第18話 バトロワ復帰戦(遊び)
「そういやコメオっち~。この辺にバトロワの大会やってるみたいなんだけどどうよ?」
「どうよって何だよどうよって」
朝、グダグダするのもなんだから、と近くにあったスーパー銭湯に三人で赴き、男湯にDさんに二人、並んで浸かっていた。
「だからよ~。コメオっち、もともとバトロワプレイヤーだっただろ? しかも全国一位チームメンバー」
「大学部門でな。無差別級には出たことないし」
つーか追放されたのだが。その辺りの話は、流石に昨日のワイワイ飲みでは話せなかった。
「俺もちょっと出てみたくってよー! でもいきなり行くのはちょっと尻込みするだろ? せっかく大会も近いのになぁ……と思ってたところに現れたコメオっちという手練れってな!」
「聞いてるようで俺の話聞いてないな?」
頼むっ、とDさんは頭を下げ、下げ過ぎたあまり湯に顔をぶつけてバシャッとなる。バシャッたお湯が俺の顔にかかる。この絶妙に腹の立つ感じ、何なんだろうか……。
と、そこで昨日見た看板を思い出す。そういえばそんな看板あったなぁ。行くつもりはなかったが、宿を貸してくれた恩人の誘いを断るのもよろしくなかろう。
「まぁ、いいけどな。二人で出んの?」
ARディスプレイから大会の詳細を調べる。東飯能、バトロワ、大会……げ、スクワッドじゃん。四人で出場するルールだ。
「他にも呼んで来てくれそうなメンツがいれば呼んでくれてもいいぜ! ちな、ギンコまみーって戦えんの?」
「え? ……ギンコかぁ」
追加のメンツはちょっと考えるとして、ギンコ、ギンコねぇ。どこ行っても「五尾ですか、すごいですね」と言われるちょっとした大妖怪のギンコだが、戦闘力がいかほどかは俺も把握していない。
「戦えはする、と思う。多分。昔俺がフトダンの中でリスポン登録されて閉じ込められた時、助け出してくれたし」
「え、やばくねーかそれ。何だそのトラウマすぎる経験」
「あー……、まぁまぁまぁ」
昔のことだ。今の俺にとっては、フトダンは庭みたいなものだし。
「たださ、本人はやっぱこう、戦闘はそんなに好きじゃなさそうなんだよな。俺がRDAとかバトロワとかやってるの、リスクはないしって放任してくれてたけど、良くは思ってないみたいだったし」
以前聞いた時は『止めても聞かんじゃろ、コメオは』と困ったような微笑みを返されたものだ。よくよく俺のことを理解していて、かつ相当に嫌がっているのは容易に見て取れた。
「ふーん……。何か複雑なんだな。ま、いいや。ギンコまみーは観戦席で見守っててもらうとして」
「おうさ」
「スクワッドルール、だっけか? 四人が定員なのは何となく知ってるけどよ、四人以下ってどうなん? ルール的に」
「ダメではないが、推奨もされないな。人数分不利になるってことだし。たまにソロスクワッドって言って、超うまいプレイヤーがスクワッドルールでソロ参加することもあるけど」
「すっげー! そういうの良いな! 憧れるな!」
「でも割とそういう人でもバトロワって事故るから、結果ランクかちょっと落ちるのでやっぱりよろしくないな」
「あ、そうなんか……。世知辛いな」
「うん。そうなんだ」
ソロスクワッドなど、有効なのは、売名の手段としてくらいのものだ。売名としては割と成立しちゃうんだけどな。ツヨツヨムーブ決めてランカーチームに声をかけられる、みたいなことはそれなりにあるし。
「じゃあ別に俺一人でも、コメオっちと組んで二人でも出れるは出れる……ってことか?」
「そうなる。そうなる……が、二人は厳しいな。せめて三人は欲しい」
「んんんんんん、そうか。ちょっと連絡飛ばしてみるぜ」
ARディスプレイを操作しているのだろう。Dさんはわちゃわちゃと指をフリフリしている。
っていうか、今気づいちゃったけどちょっと待てやおい。
「Dさん」
「ん? 何だよコメオっち」
「この大会今日じゃねーか」
「おう! そうだぜ! だから今日誘った」
「……」
いや、いいけどさ。空いてるし。ただ何と言うか、すげぇなこの人。
「あー! チクショー。ダメだ。今日って言ったら全員に断られた」
「そりゃそうだよ。現地にいる俺くらいなもんだろ、応じてくれるの」
しかし、ちょっと困ったな。トリオルールでのデュオとスクワッドルールのデュオでは訳が違うぞ。片や一人欠けてるのと、片や人数に倍の差があるのでは段違いだ。
「Dさんなら並大抵の相手でもやり合えそうではあるが。流石にもう一人は欲しいな。うん。欲しい」
「そうだな~……。コメオっち、何か当てはあるかい? 俺はもうダメだ……。人望がねぇ」
「そんなことはないだろ。そうだな、実はちょっと心当たりがあるから、後で呼ぶか」
おお! とDさんは飛び上がって喜んだ。憎めない人だよなぁ、と思う。
それから、俺は言った。
「少なくとも、俺が承諾するだけの人望はあるだろ? な、RDA最速プレイヤーさんよ」
俺がそう言うと、パーマにしている金髪をクシャクシャと掻きまわして「照れること言うなよ、コメオっち」とDさんはニヤリ笑う。
風呂上り、浴衣で頬を赤くポカポカ蒸気を上げながらうろうろしてるギンコがいたので、「うい、待たせた?」と耳をわさわさした。
「ほぁっ!? にゃっ、にゃにをするか。くぅ、だ、ダメじゃあ。耳は人前ではダメじゃあ……」
くにゃくにゃ……と力が抜けてギンコが俺の方にもたれかかってくる。俺はそれを受け止めつつ「今日なんかバトロワに出ることになったわ」と共有する。
「ん~? 急じゃな。まぁ良かろう。ばとろわ、ということは、儂は観戦席で見ていられるのであろう?」
「そうだな。……ちなみに出るとかって」
「絶対、嫌じゃ」
「あ、はい」
キッと睨みつけられて、俺は両手を挙げて降参のポーズ。ギンコはふんすとして、俺の両手を自分の首元に回して寄りかかってくる。
「おー、お二人さんお待たせしたな。……仲いいな! 親子とは思えないくらい」
「最終的には親子の関係は切る予定じゃ」
「それだけ聞いたら仲悪そうに聞こえるけど、絡み方見ると全然違う意味なんだろうな!」
ま、いいさいいさ。好きにしてくれや。と言いながら、スーパー銭湯備え付けのアイスボックスからポンポンとアイスを取り出して、Dさんは俺たちに投げつけてくる。
「俺のおごりだぜ。タッグRDAも承諾、バトロワも教えてくれるってなりゃあ、そんな良いダチ公に金なんか出させらんねぇかんな」
ニッと笑うDさん。さっきのやり取りが随分嬉しかったらしい。おだてておくもんだな。
「それで? どこで大会やってんの?」
「この隣の施設。地下ダンジョンが広がってんのよ。割と広くって緑が豊かな感じの」
隣かよ。俺が言うと、Dさんは「だから諸々都合よくってここに来たんだよなー」と最初から狙っていたことを暴露する。
「ん? 何じゃ? ゆっくりして行かぬのか? せっかく儂は浴衣を着たというのに」
「そうだなぁ、もう受付時間始まってるし、ゆっくりしてていいぞ。気が向いたら観戦に来てくれればってとこだな」と俺は答える。
「寂しいのぅ……。コメオはこんな時でも儂を置いていってしまうのか」
ツンツン突かれるが、「またなんか埋め合わせするから」と宥めるしか俺に手はない。申し訳なく思っていると「分かっておるよ。約束しては違えぬものな」とギンコはポンと肩を叩いて、俺を送り出してくれた。理解があって助かるわ。
「ということで行くか?」
「おう! 行くぞ行くぞ行くぞ~!」
わー! と進んでいくDさんである。とはいえ彼も大人。進む足は競歩だ。絶妙に常識のある感じ面白いなぁ。アレだけ“外れた”人でも、大人になると常識があるように装うのが上手くなるのだろうな、と思いながらついて行く。
隣の会場前で「そんで、追加は誰にすんだい?」と尋ねられる。湯の中で連絡を飛ばさなかった辺り、普通の相手ではないことは看破されているのだろう。
俺は「これ」とキッシー君からもらったブレスレットをかざす。
「お、何かいわくありげなブレスレット」
「実はこれ、とある神の眷属を呼び放題」
「マジか。億行くアーティファクトじゃんかよ……」
あ、やっぱ億行くんだ。
「ということで、……これ呼び方分かんねぇな。おーい! キッシー君聞こえるー? 聞こえたらおいで~」
俺はブレスレットに呼びかけながら、こすったり揺らしたり回したり太陽にかざしたりしてみる。反応はない。
「呼ぶだけで構いませんよ、師匠」
後ろにいた。
「うお、Dさんびっくり」
「おっすキッシー君。早速出来てもらって悪いな。突然だが戦争だ。ついてこい」
「分かりました。お供します」
「ギャッハッハー! この子物分かり良過ぎだろ!」
Dさんが大笑いしながらキッシー君を指さすので、キッシー君は目を細めた。少年は言う。
「おい、人間。師匠と随分親しげに話しているが、それとこれとでは話は全く違う。僕は強者しか認めない。お前は―――」
「あ、キッシー君。紹介すんな。この人はDさん。俺の師匠みたいな人」
「おいっすーキッシー君。コメオっちの配信で見たよー」
「ッ! すっ、すいません! まさか師匠の師匠、大師匠であらせられるとは露知らず……!」
キッシー君はバックスライディング土下座をかまして謝罪の構えだ。オンオフが激しい。
「んじゃこの三人でいいか。他に当てはないし」
「? どういうことですか?」
「枠はもう一人余ってるけど人が居ないから、敵がみんな四人チームだけど俺たちは三人で行くかって話」
俺が説明すると、キッシー君は「そうですか……。母上は、いえ、最近は疲れている様子ですので、そっとしておきましょう」と自己完結。すげぇなキッシー君。流れ次第ではキッシーママもついでに呼べるのか。宴会あったら呼ぼう。
「とはいえ、不利な状況は歓迎すべきでしょう。その分だけいい修行になる」
「うおおおお。キッシー君思った以上に血の気が多いなおい。いいね、俺も盛り上がってきたぜ!」
うおー、とDさんはもろ手を挙げてやる気十分だ。俺はバトロワなんて慣れたものなので、二人を置いてロビーに入り、AIの受付相手にささっと受付を済ませて参加表明。
「おいおい置いてくなよー!」
「師匠もともに気勢を上げませんか? そうすることで一体感というものが」
「ん? おう、そうだな。ということで参加手続き終わらせといたから。あとで参加費支払いコード共有するから払っといて」
「あ、うん。りょーかい」
「師匠、支払いのコードとは何ですか……? お金がいるのですか?」
「キッシー君の分は、急に俺が呼んだってのがあるし、もう払っといたよ」
「し、師匠!」
キッシー君は感涙の面持ちだ。まぁこのくらいはね。礼儀というか、それが筋だろう。金はなくとも通すべきものは通すべきなのだ。
「あ! そうかなるほどそういう事か……。スマン。後でその分の料金は立て替えておく」
「良いって別にこのくらい」
「いや! 気が済まん。俺に払わせてくれ」
頑として譲らないDさんである。まぁここまで言うのなら、従っておこうか。
「分かったよ、負けた。望む通り出してもらおうかね。さて……。じゃあ行くか」
俺が改めて二人に目配せすると、Dさんの目もキッシー君の目も、ギラギラと輝きだした。二人ともいい目だ。戦闘狂いの顔してやがる。
俺も少しトラウマがあるとはいえ、やはりバトロワはそれなりに好きなままだ。思うに、死力を尽くした殺し合いが好きなのだと思う。つくづく異常者だ。そしてそれは、生まれ持った呪いとして背負って生きていくしかない。
「よぉし! じゃあバトロワ経験者として、今日は二人をサポートと行こう! ではお手を拝借―――えいえいお」
「ん? おい。お前、何でここにいる」
「あ?」
俺が気勢を発しようとしたところで、背後から声がかかって振りむいた。そこには、見慣れた顔。つい先々週に俺を追放したバトロワサークルの面々が立っていた。
……そうだ。お前らも出るんだった。
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