女学校の怪談②
「コンコ、大事ないか?」
男子禁制に足止めを食っていたから驚くと同時に、頼りになる相方が来てくれたと安堵した。
「でかい髑髏が出て、尼が卒倒した隙を見て来たのだが、怪我はないか?」
「うん、ちょっとビックリしただけ」
コンコは腰が抜けたままだったので、リュウに手を引いてもらい、何とか立ち上がった。
「その壺は髑髏のか?」
「これは悪霊のだよ。あれは悪いあやかしじゃなかったから、僕が説き伏せたんだ」
さすがだ! とリュウが感心すると、コンコは得意気にフフンと鼻を鳴らしていた。
「まあね! 僕にかかれば、こんなもんだよ!」
「そうか。では、引き続き頼んだぞ」
立ち去ろうとするリュウの背中に、コンコは目をパチクリさせた。
「もう帰っちゃうの!? せっかく来たのに!?」
「安心せい、門の前におる。思わず駆けつけてしまったが、これは約束だからな」
コンコはリュウを追いかけようとしてみたが、脚がまだおぼつかない。よちよち歩いているうちに、リュウは廊下の向こうの暗闇へと消え去ってしまった。
「んもー! リュウの馬鹿ー! 強がっちゃって僕の馬鹿馬鹿馬鹿ー!!」
ぷんぷんと憤っていたところ、リュウが消えた反対側の廊下の隅から、高くか細い不気味な声が聞こえてきた。
怖い、帰りたいと思っているにもかかわらず、声の方へと吸い寄せられるように、歩みが勝手に進められていった。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 怖い怖い怖い怖い!!」
ぶんぶん首を横に振りながら、自ら歩いてきた先は
ひとりでに扉が開け放たれると、紅白の着物に見を包んだおかっぱ頭の少女がひとり、真っ白な顔をして立っていた。
同じように巫女装束でおかっぱ頭のコンコは、真っ青になってガチガチと歯を鳴らしている。
「き、君は……誰?」
『私、花子よ。あなたは?』
「ぼほぼ僕はコンコ」
『お紺ちゃんね? お花ちゃんとお紺ちゃん……ウフフフフ』
花子の笑い声を聞き、ぞわっと鳥肌が立った。髪は逆立ち狐耳は吊り上がり、尻尾は爆発したように太く丸くなっている。
貼り付いたように動かない足を、厠の扉の向こうから伸びた手に掴まれた。
『俺に紙くれぇー……』
「しぎゃああああああああああ!!」
『ここは男子禁制よ!!』
花子が腕を焼き尽くすと、厠の中から断末魔の叫びが聞こえ、それは灰になって消え去った。
「あ……ありがとう……」
花子は悪い子ではないかも知れない。そのように思った、もとい信じたいコンコは話を聞くことにした。
「お花ちゃんは、あやかしなの?」
『違うわ、幽霊よ。私、火事で死んじゃったの』
女学校は男子禁制だからと焼き尽くされるわ、苦手であろう幽霊だわ、リュウが来れなくて本当に良かった。
『そういうあなたは、何しに来たの?』
コンコは慎重に言葉を選んだ。あやかし退治に来ているのを、正直に言っていいものか。花子の気に障ることを言えば、業火に包まれてしまう。
「あー……。悪いあやかしを退治しに来たんだ。さっきお花ちゃんが、悪いあやかしをやっつけてくれたから、助かっちゃった!」
自分は退治されないらしい、そう思ったようで花子は笑顔を見せた。目を見開いて、口角を吊り上げている。恐ろしいこと、この上ない。
「どうして学校にいるの? しかも厠なんかに」
『私、学校が大好きなの! お勉強は楽しいし、お友達もたくさん出来るでしょう?』
なるほど学校とはそういう楽しいところなのかと、通ったことのない稲荷狐のコンコは、うらやましく思った。
『それと厠は、みんなが来るところでしょう? どんな子がいるか、すぐわかるわ。安心してね、中は見ていないから』
その発想は……変じゃないかな? そう言ってしまうと燃やされてしまいそうで、コンコは返事に窮していた。
途端に花子が寂しそうにうつむいた。
『でもね、夜の学校は誰もいないから、何年経ってもお友達が出来ないの。お紺ちゃん、お友達になってくれない?』
なってあげたいのは山々だが、目が動く肖像画に餓者髑髏、凍てつきそうな花子の笑顔が思い出されて怖くなったコンコは、視線を逸らせた。
「あー……僕、この学校の子じゃないから……」
花子は目をカッと見開き、おかっぱ頭を逆立たせた。
リュウは門柱に寄りかかって、コンコの祝詞か帰りを待っていた。ただ待っているのも、あまりに長いと不安になる。果たしてコンコひとりで大丈夫だろうか。
すると校舎の方から校門へ、コンコの叫び声が凄まじい勢いで迫ってきた。遠目から見ても引きつって青ざめた顔、目には涙が浮かんでいるのがよくわかる。
「あわわわわわわわわわわ!!」
バフッ!!
コンコはその勢いを少しも失わず、リュウの胸に飛びついて、ガクガクブルブルと震えていた。
「あやかしか! どこだ!」
そう尋ねられたが、花子をリュウに会わせてはいけないと思い、コンコは無理矢理に愛想笑いを作ってみせた。
「あやかしじゃないよ、窓に僕が映ってビックリしたんだ。夜の学校って怖いんだね」
本当にそれだけなのかとリュウは訝しげにしていたが、コンコが言うならと信用することにしたようだ。
「コンコが帰ってきたのだから、ここは終わりでいいだろう」
コンコを縛った緊張の糸が解きほぐれ、表情は緩み、血の気もみるみる戻っていった。
「それで、今しがた聞いたのだが、向こうの女学校でもあやかしが出るそうだ。今から行くか?」
コンコから再び血の気が引いて膝からガクリと崩れ落ち、首をふるふる横に振った。
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