かつての雪辱を意地と根気で晴らします爆

第27話 到着 秩父


 電車に、揺られていた。


 窓の外の景色は、いつしかビル郡ではなく田んぼに変わっている。乗り継ぎ乗り継ぎで疲れたらしいギンコが、俺の肩に頭を預けて眠りこけている。銀色の狐耳が俺の肩をタシタシ叩く。


 俺は「くあ……」と大口を空けてあくびをし、それから電車の揺れで遠くに行きそうになったキャリーバッグを慣れた手つきで引き寄せた。


 そして思うのだ。


 長距離移動はやっぱダルい、と。











「ちーちーぶー!」


「ギンコ到着時いつもテンション高いよな」


 両手を広げてわー! となっているギンコに言うと、「旅の醍醐味であろ? ほれ、コメオもこちらで叫んでみよ」と返されてしまった。


「えー……まぁほとんど人いないからいいけどさ」


 ギリ夏休みに入っていない、みたいな時期なので、お昼前の今はほぼ人通りがなかった。都心とは違う、自然の気配が色濃いホーム。俺は周囲にもう人が居ないことを確認して、叫んだ。


「秩父―!」


 あ、これいい。


「どうじゃ」


 ドヤ顔で見てくるギンコに、「……いいじゃん」と返すと「コメオも分かってきたな」と満足そうに頷いた。


 それをして、こいつも長生きしてるだけあって人生の楽しみ方を知っているなぁと思う。というより、こういう一瞬一瞬を楽しめないと、何百年と生きられないのだろう。


「よし、コメオも叫びも聞けたことだし、外に出ようかの。先階段を上がっているぞ」


「俺はギンコのキャリーバッグが重いからエレベーターで行きます」


「若者が何を腑抜けたことを言っておる。自分の立派な足があるじゃろうに」


「え、何でここに限ってそういうこと言うん。いつもエレベーター使ってるじゃん」


「叫べという無茶ぶりに応じた故、これも行けるかと思うた」


「嫌でーす。RDAに必要なのは高速で長く走れる足なんだよ。これ以上重いもの持つ予定もないし、今が完成されてんの」


 俺はキャリーバッグを押して一人でエレベーターに乗った。「わがままじゃのう」と言いながら、階段を上ると言ったギンコも何故かエレベーターに乗り込んでくる。寂しかったのだろうか。


 まぁ寂しがり屋か。俺が旅に出るって言ったときに超嫌がって結局ついてくることになったし。今となっては助かっているが。


「メイディー。宿までよろ」


 俺がARディスプレイから常駐型メイドアプリのメイディーに雑な指示を出す。それから、指示だし伝わってっかなマズったかな、と思った瞬間、表示されたメイディーがこう応答した。


『かしこまり、です。ではナビを視界に表示いたします』


 えっ、かつてないほどメイディーの反応がカジュアルなんだが。こんな機能があるの今まで知らなかった。やめろよ、開発者のこと好きになっちゃうじゃん。どこの開発なんだろメイディーって。


 俺はきゅらきゅらキャリーバッグを押しながら、メイディーの開発会社について調べる。隣でギンコが秩父の街並みに想いを馳せている。


「うーむ……久しぶりに来たが、やはりいいところじゃのう秩父」


「だなぁ……。ちなみにどんなところが?」検索しつつ尋ねてみる。


「覚えておらぬのかコメオ」


「ダンジョンのボスしか覚えてない」


 爆発しまくって記憶もまとめて爆発四散した感じある。


 答えると「お前は本当に迷宮迷宮じゃのう……」と何故か少し口角を上げながら、「そら見よ」と手で街並みを指し示す。


「昔を思い出す町並みが、まず挙げられるじゃろうな。次に食べるべきものが多い。わらじかつ、ほるもん焼き、味噌ぽてと、あと珍達そばもよいぞ、うん」


 言いながら、ギンコの視線が完全に道端の珍達そばの看板に吸い寄せられている。「どんなそば?」と問うと「ネギラーメンじゃ」と答えられた。なるほどネギラーメンか。ネギラーメンじゃん。


「ネーミングよく分からんになったな」


「儂も分からん」


 適当に言いあいながらきゅらきゅら進む。ギンコの言う田舎道。確かに何とも昔な感じが、じんわりいいと気づく。検索も面倒になって、俺はARディスプレイを閉じた。


「都心とは全く違うよな。日差しも空気感も」


「うむ。こういう場所に来ると、懐かしさを感じる。都心の簡便さもよいが、やはり自然の方が近いというのが肝要よな。人工物が大半を占めるような場所にいると、どうしても息がつまる」


「雑司ヶ谷きつかったか?」


「ああいや、傾向として、という話じゃ。雑司ヶ谷は住みやすかったし好ましかったぞ」


 ただ、こういうのでよい、というだけよ。ギンコはふふ、と口元を綻ばせる。


「そういうもんか」


「うむ、そういうものじゃ」


 と、そんな話をしながら歩いていると、ARディスプレイから通知が届いた。


「んぁ?」


「どうした」


 ギンコに質問されるのを手で制しながら、俺は通知をタップして開封する。すると、メールが開かれた。


『ライスマン様へ

お世話になっております。RDA.com運営チームです。


本日は、お近くのダンジョン『管理番号002503』にて、ボスが一定期間倒されなかったことによる現界現象が発生しております。詳細は「こちら」からご確認ください。


つきましては、こちらのボスの退治をお願いしたく、ご連絡差し上げました。


こちらの依頼を受けていただいた場合、前金20万円、達成報酬100万円をお支払いいたします。


快いご回答をいただければ幸いです。


以上。RDA.com運営チーム』


「ひゃっく!?」


「うぉっ、何じゃいったい、どうした」


「あばば、あばばばばば」


 俺はポンと提示された金額を前に、思考がバグっていた。百! 100! 100万円である。しかも前金の時点でかなりデカい。ここからしばらくの旅費が浮く。マジかよおい。


「……RDA.comからRDA予定だったダンジョンのボスを倒せっていう依頼が来た」


「ほう。依頼料はどんなものじゃ」


「達成すれば総額120万円」


「120万か! それはまた……豪勢なことじゃのう」


 しかし、本当に厄介な敵ならば、むしろ妥当なのか……? コメオしか殺せないような敵となれば、そのくらいはいくか……。とギンコは頭を悩ませている。


 俺は、何か裏があるんじゃないか。いやでもあのダンジョンと社会の調和がモットーで、誠実なことが評判なRDA.comだぞ。と思いながら、デバイスに文面を表示してギンコに見せる。ギンコはそれを、穴が開くほど見つめていた。


「……コメオ。この『こちら』の中身は見たか」


「いや」


 いうが早いか、ギンコはタップしてその中身へと移動する。連動して、俺のARディスプレイに新しい画面が展開される。


『『管理番号002503』ダンジョンにて、ボスが現界しており観光ができないと被害報告が挙がっています。


ボスは灰色の動物型で、ヒグマに類似しています。威嚇時に周囲に何らかの爆薬を散布し、着火、爆発を誘引して侵入者を排除します。


現在RDA.com、ダンジョン暴走対応チーム、及び近隣のRDAプレイヤーに協力依頼を申請している状況ですが、チームの敗北、プレイヤーの依頼拒否により、結果は芳しくありません。


ご興味のある方は、以下のURLから運営チームにご連絡をお願いいたします。報酬は応相談とさせていただきます。』


 読んでみて、ほー、となる。苦戦してるのか。それで高額でもいいからやってくれる人いねーかな、というニュアンスらしい。


 となれば、うまい話ではあるが、そこまで疑ってかかる必要はないのでは、と思い直した。


 実際、秩父の爆発熊は強い。マジで強い。秩父武甲山ダンジョンという、全体的に普通の難易度のダンジョンの中で、たった一匹だけ死にダンの難関ボスみたいな強さなのだ。


 それが観光地を陣取っているとなれば、経済的にもよろしくはなかろう。結果このお値段、という事らしい。うーむ。


「ふむ……。コメオが日頃活用しているあーるでぃーえー、どっとこむが、こんなにもしっかりとした組織であったとはな」


 一方、デバイスをためつすがめつ見て、感心したように言うギンコである。


「知らなかったん? RDA.comってさ、確かに基本理念はRDAプレイヤーを支援したり記録を掲載して広告したりっていうSNS的な動きをしたりってところにあるんだけど、さらに元にあるのは『ダンジョンと社会の調和』なんだよ」


 ふむ? と分かったような分かっていないような返答に、俺はさらにかみ砕いて伝える。


「つまる話、ダンジョンって存在が人間社会に大きな問題をもたらさないように、管理しながらもある程度そのままの姿で残す、みたいなところが目的なんだよ。で、ダンジョンって放置してると問題が起こったりしがちでさ」


 例えば今回のように、ボスが倒されず放置され続けた場合、魔力を蓄積し過ぎて「現界」という現象を起こす。つまり、ダンジョンの外に出てきてしまう、ということだ。


「ザコモンスターがあふれ出ると『モンスタースタンピード』っつって一斉に街に押し寄せて結構大惨事になるし、異世界ダンジョンが魔力を貯め込み過ぎると『反転』っつってその地域とダンジョンの中身が入れ替わる、なんてこともある」


「……思った以上にえげつない事故があるのじゃな」


「そうなんだよ。スタンピードは死者がハチャメチャに出るし、反転は社会に与える混乱が大きい。今回の現界はマシな方なんだ。つっても現地の人からすれば相当に嫌だろうが」


 なんせあの爆発熊である。もし観光で訪れて遭遇しようものなら、まさに悪夢だろう。ねむを人身御供にしたいほどである。


「他にも色々あるけどさ、ダンジョンってのはやっぱ一貫して危険なものなんだよ。そりゃもう老衰と安楽死以外で人間が死なない世の中にはなったけどさ。ダンジョンを管理する側のRDA.comとしては細心の注意を払う必要がある」


 なので、その管理下で遊ぶRDAプレイヤーにも、ある程度レギュレーションというものがある。


 例えばある種のボスは実社会にも存在しているため、極度に侮辱的な行為をしてはならない(キッシーママはこのタイプだ)。破るとRDA.comが侮辱罪で訴訟してくることすら。


 異世界ダンジョンではダンジョン内でのリスポーンが許されるが、異界ダンジョンやローグライクダンジョンではダンジョン内でのリスポーンがダメ。後者ダンジョンのボスの怒りを買って現界しやすくなるらしい。


 他にも空想魔法が発言して事故的に発生した時限ダンジョンなんかは、そもそもダンジョン主が一般人なんてこともある。その場合は攻略こそすれ、ボスは殺してはならない、なんてことも。


 なので俺たちプレイヤーは、知らず知らずのうちにダンジョンを通して社会に悪影響を与えないために、ちゃんとレギュレーションを守らなければならないのだ。


 という話をしつつ、俺はRDA.comからの要請に対する返答を決めた。


「どうせ俺走る予定だったし受けるな?」


「ふむ、そうじゃな。報酬も中々にうまい。ついでに受け取っておくのが良かろう」


 上手くやればもう少し釣りあげられそうでもあるが……。とぶつぶつ考えるギンコに「RDA.comとは仲良くやっていきたいんだよ、俺は」と頭を撫でて諫めた。「そう言うのならそれでよい」とギンコは俺の手を頭上で握り返してくる。


 そうして『受けます』メールを送りつつ歩いて20分程度。俺たちはぽつりぽつりと言葉を交わし、宿にたどり着いた。

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