発熊。攻撃しようものなら爆発、攻撃されても爆発、何なら近寄っただけでも爆発。そしてその爆発は敵にだけ効いて熊本人(本熊?)には何のダメージも及ぼさない。ひたすらにひたすら、爆発する。そんな爆発熊がここのボスなのだ。


 まとめると、ボスだけ死にダンの中でもエグイのからボスを持ってきたな、という感じのダンジョン。それが武甲山異界ダンジョンなのだった。


「爆発鬼畜熊……」


 俺は数年前に無謀にも挑んで、死ぬほど殺された仇敵のあだ名を口にする。脳裏に蘇るのは爆発、爆発、爆発。何だったんだアレ、と今でも思う。実は夢だったんじゃねーの?


 ところがどっこい! あれは現実なのです! 爆発熊の爪攻撃を食らって吹っ飛んで、しめやかに爆発四散したのも現実! 噛みつき攻撃を食らって奴の口の中で内蔵まき散らし、口内がに納まったところだけ丸々無に帰したのも現実! 現実……。


「……俺何であいつにリベンジしようとか思ってんだろ」


 道を進みながらちょっと不思議になってくる。何故だろうかマジで。アレは敵というより拷問器具(死ぬ)というニュアンスを感じる。他はただの熊だし。横にいるちっちゃい熊の家に住んでる方がいやに可愛かったことしか覚えてない。後爆発。ボーン。


 死。


「……じゃあ今日は攻略ってか、ちょうどボスエリア付近の入り口が開いてたので、無限に爆発熊とバトろうと思いまーす……」


『テンション下がってて草』『爆発熊とのバトル見たけど、熟練10人で挑んで爆発しまくりで、勝利した時生存者1人だったんだが』『爆発熊ヤバくねぇ? 単独攻略動画一つも見ねぇぞ』『一般人100人で挑んでみた動画全滅してて草wwwwww』『草に草を生やすな』


「……まぁ、やべぇんだよ。初見ボスプス並みにヤバい。ブレパリ効かないし。いや、効くけど爆発するからやったらパリィとっても刺す前に俺が死んでるというか。上手くパリィとっても刺すときに爆発して俺が死ぬというか」


『え、どうすんの』


 俺も聞きたい。聞きたい、というか策が出来たからリベンジに来たわけだが、それでも通用するのかというと正直怪しい。怪しいと思いながら長く息を吐き、「じゃあ、とりあえず登っていきたいと思いまーす……」と宣言した。


 普通に歩いている分には、のどかな山道なのだ。元々車で通れる道だったのもあって、足元はアスファルトで塗装されている。これが下の方に武甲山の参道に切り替わるので、人の足じゃないと登れない、ということになる。ぐちゃぐちゃだ。


 気配は流石にダンジョンのそれだが、それでも可愛いものだ。「ぶもー」と、のそのそ山道をかき分けて出てきたイノシシモンスターが居たので、俺は先手を打って毒クナイを投擲し、概念抽出で麻痺らせる。あとはサクッと喉元を掻き切ってあげるだけだ。


「うん、ふつーのダンジョンだな。道中は」


『確かに死にダンっぽい悪意はやっぱないな』『ふつーにふつーのダンジョンなのか』『え、あのイノシシみたいなのってこんなサックリ殺せる敵なの? 私チームで凄い苦戦したんですが』『まぁコメオだし』『基準を俺たちと同じにすんのはね』


 これがボスでいきなり難易度が跳ね上がるから嫌なんだよなぁ、と思いつつ道を行く。走る必要もないので走らない。


 道中に神社があったので、とりあえず拝んでおく。敵ではない神は、祈っておくに限る。


 そうやってただの登山をしながらコメント欄と駄弁っていると、ようやく山頂付近に来て道が分かれた。牧場らしき囲いの中で、羊型モンスターがわらわらしている。アレはアレでちょっと厄介だったりするんだけどな。見つかり次第全員で突撃してきて面食らう。


「概念抽出魔法~」


 なので俺は羊たちを囲うの概念を魔法で抽出し、そして現実に適用した。羊たちは俺を見つけて突進してくるが、概念が適用された囲いは強化されていて突破できない。『こういうテクニックは同じRDAとして参考になるわ』と勤勉なコメントがつく。


「……んで、到着してしまったわけだ」


 歩くこと数十分。俺はとうとう、山頂の芝桜を目の前にしていた。風が吹き、花吹雪が舞い上がる。『うおお、絶景じゃん』とコメ欄が盛り上がる。だが、それもすぐに収まることだろう。何故なら、ほら。花畑の中心には、奴がいる。


 それは、白い熊だった。シロクマというのではない。灰を思わせるくすんだ色合いの熊が、ずんぐりむっくりとして中心に鎮座していた。奴はこちらに気付くなり、視線を合わせてきて―――そして、高らかに咆哮を上げる。


「グルルルゥゥゥゥゥグォォォォオオオオオオオ!」


 熊の毛は逆立ち、周辺に黒っぽい粉がまき散らされた。それは一拍おいて火花を散らし始め、そして連鎖的に爆ぜる。爆発に呑まれて花が散り、熊が爆発煙に巻かれて見えなくなる。


 その中から、奴は獰猛に突進してきた。煙を体に纏いながら、こちらに向かって一直線に。そして触れそうなほど寸前になって、立ち上がって、唸りながら威嚇するのだ。


「……ハハ。よう、久しぶりだな爆発熊。お前に勝つ算段付けて、リベンジしにやってきたぞコラ」


 熊は俺を睥睨する。威嚇が効かないと見るや、地面に前足を下ろし素早く後ずさった。俺は右手にサブマシンガン、左手にソードオフショットガンを構えた。あまり得意ではないが、やってやる。


 息を鋭く吐く。正面から相対する。ハミングちゃんがチチッと俺の耳元で鳴く。さぁ、やってやろう。


「勝負だ、爆発熊。とりあえず一勝、もぎ取ってやる」


 風が吹く。花吹雪が舞い上がる。俺はサブマシンガン―――SMGの銃口を爆発熊に向ける。

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