FLAG FLOW

エリー.ファー

FLAG FLOW

 マグカップをもらった。

 小さなマグカップだった。

 小人だって、もう少し大きいマグカップを使うだろうと思うくらいに小さい。

 なんなのだろう。

 本当に、無意味というか。なんというか。

 ミニチュアという魅力を持った置物。

 私は、そう認識した。

 ある日、マグカップを見つめていると中から液体があふれ出した。それは金だった。高熱のため溶けて液体状になっている。

 もちろん、触れない。

 眺めるだけである。

 そうこうしているうちに、小さな小さなマグカップの周りはあふれ出て来た金によってすっかりコーティングされてしまった。

 午前十一時十九分十八秒。

 冷めて金は固まった。

 私は困った。大いに困った。

 何せ、その金に飲み込まれたのは預金通帳だったのである。記帳しに行くことができないではないか。銀行に行って、紛失したと話をするしかない。さすがに、家の中であふれ出て来た金に飲み込まれたと説明はできない。

 それから数日後。

 またマグカップから金があふれ出す。

 今度は霧のようなものも吹きだした。

 小さく輝いている。

 金粉である。まき散らし始めたのだ。

 私は息を止めて部屋を出ると、扉を閉めた。吸い込まない方が良いだろうという判断をしたのだ。

 午前十一時十九分十八秒。

 扉を開ける。

 部屋の中はむらなく金色に染め上げられていた。

 高価になった、と考えて喜ぶべきなのだろうか。それとも、部屋のものが使えなくなってしまったと落ち込むべきなのだろうか。

 私は大いに悩みながらその部屋の扉を閉めて、それから数週間は友達の家に泊まることにした。

 別段、生活は困らなかった。

 そして。

 家に戻り、もう一度扉を開けて部屋へと入る。

 金色。

 などない。

 あのマグカップすら消えており、なんということのない普通の部屋になっていた。

 寂しい感覚と、不思議な感覚。その両方を味わいながら私は色々と考えてしまう。

 何故、マグカップから金があふれ出て来たのか。小さなモーターが付いていたとして、金を溜めて置く場所が分からない。構造上不可能ではないだろうか。

 ということは、魔法。

 いや、幻覚。

 その説もある。

 金は高価なものだ。しかし、高価だと思わなければ邪魔そのものである。

 金を手に入れた私に幸せはやってこなかった。もちろん、不幸もこなかったがどちらにせよ金色に輝く非日常の中に落ちていくことになる。はずだった。

 金色は私から一番遠い色になった。

 友達に家に行って、似たようなマグカップを見つけると何となく手に取って確かめてしまう癖がついた。友達は不思議そうにしていたが、私はその目を一切気にすることはない。金が噴き出すかもしれないのだ。興味は出てくる。

「マグカップが好きなのか」

「いや、別に」

「マグカップ欲しいのか」

「いや、別に」

「マグカップなんて幾らでもあるだろ」

「これが気になるんだ」

「どうして気になるんだ」

「マグカップの形状ってとてもユニークだと思わないか」

「じゃあ、別にそれだけの話じゃないだろ。矛盾してるぞ、お前」

「してないよ」

「どうしたんだよ、気持ち悪いぞ」

「気持ち悪くはない」

「いやいや、相当気持ち悪いぞ」

 マグマが噴き出てくるマグカップがあると聞いた。

 実物を見たことはない。

 信じるわけにはいかない。

 金とマグマには大きな違いがある。銀と銅なら信じてもいいかもしれない。

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