Lesson.17

「それってさ、紗月はその…綾小路さんのことが好きなんじゃないの?かなり重めに。」

 訳知り顔で告げてきた響に、思わず紗月は大声を上げていた。


「はぁ!?何言ってんの?そりゃ好きだけど、そんな言うほどじゃないでしょ。」

「いやいやいや、重いよ。かなり重い。じゃなきゃ普通、友達と一緒に過ごすために自分磨きしようとか思わないでしょ。それをやるの、大体好きな男にだけだよ。」

 若干オーバーなくらいに大きなリアクションをする紗月に対して、さも当然と言いたげな響は顔色一つ変えずにパンに齧りつく。


 『好きな男にだけ』という言葉が頭の中でやけに大きく響く。好きな男、つまりは、恋愛対象のためにするのが一般的だと。


「たしかに、美咲のことは好きだけどさ。一緒にいて恥ずかしくなってくるんだよね。何でもできちゃうから、何も出来ない自分のことが。」

 必要以上に突っ込む気はないのか、またしても無言に戻り咀嚼を続ける彼女。独り言のような体を装って呟いた。

 言葉こそ発しないが、態度と空気感から続けるように言っているような気がした。


「あとは……最近、美咲の周りに人が増えてきて。クラスの子もそうだし、部活の先輩とも仲良さそうで。だから、美咲の一番の友達っていう立場にいるのがほんとにあたしでいいのかな…って不安になっちゃって。」

 ここ数か月間、ずっと燻っていた感情を言語化しようと一つ一つ整理していく。どうして今、自分を変えようとしているのか。変えて、どうしたいのか。



「それで、あたしは……どうしたいんだろう?」

 考えた結果、出てきた言葉はそれだった。確かに『美咲の隣にいて恥ずかしくないようになる』ためにもっとまともに、可愛くなろうと始めたのだが、終着点を決めていなかったのだ。

 もちろん今のすれ違いがそれのせいだとは思っていないし、それを見つけたからと言って関係修復が出来るかといえばわからない。

 しかし、その疑問が出てきたことは紗月の中で大きな一歩と言っても過言ではないような、そんな気がした。


「間違ってるかもしれないけど、一つ言ってもいい?」

 そこまで静かに聞いていた響が声を上げる。手にしていたはずビニール袋は気付けば空になっていて、それを指先で弄びながら続けた。


「多分、なんだけど。紗月は綾小路さんのことをちょっとベクトルの違う『好き』なんじゃないの?

こういう繊細な話題、あたしがするのも柄じゃないし、傷つけたりしたら本当申し訳ないんだけどさ。

この人のために自分を変えたいって気持ち、普通の友人にはまず抱くものではないじゃん?それこそ、恋してる相手でもなきゃ。

それに、他に中良さそうにしてる人を見てモヤモヤするって嫉妬もそう。ていうか根本、そんだけ長い間グループとかじゃなくて二人なのも、恥ずかしげもなく『一番の友達』って言いきれるのも凄いと思うし。」

 そこまで一息で言うと、響は若干気まずそうに視線を逸らす。


「ごめん、余計なこと言ったかも。忘れて。」

 かけられた言葉のインパクトに黙り込んでしまった紗月。申し訳なさそうな表情をしている響に何か言わなくてはと思ったが、何も思いつかなくまた黙ってしまう。


 またしても居心地の悪い空間になってしまったことに負い目を感じながらも弁当箱に残った最後のご飯を口に入れた。

 こんな会話の後に何を続けるべきか分からず、結局空になった弁当箱を包んでそのまま教室を出ることになった。

 彼女もどこか言い過ぎたことを悔やんでいるのか、浮かない顔をしている。

 

 響にも迷惑をかけてしまった事実にため息を吐きたくなりながら、それ以上に居心地の悪い教室に戻る。その足取りは酷く重い物だった。

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