第10話 酒場にて(改訂版)
『世界は狂っている』
不調法な吟遊詩人の言葉だ。王都の駆け出しの冒険者であった頃、その言葉を初めて耳にした時、キースは新奇な言い回しだと思った。今思い出しても同じだ。
キースは現実の他に別の世界を覗き見たことがない。具体的な体験として語ることはできない。この世界と他の世界を比べようがない。世界が狂っていると声高に宣言されたところで、何が狂っているのか、何処が狂っているのか、分からない。比較のしようがないからだ。
不調法な吟遊詩人が語る理想郷と比べて、現実が狂っている、と指摘したところで、それは夢と現実の違いに過ぎない。取るに足りない無駄なことだ。
——そう言えば、
無貌の修道女が、小さなキースを膝に抱えながら、別の世界のことを語った。
『それらは数えることが出来ない。ここの神々すら知り得無い。異なる世界は、折り重なるように——否、混じり合う様にそこにある』
暗くて何もない小さな穴の様な世界が、実は星空を全て飲み込むほど広大であったりするという。想像がつかないことだ。この世界と寸分違わない別の世界もあれば、空の色や星の配置が全く異なる世界や木々や花の色や形、そして獣の姿が違う別の世界もある。一つ一つを取り上げて並べても切りがなく、時が尽きるまで続けても終わらないそうだ。
何れか一つは覗いてみたいものだ、と小さなキースは考えた。子供の頃の記憶を思い出すと、無貌の修道女の膝の温もりがありありと蘇った。教えられたことと、確かめられること、実感し実体験することとは、それぞれに違いがある。
——多分、
『キース、目の前の蝶を見なよ。この蝶だけがいない別の世界があるのさ。それは、キースが見ている蝶がいる世界と、ドロドロの絵の具の様に混ざり合い、区別がつかないけど、キースがそれを知ることはできないのさ』
——僕のいない世界もあるの?
『そうだね。お前のいない世界だってある。こんな風に混ざり合っている』
無貌の修道女が右手の人差し指を立てて、空中をぐるぐるかき混ぜる様に動かすと、その動きに沿って名状し難い空間が渦を巻く。
小さなキースは、そんな世界もあるのか、と思う以上に何も感じなかった。そもそも不可知な世界のことだ。そこに自分が居ても居なくても世界は何も変わらない。では、無貌の修道女がいない世界があるのか——それはとても寂しい世界だ——と小さなキースは思い至ると、彼女に尋ねた。
『私がいない世界など何処にもないさ』
キースはその言葉を聞いたとき、少しだけ楽しい気分になった。
——
世界という言葉を一つとっても、人それぞれだろう、そうキースは思った。そもそも世界とは何か?無貌の修道女は語らなかった。自分自身にとっての世界とは、一体何なのか——と考えるが、漠然としすぎて、相応しい言葉が何も思い浮かばない。
——ジェフリーさんに出会って本当によかった。
そのジェフリーは、珍しく仏頂面で、辛口の蜂蜜酒を飲んている。横を見れば、不機嫌そうなカネヒラも辛口の蜂蜜酒を同じような勢いで飲んでいる。珍しい光景であった。
「“生きて再びお目にかかることは望むべくもありません”とかガキのセリフじゃねぇぞ」とカネヒラ。
「立派なことだ」とジェフリー。
——ジェフリーさんは、ご機嫌斜めだ。
キースは、ジェフリーの様子を窺いつつ、自分の酒杯を傾ける。キースの蜂蜜酒は甘口だ。
年若い美しい勇者と白い可憐な花のような聖女の故郷を訪れて以来、ジェフリーは不機嫌であった。彼は元勇者で、先日の深緑の大司教は正教会の序列第五位の聖職者。互いを知らないという方が無理があるだろう。礼拝堂の中、勇者と聖女の棺を前にして、訪れた沈黙が二人の間柄を雄弁に語るというのは、陳腐にすぎるだろうか。ジェフリーは、勇者や聖女、加えて修道院の孤児たち、彼ら彼女らについて、黙して語りたがらない。
——今日は、
一方でカネヒラは、修道院の孤児たちが“ご立派”を強いられているようで、それが嫌で仕方がないのか、思い出しては、繰り言と一緒に酒を呷った。
「子供ってのはさ……もっとこう……」とカネヒラがそう言いかけて止める。
自分の手が届く範囲を普通のことだと考えて、他所様の至らないことを非難するのは、大きな誤りだと気がついたようだ。カネヒラにとっての日常は辺境の冒険者組合と辺境の開拓地だ。魔女の森の恵みが豊富なこの地は、王都や他の領都、商都や農都に比べたとしても桁外れに豊かなのだ。開拓地の子供たちは大切にされている。笑顔が絶えない。この世界では例外中の例外であろう。
——
キースは、どことなく渋面のカネヒラを眺めていた。酒の肴としてはふさわしくないが、キースは甘い蜂蜜酒を一口飲んだ。
確かに、この世に幸せな子供の数は極めて少ない。キースは戦災孤児で孤児院育ち。カネヒラは森に遺棄された忌み子だ。ジェフリーは生まれた村を魔物の襲撃で失い、傭兵団に拾われて育った。子供が辛い目に遭うなど珍しくもない。
この比較的豊かな大国である中央王国の子供でさえ、その三分の一はろくな食事にありつけていない。それに大半が半人前の労働力としての存在であり、避けようもなく、日々搾取され続けている。
可愛がられて大切に育てられる子供がいるとするなら、それは王侯貴族や豊かな商家くらいであろう。もちろん庶民は庶民なりに子供に愛情を注いでいる。だが、この世界は危険が多く、人々の生活に余裕がない。正教会の奇跡があまねく世を照らしているわけでもない。魔物に襲われることも多く、大半が大人になることなく死んでいく。多産多死。親の目が届かない子供たちがいる。
修道院に保護された子供たちは、ある意味で幸せなのであろう。子供の頃から聖職者やそれに類する職業人となるように厳しい訓練を強要されていようとも、将来の糧となる読み書きを教わることができる。質素な食事とはいえ、毎日決まった時刻に食事にありつける。汚れた裏路地の隅ではなく、清潔な寝床も用意されている。
たとえ、将来、命の危険がともなう魔物退治や魔王退治に駆り出されるとしても、恵まれているのであろう。
神々の恩寵や奇跡に疑いを持つことなく、聖職者として努めを全うすることに幼い誇りをかけている。勇者と聖女の遺体を前に決意を新たに、魔物や魔王に恐れることなく、前をむいて歩み出そうとする子供たち。その姿をジェフリーは思い出した。
「生きるためだ」
ジェフリーは手元の酒杯を睨みつけている。キースもカネヒラも無言。三人は勇者と聖女に花を贈る子供たちの澄んだ瞳を思い出していた。生きるために死ぬことを定められているように思えてならない。納得などできないがそれが現実である。
「死なせる為に生かしているわけじゃない……」とジェフリーは苦虫を噛み潰したように呻いた。
南方の辺境開拓地の冒険者組合では、第一線で活躍中の若い冒険者たちの大半が
修道院の子供たちは人殺しなどは経験していないだろう。助祭見習いや聖女見習いなどは幸せなほうなのかもしれない。事実としてここ五代にわたり聖女認定された若い司祭が死んでいるとはいえ、あの司祭見習いの娘たちが死ぬとは限らない。たとえ神に対して歪んだ愛を抱いていたとしても、神々を身近に感じられる方が、冒険者ギルドの祀ろわぬ者たちと呼ばれている子供たちよりは幸せではないだろうか。
——正教会の修道院と冒険者組合にどの程度の違いがあるのかわからない。
結局のところ、違いはない。修道院の運営する孤児院に対するカネヒラの悪感情など何だというのだ。神々の御名の下、子供たちを魔王退治に送り出している修道女たちの方が、よほど苦しい思いをしている筈だ。いやそうあって欲しいと、キースたちは、修道女たちが信仰の狂気に囚われていないことを切に願った。
そんな三人に信仰の狂気とは無縁な現実主義者である青髪の男が近づいてきた。
「
青髪の男は、普段から気の良い
カネヒラもそしてジェフリーもかなりの量の辛口の蜂蜜酒を空けていた。彼ら二人はいくら飲んでも全く酔った気がしないのだろう。キースを含めた
飄々とした雰囲気を携えた青髪の若い男は、馴染みの
「治療師の旦那は、王都の正教会の元司祭様だよね?」とキースが問う。
「破門されたわけではありませんので、今も司祭です」と
「遊女相手の人生相談は儲かるのかい?司祭様よ……」カネヒラが
「勿論です。おっといけませんね。人生相談は司祭のお仕事。儲かるなどとてもとても」
軽く交わしながらスティーブは興味深げにカネヒラを覗き込む。普段、絡むようなことなど全く無い、カネヒラが絡み酒で醜態を晒しているからだ。
「お悩みごとなら正教会の司祭たるこの私めにご相談ください」とスティーブはあえて正教会の司祭を強調する。
「おう」と答えたカネヒラは、スティーブとジェフリーの分も併せて蜂蜜酒の追加注文を給仕に出す。それに応じて静かにカネヒラの正面、キースの右隣の席を一つ開けて、スティーブが座る。数拍溜めたのち、カネヒラが口を開いた。
「スティーブは五年前までは教皇様の側仕えだった筈」とカネヒラが語りかける。
キースは、ジロリとカネヒラを睨む。深緑の大司教との約束を忘れたのか、と訝しむ。だが、古参の冒険者の代表格で彼の相棒であるカネヒラだ。
——まあ、ヘマはやらかさないだろう。
キースはすまし顔で甘口の蜂蜜酒を一口飲む。
「聖剣と勇者と魔王のことを教えてくれ」
カネヒラが半眼でスティーブに願うが、彼はにやりと笑うと、無言でしばらくの間、カネヒラを見つめていた。男同士の見つめ合いに何の価値も見出すことはできないが、妙な緊張感だけが漂っている。
「こちらをどうぞ」
キースは、ぱちんといい音を鳴らしながら、白金貨を一枚テーブルに置き、ズィッとスティーブの前に差し出す。
「
白金貨を受け取り懐にしまうと
「魔王が出現する前に聖剣が覚醒してしまうと聖剣は勇者の魂を喰らう——」
「何言ってんだ、あんた?」
カネヒラが目を見開き驚愕の表情を浮かべる。
「——という説があります。異説の一つですけどね」
スティーブは、ジェフリー、カネヒラ、キースの順に見回す。間を置いて、キースたちの反応を待った。
「聖剣が勇者の魂を喰らった後はどうなるの?」
キースが話を続けるようにスティーブを促す。
「勇者の魂を喰らった聖剣が回収されない場合、そこから大量の魔物が湧き出して、
この辺境の冒険者組合は、何度も経験していたことではあるが、説明としては突拍子もない。
——原因は、本当に聖剣なのか?
キースは、知らない方が良いこともあるのだ、と感じ入った。
「今回も聖剣無しだな」
カネヒラがキースに目配せをする。
——そうだけど……
「そうだね……」とキースが応える。
キースには、聞き耳をたてていた周囲の冒険者たちの心が冷えてゆくのが、手に取るように判った。
「魔物の氾濫の中には必ず魔王種が含まれています。魔物の氾濫に飲み込まれた人の骸、いえ、魂の方でしょうね。それが一定数超えたら魔王が出現します。異説ですが……」
スティーブが異説であると、とってつけたように言葉を繋いだ。
「俺がこの町に来て一〇年になるが、その間、魔物の氾濫は二回……」
ジェフリーが酒杯を傾けながら呟くと、キース、カネヒラ、スティーブの三人の視線が一斉にジェフリーに向かう。
——聖剣は今までに一体何人の“勇者の魂”を喰らった?
「ここ三〇年で七人の勇者が倒れた。なるほど……確かに魔物の氾濫の原因と言えなくもないか……」とジェフリー。
「五年前、俺たちが回収できたモノは、賢者の
「それに聖女様のご遺体……」忌々しげにカネヒラが付け加えた。
「今回は?」とドナルドが会話に割り込んできた。
ジェフリーに負けず劣らずの体躯で、精悍な顔立ち、短く切り揃えた髪色はブルネット。西方帝国の近衛兵だったとの噂もある。黒鉄色の鱗鎧に大型の鉄槌。如何にも戦士然とした姿をしていた。彼もこの辺境の冒険者としては古株であり、名声はそれなりに高い。
「勇者様と聖女様のご遺体。……それと得体の知れないブツが一つ」とキース。
「聖剣はなかった。あったとしても俺たちに回収できると思うか?」とカネヒラ。
「重すぎるか……まあ、無いものは仕方がないだろう。だが——」と心配したドナルドがカネヒラに訴える。
「五年前の再来だけは勘弁してくれよ」
「それをカネヒラに言っても仕方ないだろ」
ドナルドの一党の冒険者であるジェームスが、キースたちが囲んでいるテーブルに笑顔で近寄ってくる。
軽装備に狩人帽。清潔感漂う綺麗に手入れされた長髪の金髪。伊達男という言葉はこの碧眼のジェームスのためにあるかのようだ。彼もこの冒険者ギルドの実力者であり、古参の斥候職(スカウト)だ。弓術に優れており、キースが冒険者として模範にしている男でもある。
キースが嬉しそうに右手をあげてジェームスに挨拶を送ると、ジェームスが大抵の女性を虜にするであろう魅力的な笑顔で応えた。
「五年前か…」
キースが自分の手元の酒杯に視線を落として呟く。
——あの時は、勇者一党は聖女を残して五人が
キースは当時のことを思い出す。今回とは状況が違う。
——今回は聖剣は回収した。勇者様一党のご遺体も全て回収済み。問題はないだろうね。
「恐れても良いことはないが、油断することもない。
「魔物が溢れ出ても俺たちなら大丈夫だろ?」
自信たっぷりな表情で伊達男はキースに語りかける。
——討伐には参加していないから、魔物の群れの怖さについては、実感がないんだよね。
五年前、勇者一党が壊滅した迷宮は、この辺境の南東、南方諸国との国境の山間にあった。発見されたばかりの知られざる迷宮であった。主にオーガなどの大型で人型の魔物が巣食っていた。そこから魔物が湧き出すまで、勇者一党が壊滅したことは、正教会の指示によって王都の冒険者組合が隠蔽していた。
最初は、唐突に魔物の氾濫が発生したのだ、と辺境伯もその本家筋にあたる南方公爵もそのように捉えていた。しかし、時間が経つにつれて、辺境伯領の南方の砦の守備隊から次々と報告が届くと、勇者が壊滅した迷宮からの湧き出しであることが判明した。
しかも魔物の群れは、魔王種と呼ばれる強力な個体が率いていた。中央王国の正史には、正式な記録として残されていないが、確かに魔王は存在していた。
驚いた公爵は、魔物の氾濫を鎮圧するように
「もう一度やれと言われてもあれは無理だな」
ドナルドがそう呟いて辛口の蜂蜜酒を呷る。
「飲みすぎるなよ」とジェームスが冒険者組合一番の偉丈夫に釘を刺す。
彼ら古参の冒険者たちは、
魔物の軍勢を率いている首魁を倒すことで、統制を失った魔物たちを狩り尽くすに然程の時間を必要とはしなかった。文字で綴るのは簡単なことではあるが、高々百人にも満たない、しかもほぼ無名の辺境の冒険者たちが、二千とも三千とも言われている魔物の群れを壊滅させた。中央王国の歴史上で初の快挙であった。
中央王国の貴族たちは、
斬首作戦を敢行したのは、ジェフリー、カネヒラ、ドナルド、それにジェームスを中心とする中堅の冒険者たちであった。魔物の首魁は、魔王どころか魔神と呼ばれる
当然のことながら正史においては隠蔽されるべき真実であり、事実として正史に記載された
「ん——」
カネヒラは腕組みをして唸る。魔神討伐を成功させた一人として、過去の功績は誇らしい記憶である筈だが、思い返す度にどうにも座り心地が悪くなる。果たして、勇者が
カネヒラに限らず、冒険者たちは、勇者一党の桁外れの強さを見知っている。地上に溢れる魔物の群れや魔王種、あるいは魔神に勇者一党が打ち負かされるとは思えない。過去に斃れた何れの勇者であってもだ。
カネヒラはキースの美しい顔に視線を合わせると、
「一体、何に負けて、勇者が迷宮で
キースに小声で問いかけるが、酒場の喧騒に掻き消える。隣を占めるジェフリーはカネヒラの呟きを聞き流して、治療師のスティーブに尋ねる。
「スティーブは、聖剣を見たことがあるか?」
「鞘に刻まれた神聖文字が印象に残っていますね。特に字体。あれは対称性を利用した暗号です」とスティーブが面白くもないという表情で語る。
「あの若い勇者が選ばれた時、王都の聖剣を保管する部屋、その台座に鎮座していました」
——あんた一体何者なんだよ。
キースが驚きの表情でスティーブを見やると、それに気が付いたのか、スティーブは申し訳程度に言葉を繋いだ。
「聖剣貸与の儀に出席してましたので……」
——只の側仕えじゃないな。
「ああ、そうか……」
カネヒラが溜息を漏らす。
「迷宮核の——」
彼が思い至った事柄を言いかけた瞬間、何もない空間から妖精族の少女が滲み出るように姿を現し、カネヒラの背後から彼の首に抱きつくと、開口一番「カネヒラは煩い」と言い放った。ネコのように目を細めて冒険者たちを見回す。神殺しの二つ名を持つ黒き妖精族の少女、虚空の娘にして魔女の娘たる
「おかえり」
キースが手元の酒杯から少女に視線を向ける。
「キース。ただいま〜」
——いつもの
キースは彼女に向けて酒杯を掲げた。
カネヒラといえば、
「“正教会の勇者”が態々三条の滝に出向いた理由は何だ?」
誰に語りかけたわけでも無く、それは独り言であり、誰の答えも求めていない。
「三条の滝の最奥で何をしていた?何が起きた?」
カネヒラの独り言にジェフリーが凄みのある笑顔を浮かべていた。
「魔王の孵卵器……いや、違うな……」
カネヒラが発した面妖な言葉にスティーブが顔を上げカネヒラを凝視した。この治療師の貌に厳しい表情が浮かんだ。正教会の裏側をよく知っている人物であることを自ら表明したようなものだ。それだけカネヒラが発した成句が普通ではなかった。
しかし、酒に弱く、程よく酔いの回ったキースは、カネヒラとスティーブとジェフリーの遣り取りと彼らの表情の変化に気づくことはなかった。
「勇者が倒れれば、ほぼ確実に魔王が出現する。聖剣の有無は関係ない?」とキースがスティーブの瞳を覗き込む。
「可能性が無いとは言えないですね。いずれにせよ聖剣は、魔王誕生に関わっていると思います」とスティーブがほっとしたように応える。
「それも異説?」とキース。
「私見ですよ」とスティーブ。
キースはスティーブの返しに首を振った。口調に胡散臭さを感じ取った。それから数拍も経たない内に、彼の頭の中で唐突にパズルの答えが組み上がった。
——結果から逆しまに辿るのは間違いだ。
キースは、真相から遠ざけようとするスティーブに険しい表情を向けるが、青髪の司祭服の男は平然としている。
「勘が良すぎるのも考えものだな」
キースの背後から苛立たしげな声が聞こえた。ギョッとした表情で振り返れは、深淵の娘にして魔女の娘たるアデレイドが佇んでいた。
「この話はここまでにしておけ」
——確かに知らない方が良いこともあるけど……
気がついたら狂ってしまうような事がすぐ隣に潜んでいる。それはこの世界では極々ありふれたことだ。アデレイドは余計な詮索などするなとキースたちを戒めたのである。
「アデレイド姉様。顔が怖いよ」と
その笑顔が、全ての男を魅了してやまないであろう美しい笑顔が、人智を超えた存在の影に彩られたように感じられ、キースは漠然とした不安に囚われる。
——もうこれ以上は飲まない方がいいかな。
キースは素焼きの酒杯をテーブルに置いてため息を漏らした。
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